第11話 金貸しの娘
「借金する男なんて、人間のクズよ。情けない――他人の弱みにつけこんで金を貸すお父様も同類よ!」
「こら、ロレイン。やめないか、はしたない」
気丈な姉のロレインは、いつもそう言って、父親のことをけなし嘲り笑っては、見下していた。
性格が悪い、といってしまえばそうなるだろう。
けれども、我が家はこの国でも三番目に大きな都市ラーベラで、一、二をあらそう金貸しなのだから、仕方がないではないか。
実家で会計士として働くエレナは、もう日常と化したこの風景になじんでいた。
父親のミゲルがたしなめるのもそこそこに、豊かな金髪の三つ編みを揺らし、ロレインは二階へと上がってしまう。
その場に残ったのは父親と、金を借りにきた工夫と、エレナ。
あと数人の事務員だけだ。
「あ、まあ。そういうことだから。なるべく利子がかさむ前に、返済にくるように」
「ありがとうございます。ギルマス。恩に着ます」
そう言って、工夫は薄汚い身なりの内ポケットに、銀貨の入った革袋を押し込んだ。
あまり高価でもない安物のコーヒーを口にすると、カウンター席の上に置いてある飴玉の包みを幾つか、手に握る。
娘さんにでもあげるのかな、とエレナは推察した。
この工夫はゲバルという男は、魔鉱石の採掘で生計を立てていた。
ラーベラの街に引っ越してきて四年になるという。
奥さんの顔は知らないが、一度、二歳ほどの娘をつれてきたことがあったから、そう思ったのだ。
「新しい鉱脈が見つかったらしいね?」
「そうなんですよ。それで先だって資金が必要で――」
それで、我が「商工融資ギルド」にやってきた、と。
エレナは入り口にかかっている看板をガラスに透かして、裏側から見上げる。
金貸しではないのだ。金貸しだけど、こう見えてもれっきとした公務員。
銀行には格がおとるものの、それでも正規の金融機関なのである。
街や王都などで幅をきかせているという、高利貸したちとはまったく別の商売なのだ、とエレナは口を大にして言いたい気分だった。
「親方は大変だね。請け負いだから、器材も材料もぜんぶ、自分でそろえないといけない」
「先行投資がかさむってやつでして。ギルマスにはお世話になってます」
美味しそうにコーヒーを飲み干すと、飴玉をまた数個よぶんに懐にいれてゲバルはギルドをでていった。
ねえ、とエレナはスーツ姿のミゲルに声をかける。
儲かるって本当なの? 小声で確認すると、大柄な体格にスーツが窮屈なのか、顎で息をするミゲルはそっと頭を縦に振る。儲かるというのは本当らしい。
「あのゲバルさん、ロレインの好い人よ」
「それなあ‥‥‥俺も困ってるんだよ」
ミゲルは客がビル内にいないのを確認してスーツの襟元をゆるめると、ジャケットを脱いで壁のハンガーにかけた。
長女のロレインは今年で18歳。
工夫とはいえ、現場の親方。つまり、会社の社長をしているゲバルはもう40を越える。
ほぼ親子に近い年齢で、ミゲルは自分と同年代のゲバルが娘と恋仲になるのに抵抗があるらしい。
お客様だから丁寧に接しているが、これがプライベートになったら元高位冒険者のミゲルがどうでるのか、エレナは興味津々だった。
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