第3話 這い上がれ

 ――白髪の少女は"ばかしら"を睨んだ


 少し関心してしまった、齢は十二か十三か逆から見れば恐ろしい状況、袋のネズミこのように追い込まれれば常人なら泣くだろう、目の前の死に恐怖して

惜しいな……とふと思ってしまう "ばかしら"の事だ、何の躊躇もなく殺すだろう


 丁度洞窟の入り口で"ばかしら"が閉所恐怖症で怖気づいてた所にあの大きな金属音を出してしまった事が運の尽きだ、勿論その時は俺も殺すつもりだったが、これを見ると惜しい、育てれば中々度胸のある傭兵か忍か商人か、ともかく才を感じる

人を見る目だけで生きて来た俺が言うのだ、確かだろう


 しかしその少女がもたれかかってる後ろのものは何だ?動く気配もない、胡坐をかいて脱力をして、後ろには妙に精度の高い金属を抱えている、カラクリか?

城下町や都でもあんなものは無い、質屋にでも運んでみるか?金になる気がする


 その前に少女の骸を埋めるのが先にはなるけど


「そいつはなんだと聞いとるんだ」

 しかし返答はない"ばかしら"はイラついている、とっとと出たいのだろう


「……生意気なガキは一番嫌いだ」


 帯の刀を窮屈そうに抜いた、狭いので一突きに心の臓を突く、それで終わり

 片手槍のように構え、少女の胸を刺した――



 ――……私は刺された、はずだった

刺される瞬間だけは目を閉じた、痛みへの恐怖からくる正しい人間の反射、しかし痛みは無く見えたのは天井、次に見えたのは私を刺した、いや、刺そうとした男

だった、何故か宙に浮いていた姿がゆっくりと認識できた


 そして、私とあの役に立たないカラクリが必死に掘った壁に頭からぶち当たる、強い振動と上から振る土、巻き上がる土、そしてその土に埋まる巨躯の男、もう細身の男が持ってる松明の光程度では何も認識できない


 急に右上腕を強い力で押されて左に転がされる、うつ伏せの状態から状況を把握しようと袖で口元を押さえながら体を起こす、袖にも土がついて口の中にも土、もう

滅茶苦茶と言う他無かった


 ――少女は刺されたはずだった

刀が刺さる、流石に痛がるか、どういう顔になるのか なんて考えていたら

後ろの人形、獣耳のついた人間?獣耳野郎が素早く後ろに倒れ込んだ、同時に脚の胡坐は解かれ、右足と左足でばかしらの右手を囲み、思いっきり引き込んだ


 ばかしらは体制が崩れてまっすぐ倒れ込み、獣耳の真上に位置する事になる、するとすぐさま足を離し、ばかしらの腹を蹴り上げる、結果的にばかしらが刺そうとしたちからが生きたまま宙に浮いて、……そのまま壁にぶち当たった、振動と、大量の土が舞う、一瞬、その動きの綺麗さに心が動かされてしまった


 獣耳野郎はそのまま起き上がった、一瞬俺を見た、赤い目をしている

一転して不利になった事が分かった、ばかしらは気絶、俺は片手に松明がある、洞窟の狭い通路に位置している、抜刀はすぐにできない、抜刀をする素振りを見せればその瞬間容易に殺される、そういう予感があった、俺に出来る事は


 両手を上げて通路の壁にくっつき、無抵抗の構えを取る事だけであった


 ――よく分からないが助かったらしい、細身の男は両手を上げていて、立ち上がった獣耳の人と背中のカラクリは何も無かったように出口に向かっている、カラクリの赤い灯がもう一度点灯し、私の方を見た 何となく意思は分かった、ついてきてと言っている、途中獣耳の人が細身の男が持っていた松明を取り上げて、そのまま上がっていった、このままだとここは何も見えなくなる、何も考えずについていく事にした


 外に出た、土埃で二人と一機は汚れていた、気分的には2日は籠ってたかのような、疲労感、正直今すぐにでも寝たいがやる事がありすぎる

唐突に獣耳の人がこちらを向いた

「……まぁ起こし方ってもんがあるよね」

「あラ、起きテタンでスネ?」


「頬の一発からちょっとずつね、鍋は流石に痛かった」

「はぁ!?」


 もう土まみれで喉も乾いてる口内なので大声は上げたくないけど咄嗟に出てしまった、それはもう大声をだしたけど他に言葉が見つからない、あそこで起きてくれれば何も問題は無かった!とにかく抗議したいが言葉が見つからない、怒りの感情が沸く


「まーそう大声出しなさんな、寝起きでいきなり無関係の童が危急で焦ってる様を見たら誰だって狸寝入りする、君だってそうするだろう?」

「そうですか?」


 このからくりまともだな、いやまともなのだろうか、この獣耳の方が言ってる事も

一理ある、私とこいつは無関係なのは確かだ、事態が読み込めないのに急に助けてと言われた方も困るだろう、こいつが何か強い人っぽかったから何とかなったけど

もし力が無い奴ならとばっちりで死ぬ事になる


八木やぎ、僕は何年ねてた?」


 八木、後ろのカラクリの名前らしい


「コロモ様、ちょうど一年であります」


 ころも、変な名前この獣耳の名前らしい、寝てた期間を聞いて少し青ざめている


「うそー、えー?」

「うそではございません、私の精密な体内時計が保証致します」

「怒られる……、流石に三ヶ月とかじゃない?三ヵ月にならない?」

「なりません、時は皆に平等に与えられております」


 八木、このカラクリ地下にいた時よりなんか饒舌になってる、理由はわからない

すうぱーばーなんとか絡みだろうか


「はぁ……」


 とコロモなる人?は溜息をついて肩を落とした、少しの間を空けてこちらを向いた


「で、君名前は?」

「……けい、継です」

「変わった名前だ」


 こいつには言われたくないけど、確かに


「取り合えず僕はちょっと戻らないといけないから、起こしてくれた恩があるし、困った事があったらまた、会えた時にでも言ってくれれば」


 また会えた時って手紙すらまともに届かないと聞く今の時代、また会える事なんてあるか、というか事態は何も変わっていないのだ、多分今頃焼け落ちた本堂は村人の人だかりが出来てるし役人も来るだろう、そしてあの二人も死んでない、身元が無い事も変わってない、行かれると困る


「あの、コロモ様」


 八木が口をはさむ


「ナニ?」

「その子は結構、いや相当訳アリでございます」


 本人の前で滅茶苦茶面倒くさそうな顔が表に出てるぞ、分かるけど

八木が事情を説明してくれる、このカラクリへの好感度が高まる、口の中が乾いててあまり喋りたくないのだから、余計に


「シカジカ」

「ウマウマ、なるほど」


 顎に手をやって少し考え込むコロモ


「あい分かった、多分西国で面倒見てくれるでしょ、どっちにしろ僕も行く事になるし、とりあえずどうする?ついてくる?」


 西国と言うと御門様がいる国と本で読んだことがある、何故御門と言うと、神と人の門を司る高貴な人だからとか何とか

何にしろ助かる道があるなら迷う理由はない、頷く


「よし、とりあえず川だね、飲み水の確保と、土を落としたい」


「――待てい」


 洞窟から出てきた細身の男が一人、伸びてしまった巨躯の男を引きずって出て来たらしい


「目撃者は……殺さないと面倒なんでな、大人しく……殺されて……」


 見るからに息が上がっている、洞窟のでこぼこがある中で体格差がある人間をひきずって上がるなんてのは体躯に見合わず結構ガッツがある

なんてさっきまで殺されそうになってた身としては余裕のある感想が出てしまった


「なんか面倒だしおいで」

「――!」

 心底馬鹿にした肩のすくめ方、しかも袖の中に手を突っ込んで…明らかな挑発

 その一言で細身の男がこちらに走り出す、コロモは刀のようなものは下げていない背中のカラクリと、腰に大きな木鞘がある、山刀だろうか?


 男は八相のまま即座に間合いを詰める、コロモは木鞘を抜かない、ただ両手で袖中を握って前にしたまま半身で構えている、細身の男は袈裟で斬る構えを取った、瞬間


 袖から手を出し、集めた土を顔にかけた、コロモに向けて振り下ろすつもりだったその行動は瞬間的に封じられ、遅れて振り下ろした時には太刀筋をくぐって躱した

コロモが男から見て右側、正確に言うと男は半身になっているので後ろに立っている


 振り下ろす動作に力を入れる為男は右足が前左足が後ろで足が少し開いていた

 そこに渾身の……、あまりにもむごい渾身の膝蹴りが細身の男の下部局所を貫いた


「――――ッ!!」

「うわ……」


 思わず引いてしまった、あれは多分男女関係なく痛い

 細身の男は硬直し、数秒後そのまま倒れ込んだ


「刀ってのは構えから何をしてくるかがバレちゃうんだよね、八相で走ってくるなら突きか振り下ろし、何をするかが分かってて、刀身からどの間合いに入ったら振り下ろしてくるかが分かれば、対処はそう難しい事じゃないんだ」


 コロモという男は冷静に体の土埃を払いながら反省点を淡々と伝える、細身の男は多分今それどころではないように見える


「特に相対する徒手相手に一撃で決めようというのは良くないね、必ず隠してる事がある、その罠を看破して、攻撃すべき、挑発にも易く乗るし真剣勝負の経験が少ない

でも太刀筋は綺麗だったし良かったよ」


「……綺……麗?」


 局部への打撃で呼吸がまともに出来ていなかったのか少し間をおきながら小さく言われた事を呟いていた、すると緊張が解けたのか、そのまま意識を失った

 一間置いて、コロモがこちらに振り向いて来る


「さて……、川って近くにある?」


「ありますけど……」


 けど、と付けた理由は二つあるまずは昼間、耳が獣で水色の髪をした奴と白髪の女子しかも近くの寺は燃えているもはや怪しいで済む話ではない、役人が来る


 もう一つは……、その近くの二人、一応寺の人に対して恩義が無い訳では無いし、正直自分も修羅場で一時的に感傷が薄れているだけで悲しい気持ちはある


「じゃあその二点に答えよう」


 動揺が伝わったのか、コロモの耳と伸びてる二人に視線を移した目線を見ていたのか、心が読まれている、怖い


「まず一つ、正直僕らは怪しすぎる、特に僕は本来北境にいるはずだと、少なくとも役人には思われている、数少ない怪異又は怪奇に遭遇した時は彼らは無視するように教えられている」


 厄介事だと分かり切ってるから余程の事が無い限りは近寄らないという事か、北境というと、多分亡き和尚様が言ってた怪異の国の話で、本来はここにいるはずはないとなると


「何故あの洞窟にいたんですか?」


「……?」

「あ、はい。すみません……」


 踏み込み過ぎたらしい、無言故の静かな雰囲気が怖い


「……二つ目だけど、トドメを刺したいなら止めないよ、でもそれは僕とは無関係の縁だからやらないって話、僕は極力関わらないのが筋、君を西国に送るのは起こしてくれた恩があるから」


 ――本音を言うと殺させず泳がせたいんだけどね、こんな外れの寺を襲う理由なんて絶対裏があるし、それは確実にこの東国に動きがあるって事だ、一年寝てましただけだと流石に師匠に悪い、何らかの情報は欲しい

 とはいえ、この子の縁のある人が殺されたなら、この子にはこの二人を殺す権利位あるんじゃないかな、でもこの子は多分殺さないだろう


 継か、白髪とはまた難儀な髪、僕も勿論水色の髪と狗の耳、酷い目で見られる事には慣れてるけど、この子供の苦労はこの子にしかわからないだろう……しかしこの子は死を目前にしてあの肝の座り方と言い、見た目の割に非常に強い、強いが故に意識の無い人間を殺す事はしないだろう、そういう強さがある

継は少し考え込んでいる


「川はここを下ればあります、あそこはたまに童が遊びに来ますが、今日は多分寺の方に行ってるから……」


殺さない、思った通り強い子だ、人目につく事を気にしてるのは近隣に痕跡を残すと後が面倒だと思ってるんだろう、というか生きてるって分かったら犯人にされかねないし当然と言えば当然か、それより早く泥を流したい


「あい、赴こう」

「コロモ様、私久しぶりに心ウキウキと言った気分でございます」


「一年も洞窟で埋まってたらそうかもね」


狗耳と白髪とカラクリの奇々怪々の徒党、傍から見れば相当滑稽に見えるだろう

しかしそれも西国まで、なんと気の楽な事だろう


一年休暇の弁明は……


一旦忘れよう

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