第2話 暴威 見逸 我在流
――とにかく走った、大きく動く度 鍋が背骨を苛める、痛い
あの二人組が視認できない事を確認して、興奮が少し落ち着くと途端に疲労と痛みを覚える、いくつか小石を踏んだか、切れやすい葉に当たったか、いくつか葉がくっついてたりと、とにかく脚は無茶苦茶である、明日には背中の痣も凄い事になってそうだ、もう日も落ちて空は新月
私は普段いつも歩いたりしているが故にここに辿り着けたが、あの二人組はここをそんなに知らないはず、だから大丈夫、大丈夫に違いない、そう自分に言い聞かせて、ようやく洞窟の前に辿り着いた、最後に周囲を見る、と言っても全然見えない、本を見すぎた影響かもしれないが、視力は並外れて良い訳ではない、しかし誰もいないように見える、というかついて来れないだろう常識的に考えて、私の常識はこの山中でしか通用しないけど
しかし洞窟は更に暗い、そしてここから先は私も知らない、でも入るしかない、今気づいたが私の白髪が露出していた、どこからか記憶にないけれど、これは不味い
こんな分かりやすい目印を露呈させてしまっている以上、日が出るまでは完全に隠れ続けなければならない、というか気づきたくは無いが詰んでいる
今日明日を生き延びたとして、この目印は目立ちすぎる、でも今殺されてしまうのだけは嫌だ、何か本能的なものが諦めを拒絶している、日があればまだ周辺の人に紛れて、逃げる事だけは出来るかもしれない、その後の事は後で考えるしかない
とにかく洞窟に入った、壁に手を当てながら、片足ずつ地面を探りながら慎重に、どうやら穴も無く何か障害物も無い、しかし緩やかに下っている洞窟である事は分かった、虫の類や獣の類がいるかと思ったが、そんなにいない、というかいない
でも今は現実を逃避したいので、頭を回す事を拒絶している、入って何歩進んだだろうか、もう入口も見えない位は進んだ所で少しだけ広い所にでた、もうよいだろう
頭より先に体が判断したのか、その場で壁にもたれて座り込む、声を出さず泣いて
やがて体力も尽きて寝てしまった、一瞬だけ小さい赤い灯が継を照らした事にも気づかず
……目が覚める、厳密には目は開けた、暗くて今が何刻かは分からない、洞窟の奥、松明も無い、何か少しでも明かりがあれば……、もうここから奥に進むのは危険だ、戻るしかない、入口にいたら終わり、どうする
「どうしよう」
少し寝たことで頭が回るようになってしまったが故に現状の深刻さに気付きつつあった、故に小さい耳鳴りがずっと聞こえる静かな洞窟に不安を覚えて、ふと声を出してしまった
「アノ、モシモシ?」
声がした、吃驚する、モシモシって何?むし?何も見えない状態で声だけするの怖すぎ、というか何処?後ろ?壁?
「誰……?」
「ア、聞コエるんデスネ、ヨカッタですー」
何だこのカタコトはとか平時ならとても頭を回したい所ではあるけど今はもう藁にもすがりたい、意思疎通が取れるなら選択肢が増えるかもしれない
「ナニモ視えまセンよね、コレデどうデしょう」
そう言うと、すぐに洞窟内が見えるようになる、赤い灯と共に、壁に埋まっている赤い灯はおよそ火によって照らされているものではない、白い灯が出せるなら夜の読書に一個欲しいという感想が真っ先に浮かぶ
「みえ、ます」
昨日から状況に頭が追い付かないので取り合えずこの意思疎通できる何かの話を聞こうと思った、何か良い答えが見つかるかもしれない
「サテ、コンな場所で永ク話スのも良クナイでショウ、端的に申しマス」
「ココに一人と私が埋マッテイマス、トリアエズ掘り出シテモラエルと助カルのですが」
「え、人……?いつから?」
ふと突っ込んでしまった
「ハイ、記録にヨルト丁度一年デアリましょウか」
「嫌です」
嫌です、1年洞窟で埋まってるならそれは人ではない骸だ
「あ、誤解デス、アナタ方と同ジではアリません、一年寝てオラレルのデス、原因はワカラナイのデスが、急ニ寝テシマッタのデス」
このカラクリの言ってる事は意味が分からない、こいつ自体意味が分からないのだから逆に道理に沿ってるのかもしれない
「急に寝た時ハソレはモウ吃驚、デモ呼び掛ケテも起キナイしイイかって思ってタンデスが、気ヅイタラ泥にウマって固マッテシマって、動ケナクなっちゃって」
多分地震か何かで崩落して、その段階で諦めたのだろう
「えっと、とりあえず掘り出せばいい?鍋があるから、重いけど 壁を削るのは出来るかも、重いけど」
洞窟の壁を触ってみる、確かに素手だと厳しい位固い、土砂が乾燥して固まっている、けど鍋なら鋤の代用位は出来るかも
「助カリマス、でもコンナ所で鍋を囲もうとスルのは少々ドウかと」
「掘るの辞める?」
「スミマセン」
私としても掘るのを辞めるという選択肢は実はない、正直この意思疎通できる何かが助けになってくれるかもしれない、この不確定な要素に賭ける以外、私単体では詰む未来しかないのは私が一番わかっている、白髪とこの変なカラクリの組み合わせなら、もしかしたら都で大道芸をして食いつなぐ事位は出来るかもしれない
その前にあの二人組を何とかしないと、こいつに何とか出来る力はあるのだろうか
また頭を回しながら、とにかく重たい鍋で少しずつ、また崩落しないように慎重に壁を削る
半刻は削っただろうか、カツッ小さく鉄と鉄が当たる音がした
「あ、動カせソウです」
赤い灯から周辺に削っていった事で、このカラクリの別の部位が堀り出せたらしい
「貴女から見て右に動イテ貰エマスか?」
私から見て右、言われた通りにする
「アリガトウございーッマス」
このカラクリふざけてるな、なんか冷静になったら腹立ってきた とか思っていたら
見たことが無い腕と呼んで良いのか分からない物が動きだした
上腕と前腕と手がある、とはいえ人間の手ではなく指?が三本ある、最低限握る為に下に一本、上に二本変な形だ
「鍋、お借りシマスね、重カッタでしょう」
私で両手を使って何とか上げれる鍋を易々と持ち上げる、箸を持つかのような軽さを感じさせる、その後変な うぃー うぃ みたいな動く度に変な音を出しながら手の角度を変えて鍋で自身が埋まっている壁を削り始めた
手持無沙汰になった事で視野が広くなったのか、とりあえず削れた土が溜まっていた事に気づき少しずつ別の場所に移す事を自主的にやり始めた
「助カリます」
鍋を器用に動かしながらこちらの行動に感謝する、感謝されるのはいい気分だ、ちょっと好感が持てる
粗方掘れたらしい、まだ土をたくさん被っているし赤い灯からは影になっているので良くは見えないが人の姿が出て来た、確かに眠っている、白骨化もしていないし腐ってもないらしい、土の匂いしかしない
でも寝ている
「いやー助カリマシた」
「良かった、で手伝ってほしい事があるんだけど」
「恩人でアリマスから、トリアエズ聞かせテモラエマスか、アッ」
あっ……?まぁいいか取り合えず現状を伝えた
カクカクシカジカ
「なるホド、マルマルウマウマ ——応援シテイマス!!」
〇すぞ、求めているのは応援ではなく活路の提供だ、しかし感情は抑えないと、私一人で解決は出来ない、ちょっと土埃が立って居心地の悪くなった洞窟で、少しずつ息を整える
「な、何か他に無い?」
「コノ人が起キナイ事には何トモ、恩人ナノで助ケタイのは本心、と言え私も先ホドスーパーバッテリーセーバーモードになってしまったので……腕が動かセマセン」
す、すうぱーばー?ともかくこの寝てる人が起きないと、逆に起きれば活路はあるらしい
取り合えず急いで寝てる人の顔周りの土を払って頬を――。
パンッ! 心地良い音が出た、会心の平手打ち
「ナニを?」
「こういう時は叩いたら良いって、和尚様が」
「アラヤダ野蛮……」
しかし起きない、何度もたたいたり、ゆすったり、色々してみたが起きない
「私もソレなりに色々シタンですケドね、頑丈デスよね」
自分もやってるのに野蛮とか言われたの?
「ごほっ……、もう、なんで……」
色々暴れたので土埃が更に舞う、鼻を袖で覆ってなければ呼吸もまともに出来ない、殺されるより前に呼吸困難で死ぬ、ここで打てる行動は一つしかない、これをしたらここを出る、覚悟を決める
寝てる人の上半身を座らせたまま前に少しだけ倒れさせる、なるほどこのカラクリはこの人の背中にくっついていたのか、しかし今はそんなことはいい
顔やデコがダメなら後頭部だ 介錯するように鍋を大きく振りかぶって、全身を使って ――叩く!
酷く鈍い音、鉄と鉄が強く当たったような音がした、それ位硬いという事だろう手が異常に痺れて、せっかく直した鍋は二つに大きく割れた
本当に人か、いや人じゃない、前に倒れさせた事で赤い灯に照らされて少しだけ形状が見えるようになった事で今わかった、耳が違う、頭部の上側に付いていて、獣の耳を具えている、そんな冷静な分析が出来てしまう位、私の最後の行動は何も変化が無かった
「申し訳アリマセン」
このたまにふざけているカラクリの声は心底残念そうであった、それはつまり打開策が無い事を伝えていた
とりあえず酷い手の痺れが何とかなったら、外に出よう、流石に結構時間も経って、今は昼すぎ位だろう、近隣の人が見つけてくれる可能性は高い
しかしその時は来てしまった
「ほんとにいるのか?こんなとこに」
「狭いとこが怖いのは分かりますが信じてくださいよおかしらー」
「ばか、俺に怖いとこなんてねぇ、さっきの大きい音が気になるだけだ」
(怖がってるじゃないすか)
あいつらが来た、終わった、まだ距離は少しあるが、ここに着く、私がやってしまった最後の行動が、最悪の結果を招いてしまった……!
カラクリは事情を知っている、赤い灯をすぐに消した、暗闇にすれば隠れられる余地がある、しかし私も何も見えない、つまり相手の照明に照らされれば自然と浮かぶ、そして私の白髪は残念ながらその火によって強く目立ってしまう事は疑う余地が無かった、土の中に潜ったとしても……、終わった。幾ら頭を回しても、この結論にしか行き着かない
そうなればどう諦めるか、この恨めしい気持ちをどう伝えるか、そう言う事に頭を回したくなった、やがて来る二人に何も仕返す事が出来ない私が一番恨めしい、次にあの二人、絶対呪い殺す、霊になれるかは分からないけど、そしてこの起きない奴、こいつが起きた時、目前に私の白骨死体があればきっと驚くだろう、最後何が有ったかはカラクリが分かってる、目覚めの良くなさは一級品と言える、こいつの脳にそれを残してやる、胡坐をかいて眠っているこいつの上に収まるように座る、気配を感じた、気のせいではない
あいつらがやってくる、松明の炎とともに
「ごほっ、けむっ、おぉいましたいました、おかしらー」
「おっし、でかした」
細身の方は松明と顔だけさらして、おかしらと言われる奴を呼ぶ
そいつもすぐに入って来た、もはや頭を回す意味も無い、ある意味気が楽だ
「なんだ、もう一人いるのか?」
「そいつはなんだガキ」
私は答えない、ただ目で威圧する、込めた意味は
とっとと殺レ
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