第6話 隠ぺい
「俺はしばらくこの一件が落ち着くまで学生寮を出ようと思うんだ。実家から戻れという命令が来ても、例えば研究のために数週間この街を離れている、とか理由をつけておけば間はつなげる」
「その間にあなたの不名誉を晴らせばいいのね。でもどこに行くつもりなの? 男爵家はある意味で一つの国と変わらないからどこのホテルにいても情報は筒抜けになると思う」
「この町にはたった一つだけ、俺の研究を長く支援してくれてる場所があるだろう?」
「ああ、うちってこと? お父さんは確かに支援してるし、あなたがくれば喜ぶと思うけれど。でも、男爵家の命令には逆らえないと思う」
「そうだよなあ」
はあ‥‥‥、とルシアードは重苦しい声を出す。
とことんまで追い詰めれて果てた男のためいきは、こんなにも重いのかとエレナは彼を苦境に立たせた姉カップルを憎く思った。
「いい方法があるわ」
「と言うと?」
「お母さんにお願いする。私から――お姉ちゃんのことで、ルシアードは無罪だって。それを調べるために手を借りたいって言えば」
「君のお母さん、この司教区の司祭なんだよ。政治に宗教が口だすのは許されてないよ。伯爵家の問題なんだからそれはすなわち領主の問題となってしまって、ね」
「うう‥‥‥。家にきてくれると、とても嬉しいんだけど。大丈夫かな‥‥‥」
「迷惑だったら他を探す」
「いや、迷惑とかじゃなくて。我が家の姉が迷惑かけてるし。ただ、男爵様から差し出せと言われてちゃんと突っぱねることができるかなって。お父さん小心者だから」
エレナは顔をしかめる。
困りながら頭の中ではこれから何が必要かということについてそろばんが弾かれていく。
とりあえず我が家には家族同然に接しているルシアードがいつ研究のためにきてもいいように。
長い期間を過ごしてもいいように、彼の部屋がある。
この前きたのは春先だったから、その時に用意した着替えがまだあるはずだった。
となると衣服の問題はどうにかなる。
あとは人の出入りが激しい家のなかで、どれだけルシアードのことを秘密裏に匿えるか、だけだ。
「しばらく息を潜めて生活しないといけないと思う。それより外出届を提出しないといけないと思うんだけど、また戻るの大丈夫?」
「我慢するよ。そう言ってくれると思って」
ある意味でルシアードはとても計画性の良い男だ。
もう出してきた、と言い彼がバックの中から出してきた書類には、秋の季節まで研究のために外泊する、という内容の申請と、許可する印が捺されていて、準備の良さにエレナは舌を巻いた。
もし今魔族との戦争が始まったとしたら、彼は真っ先に手際よく逃げる準備を済ませるんじゃないだろうか。
そう思わせるほどに。
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