第7話 魔獣と食材
その夜の食卓は、ちょっとしたパーティさながらだった。
海鮮類が豊富なラーベラは、ちょっと足を伸ばすだけで、新鮮な魚介類を手にすることができる。
帰宅途中に市場に立ち寄り、エレナとルシアードは『ガナム』と呼ばれる貝類を多めに買った。
二枚貝でカラスガイほどの大きさがあり、中には親指大の貝が入っている。
「悪いことが起こる前のパーティって言ったらなんだか変だけど。お父さんとお母さんはあなたのことを歓迎すると思うの。だからそれは素直に受け入れてほしい」
「もちろんそうするよ。2人は俺にとって本当の家族みたいなもんだし‥‥‥騙すようで本当に申し訳ない」
「被害者はあなたなんだし。こっちは加害者の家族だから、ある意味、謝罪として受け入れてくれても」
と、エレナは顔を伏せ申し訳なさそうに言葉にした。
ルシアードは恋人の心を痛めた様子に、逆に苦しそうな顔になっていた。
「何も言わずに去ったほうが良かったか?」
彼はふとそんなことを口にする。
恋人のもとに来るよりも、さっさと実家に引き戻った方が良かったのかもしれないと思ったからだ。
けれどそうなるとエレナとは二度と会えないだろうし、お互い消化不良の感情を抱えたままずっと長い時間を過ごすことになる。
それはどう考えても2人にとって良い未来とは言い難かった。
「ううん。それはない。そんなことはない。逃げずにちゃんと来てくれて嬉しい――あなたも私も今は被害者だから」
「いつか加害者になるそんな言い方をしないで欲しいな」
「加害者にはならないわよ」
「ならどうする?」
太めの糸で編み込まれたネットの中に、大ぶりなガラムが十個1つで売られている。
ネット二つ分を手にして、エレナはふふ、と意味ありげな笑みを浮かせる。
「まだわからない、でも、エリオットの出方次第では家族総出で、ギルドも国も巻き込んで裁判とかすると思う」
「竜殺しの二つ名と、戦女神ラフィネの司祭の立場は強いな」
「そうなった時あなたはどっちに着く?」
購入したガラムをどう調理しようか、と二人で市場を歩きながら意見を出す。
茹でてもいいし、パエリエのように米と一緒に炊いてもいい。
噛むと鶏のモモ肉のような触感があって、濃厚な搾りたての山羊のミルクのような味がする。
赤唐辛子と一緒に大鍋に刻んだ野菜などと一緒に入れて煮るもよし、貝柱だけを取り出しておおまかに切り、油を使って焼いてもいい。
どんな調理方法にも合う、牛や豚などの肉類をも合わせても喧嘩をしない、多様な用途に応える食材だ。
「それはもちろん君の方に」
「身分と立場を捨ててまで恋人のために生きることなんてないと思う」
「意外な返事だ‥‥‥」
「好きな人の未来を奪ってまで幸せになりたい女なんていないから」
あっさりとした彼女の意見にルシアードは驚いた。
「一緒にいたいのかそれとも嫌なのか、君の意見はコロコロ変わるから判断が難しいよ」
「結婚したいのは本当よ? 仲良くなってずっと一緒にいてたくさんの子供に囲まれて、親孝行もしたい」
「俺は頑張って働かないとダメだね」
「そうかしら? コカドリーユの出産くらいの子供は欲しいけど。あなたは研究に生きればいいと思う。私が働けばいいだけの話だし」
「四つ子は想像できないな‥‥‥」
肉屋では魔獣の肉を購入した。
雄鶏とヘビとを合わせたような姿の魔獣で『コカドリーユ』と呼ばれている、ラーベラの特産物だ。
コカトリスの亜種で、人間が畜産のために品種改良をほどこした魔獣だ。
近郊の牧場で飼育されているこいつらは大きさは牛ほども。
全体的に白い羽毛に覆われていて、見た目は大きさを除けば雄鶏と大差ない。
野生のコカトリスには視線で敵を石化する魔法があるから、その機能を削いだのがコカドリーユだ。
味は部位によっても他生の差異はあるけれど、だいたい牛肉によく似ている。
人に懐くし、仲間意識が強く外敵が襲ってくれば、雌を守って戦ってくれる。
牧童を置くよりも、オスのコカドリーユ一頭とメスのコカドリーユ数十頭で畜舎を作った方が、よほど採算が取れるというから、飼育もしやすいのだろう。
メスが産む無精卵は透明な殻に覆われているがとても頑丈で、堕としたくらいではヒビひとつはいらない。
産んでから二週間は鮮度を保つことから、輸送にも大きな手間暇がかからず、土地の農家の貴重な収入源となっていた。
その他に新鮮な根菜類や魚果物などをたくさん購入して、2人はエレナ宅へと向かった。
父親のミゲルと母親のミアーデは、実の我が子のようにかわいがっているルシアードの来訪をよろこび、彼がしばらく泊まり込みで研究をしたいというと、快諾した。
ルシアードはドラゴンの皮革に含まれる魔法を反発させる効果を研究している。
この街でもっともドラゴンと接することが多く、その深淵まで踏み込んだのは誰か。
それは竜殺しミゲルしかいない。
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