第9話 カレーショップにて
カレーを食べている。
ネパール人の方々がよくやっているカレーショップ、ではなくガチのインド人が運営しているカレーだ。
まあ、日本人にとっては経営者がインド人でもネパール人でも別に良い。
飲食店で一番大事なものは店員の国籍ではなく、味だからだ。
「……美味い」
「でしょう?」
私はカレーライスを食べているのに対し、藤堂君は山盛りのナンでカレーを食している。
まあよく入るものだ。
男子高校生で、この体格であれば食うだろうな。
なにせ、私は「ヤセッポチ」であるからして、あまり胃に詰め込めぬ。
だからこそナンの追加を勧められるのを嫌がって、カレーライスを口にしている。
さて――私と藤堂君が、何故インド人のカレーショップでカレーを口にしているかというとだ。
「オマエラ、コレヤルヨ。ニホンジンがダイスキ、タダ券ね」
「いや、うん、カレーショップ?」
昨日の晩に、ドゥカーンダール(店主)に渡されたタダ券である。
あのアリの引き取り手がインド人である何かヒントで得ることが出来ないのか。
経験値が浸透する身体を引きずって――実はあんまり疲れていない。
そりゃ命がかかっているから精神的には多少の疲弊があるが、肉体的には健全そのものだった。
というか、サラリーマン時代より体調が良いまである。
ダンジョンにおける肉体強化の効能とは、予想以上であった。
「というわけでだ。結局、あのインド人はカレー店のドゥカーンダール(店主)ということか?」
「違いますね。現にいないでしょう」
確かに店にいない。
というよりも、彼はあまりアリの回収作業にも来ない。
あれから一週間は若者二人だけが来て、一週間ぶりにきたドゥカーンダールからタダ券をもらった。
完全に予想であるが、週に一度だけ現状視察のために来ているのではないか。
「多角経営者か?」
「なかなか理解が早いじゃないですか、唯野さん」
藤堂君が、少し微笑んで呟いた。
まあ、一応は社会人であったしな。
もはやダンジョン管理者となり、それは社会人として読んでいいのかどうか怪しいが。
「あのインド人の方は、このカレー店の経営者でもあると思われます。というより、原点はここなんじゃないですかね。この店、私が子供のころからありますよ。彼は確かに『かつて』ドゥカーンダール(店主)でした」
「……日本に来て、日本社会で成り上がったインド人の方か。現在はカレー店だけではなく、色々と手広くやっている?」
「おそらくは。市内にあるインド輸入雑貨店で、あの方を見たこともありますので」
素晴らしいものだ。
私などはそれを率直に讃えることが出来る大人でありたい。
「それはよいが、何故アリを?」
「さて、それは知りませんが」
知らないのかい。
カレー店にまで訪れれば、素直に藤堂君も話してくれると思ったのだが。
「何を期待されているのかはわかりますが、そもそも知らないものは答えられませんので」
最初は薬品会社の人だのなんだの、無茶苦茶な事を口にしていたが。
そうボヤくと。
「いえ、間違っていませんよ。最初は確かに日本の薬品会社の人がアリを引き取っていました。ですがね、何かに活用手段があるならばともかく、研究用素材となるとあんなにいらないんですよ。保管だって利く。アリの甲殻が腐りますか?」
「……まあ、確かに」
何か活用方法が見いだされたならともかく、研究用だとリヤカー半分を数回受け取ったら終わりだよな。
どうしようもない。
でだ、取引契約を打ち切られて、そこで出てきたのが彼か。
「あのインド人か」
「薬品会社の次に手を挙げたのがあの人でした」
何らかの商機をアリに見出した?
何らかの活用方法をアリに見出した?
日本の薬品会社ですら見出していないそれを?
私は少し悩んで、自分のカレーライスを見つめた。
「スパイスにアリとか入ってないよな?」
「入っていても、これだけ美味しいなら許しますよ」
うん、なんかこのカレー異常に美味いしな。
どんなスパイスを決めているのだろうか。
気にはなるが、そこはインド人の秘儀というやつで知ることはできないだろう。
「……現状、あのドゥカーンダールが何故アリを欲しがるか。いくつか思いつくが――触れるべきではないな」
「意味がありませんね」
「そうだ、意味がない」
社会人であれば、あのインド人が何故アリを保管しているか。
彼が商人であればこそ、いくつか思い浮かぶ理由がある。
だが、その予想が出来たところで意味はない。
現状では、アリの始末の方法が私たちにはないからだ。
「ただ地面に埋めるだけしか、私には処分の方法がない。それを金銭を払って引き取ってくれるのだ。彼がそれでいくら利益を出したところで、私には何か文句をつける理由などない」
「……僕の予想が確かならば、現状では利益など出ていないでしょうしね」
藤堂君は藤堂君で、色々と理由を考えたらしい。
その理由は私の考えた幾つかの一つと一致するだろうが。
特に口も出さずに話を終えた。
「ナンのお代わりお願いします」
「まだ食べるんかい」
だが、藤堂君が本当にやたら食うことにだけは、苦言を呈した。
どうせタダ券だからいいけどさ。
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