第5話 愛の告白
「あなた私のことが好き?」
「もちろん。他の誰も目に入らないくらい‥‥‥ずっと昔から好きだった。今でも好きだ」
「目が左を向いてない」
「は?」
エレナは拳を解くと、人差し指で彼にとっての左をしめした。
「ルシアードは気づいてないかもしれないけれど、あなた、左を向くから。嘘を言うときに限って」
「……いつから」
自分でも知らない真実を教えられて、青年は絶句する。
これまで何度、そうやって嘘を見破られたんだろうと、とっさに思考を巡らせる。
「12歳のとき、一緒に夏休みを利用して、魔猟に行ったじゃない。魔獣を目の前にして私はもう少し待った方がいいって忠告したのに、あなたは魔猟を優先して「わかった」って言った。そのとき、目が左をね?」
「そんな大事なこと教えていいのか? これからだって――」
「言わないでしょ? 言わないって信じてる」
「言わない‥‥‥約束する」
「だったらあなたは濡れ衣を着せられたことになる。それともそうやってくれて頼まれたの? エリオットがロレインのことを気に入らなくなって、どうしても別れたくなったからとか」
「そんな話はなかったな。あいつはその日の夜に伯爵様に呼び出されて、実家に戻って行った」
今日は何曜日だったか。
エレナは頭の中でなんとなく考える。
今日は火曜日だ。
彼の研究は毎週火曜日に休日を迎える。
でも学生として授業は受けないといけないから放課後の数時間だけ、2人は恋人に戻ることができた。
2ヶ月ぶりだったのに‥‥‥。
自分でもだめだと思いながら、とんでもないことになったと、大きなため息をついてしまう。
姉は一体何をしでかしたのか。
恋人まで巻き込んで、あの二人はどういった理由から婚約破棄を思いついたのか。
「お姉ちゃんはまだ家に戻ってきてないわ」
「ロレインは伯爵家の侍女として、寮以外でのエリオットの身の回りの世話をしていたからな。一緒に連れて行かれたよ。戻ったと言うべきか」
「戻ってきたら殴ってでも秘密を聞きだすわ。あなたにまで、不名誉な思いをさせるなんて、妹としても恋人としても姉を赦せない」
「俺のことは信じてくれるのか?」
「それはもちろん。だって世界に1人だけしかいない、私のあなただし」
どうやらルシアードは殴られる未来を予想していたらしい。
もうちょっと恋人を信じて欲しいもんだわ、とエレナは鼻息を荒くする。
確かに。ランクCの冒険者ではあるけれども。
何よりもまず、彼のことが大好きで愛おしくて、この世で一番大事な存在なのは変わらない。
彼にとっても自分がそうであって欲しいと願ってやまなかった。
「そこまで言い切れるのは一つの才能だな。結婚を申し込まれてるみたいでちょっとびっくりしたよ」
「結婚までは――まだ」
と、エレナは勢いで言ってしまった手前、顔を赤くする。
胸から離れ頭一つ分背の高い恋人を見上げた。
「いずれきちんとした申し込みをする。俺は四男だから、自分で独立しないといけない。だからそれまでは、な?」
「お父さんが入り婿でもかまわないって言ってるけど。男爵様がそれを許すかどうかは分からないわね」
「俺たちの仲は誰にも言ってないからな‥‥‥」
「早くみんなに言えるようになったらいいのにね」
「すまん」
世間に向けて愛し合っている仲であることを公表できないのはちょっと辛い。
別に恋愛するだけだったら、バカな恋愛カップルみたいにあっちこっちに吹聴して回るようなことはしたくない。
結婚しようという約束は、12歳のあの時からずっと変わることなく二人の胸の中で息づいている。
けれどもそれを表に出せないのはひとえに、ルシアードが貴族だということにあった。
貴族は個人的な恋愛よりも家同士の繋がりが重要視される。
個人の意志は家の事情によって左右され、貴族にとって恋愛は必要ないのだ。
他の貴族子弟子女と同じく、恋愛禁止の王立学院分校に彼があずけられていることが、それを物語っていた。
「それについてはいずれ話し合いましょう。とにかくお姉ちゃんのことよ」
「立ち直りが早いな‥‥‥君らしいよ、エレナ」
「私たちの仲が大事じゃないってことじゃないの。あなたが巻き込まれているっていうことが今が重要だと思う」
「俺もそう思う。というか、これが家にまで届いたら俺はまちがいなく、領地から外にだしてもらえなくなる」
「そうなったら全部終わりだから――」
とっさに思いついた言葉は逃げましょうだった。
いやいや何を考えているんだ、自分。
エレナは慌てて頭を振り、悪魔のささやきを分散させる。
駆け落ちなんてもっとまずい。
Cランク冒険者としての腕前があれば、どこの土地でも生きて行けるだろうし、会計士としての資格があれば、ルシアードには研究に打ち込んでもらって、自分が働き養えばいい。
それが現実的にできてしまうエレナは、いざとなれば恋人を誘拐してでも――なとど婦女子らしからぬ想いに駆られてしまう。
悩ましい誘惑と脳内で闘う恋人を怪しい目つきで見下ろしつつ、ルシアードはこれから先のことについて話を始めた。
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