第10話 市場調査をするのだ
アリを殺す。
ドゥカーンダール(店主)に出荷。
週末はちょっと休んで、自分へのご褒美にカレーを食べる。
それを繰り返している日々である。
自然、『ヤセッポチ』の中年男性たる私にも筋肉が体についてきた。
天に掲げたバールらしきものをアリめがけて振り下ろす作業を、毎日続けているからだ。
それだけではなく、ダンジョンで小さな経験値を積むにつれて身体も強化されているのだろう。
リヤカーでアリの死骸を運ぶのも、だんだんと容易になってきている。
それは良いが。
「金が減るな」
私は藤堂君に愚痴を呟いた。
藤堂君がリヤカーから手を放して、腕組みをしながら返事をする。
「収入以上の時給を僕に対して支払っているんだから、当たり前でしょうに」
まあ、そうだ。
私は静かに頷いた。
あれから一か月が経過している。
家計簿はマイナスの一途を辿っており、貯金は減り続けている。
何年もこの生活を続けることは不可能だろう。
そうして、いつかは気力も体力も加齢により萎え果てて、人生を詰むだろう。
「……よろしい、筋肉も付いた。いよいよ覚悟を決めようじゃないか」
「二階層へ挑みますか?」
「勿論」
藤堂君に聞くところによれば、もはや一階層で鍛えられるところまでは鍛え終わったらしい。
経験値は地下一階で稼げる上限一杯だ。
例えば、僕らの味方『マーフィーズゴースト』!
狂王の試練場で経験値を特別に稼げるモンスターなどは、何処にも存在しない。
どこまで歩いても、アリがいるだけだ。
ならば、前に進もうじゃないか。
決して前のめりではなく、おっかなびっくり歩むとしよう。
「……さて、藤堂君は地下三階までは進んだことがあるそうだが?」
「もちろん二階の情報はお知らせしますとも」
では尋ねようじゃないか。
「二階のモンスターは?」
「カマキリですね。かなり巨大な」
「……また食べるところのない昆虫か」
私は少しガックリとした。
それもカマキリときたか。
昆虫を捕まえて喜べるのは、小学生までである。
「昆虫食に目覚めたら食べられるかもしれませんがね。まあ心理的抵抗は大きいでしょう」
「そこまで餓えていないな……」
私はうーんと考えて。
まあ詳しく話を聞くところにする。
「学名は存在しません。ダンジョンマンティスとでも呼びましょうか。体長50cmほどの巨大なカマキリで、人の肉を鎌で切り裂いたり、肉を齧るなどします。しかも空を飛んで飛び掛かってくるので、明確に危険度は上昇します。速度は遅いものですがね。残念ですが、こちらはアリよりも金になりません」
「カマキリの卵蛸を用いた漢方薬などはあるはずだが?」
「前任者も考えはしましたが、まず代表的な漢方薬である卵蛸が見つかりませんでした。そこで話は終わっています。誰もカマキリの死体を持って行ったところで相手にしませんよ」
ならば、どうしようもない。
それよりなにより、薬用に使うにしても、外の世界では今までの実績がない。
ならば金にならぬ。
「こちらはドゥカーンダール(店主)でさえも引き取ってくれませんので、殺してもリヤカーで地上まで運ぶことすらせずに、放置です。結果、アリだけを狩るよりも収入が落ちます」
「……まあ、そうだろうな。利益がどうにも見込めない」
正直、乾燥したアリでさえ怪しいのに、カマキリなんて食うには心理的抵抗が強すぎる。
磨り潰して食うのも御免だ。
「つまり、より赤字になるのか。ダンジョン経験値による二階での身体強化が叶えば、度胸を出してさっさと三階に挑めと」
藤堂君は口を閉じた。
返事なし。
それだけで意味を悟る。
「前に進むしかないのか」
「それしかありません。そして、そこからは私にもどうしていいのかわかりませんが」
ぴん、と藤堂君が指を一本たてた。
「期待を持たせると。三階からは金になる余地があります」
「具体的にはどう?」
「三階は魚が出ますから」
知っている。
カンパチ(青物)だろうが。
だが、カンパチ以外の魚については聞いていない。
「アジやサバか」
「青物ならば、基本的になんでも出てきますね。アジ、イワシ、サンマ、サバ。代表的な魚は大体確認できています。どれもが宙に浮かんで飛んでおります」
それはともかく、どうして青物ばかりなのだろうか。
酷く歪であるが、まあダンジョンの不思議など問うても仕方ない。
「魚は金になるのか? ダンジョンからとれた魚など気持ち悪いとならないか?」
「さて……なんとも」
藤堂君は首を傾げた。
「いえ、なるかならないか、なんともわかりません。アリやカマキリですら、最初だけは金になりましたよ。研究用として薬品会社が一部引き取ってくれました。しかし、魚肉となると……金になるのか、ならないのか。取引相手がいるのか、いないのかさえも」
「取引履歴はないのか?」
「ありません。その前に前任者がカンパチに跳ねられて、死にましたので」
稼ぎにならぬ苦労を終えて、ようやく三階に挑んで即死亡か。
本当に救いようのない話だな。
「……ちょっと調べてみるか。明日は休みにしよう」
ダンジョンが世に現れて10年ほど。
私が管理するダンジョンのように利益が全くでない悲しいものもあれば、有益なものもあるはずだった。
市場調査が必要である。
商品の販路や有効需要の動向に関する情報が、これからの私には必要なのだ。
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別作品「彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話」にて
カクヨムコン ラブコメ特別賞を取りましたので、そちらの書籍化及び更新に注力のため一時更新を停止します。
時折思い出してぽつんと、あるいはカクヨムコン9で狂ったように更新することになります
ご了承ください
令和最新版、現代ダンジョンへようこそ 道造 @mitizou
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