第12話 銀行強盗と恋仲と

「ぶん殴ってやったら? 昔、わたしが子どものころに城郭をこわそうとしたドラゴンを撃退したときみたいに」


 過去のいさましかった父親を思い出し、ふふふっとエレナは嬉しそうに笑う。

 腕の良いランクA冒険者だった父親が、どうして冒険者家業を引退し、ためていたお金で商工融資ギルドを立ち上げたのか、エレナは知っていた。


「やめてくれ、あいつに愛想をつかされてしまう」

「そうね。お母さんは怪我だらけで帰宅するお父さんを嫌っていたもの。わたしは今でも好きよ? 男ならあれくらいがいい」


 三人いた男の事務員たちが、それぞれ顔を引きつらせる。

 彼らは文系や理系ばかりで、荒事には向かないタイプだ。


 事務や計算、社内政治は卒なくこなすが、戦いとなるとからっきしに弱い。

 使い物にならない。


「お前は誰に似たんだか。この前の銀行強盗だってそうだ‥‥‥」

「あれは剣をいきなり抜いたあっちが悪い」

「正論だが、拳で叩き伏せろ、とは教えてないぞ」


 二週間前。

 ひょんなことからミゲルの留守をねらってやってきた、間抜けな銀行強盗が五人いた。

 現在、16歳。12歳のころにはすでにS~Gまであるランクのうち、中級冒険者であるDランク冒険者になっていたエレナにとって、三本の白刃はたいして脅威ではない。


 怖いことは怖かったが、いざ実戦となるとエレナは強かった。

 一人の顔面を陥没させ、二人目の膝を砕き、三人目のあばら骨をへし折ったところで、かけつけた衛兵に取り押さえられた。


 犯人たちは満身創痍で、いまだに刑務所のなかにある病院で寝たきりだという。


「教え込まれたから」

「俺はそんな考えで教えたんじゃない。せめて護身術としてだな」

「なったでしょ?」


 エレナは姉譲りの瞳にかかった金髪をかきあげ、屈託なく笑って見せる。

 それは武勇伝を聞いた者にはたのもしいが、あの場に居あわせた者たちにしてみれば、悪魔の微笑だ。


 後者と取ったのだろう、後ろにいる事務員たちの頬がひきつっていた。


「強盗は未遂に終わったが――いや、しかし。そうじゃない、ロレインはどうなんだ」

「あの時‥‥‥」


 強盗は五人いた。のこる二人は、たまたま居合わせたゲバルが叩き伏せたのだった。


「ロレインはそれであいつに惚れたのか」

「たぶん。なかなかいい腕っぷしだったと思う。受付にいたロレインを人質にしようとして、速攻で叩き伏せていたから」

「ふん‥‥‥恩人だからな」


 融資をせがまれたら、断り切れない。

 困ったものだ、とミゲルは短く整えた髪を手で撫でつけた。

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竜殺し令嬢は、大好きな姉を泣かせた婚約者に報復するために、拳を振り上げることにした。 和泉鷹央 @merouitadori

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