第4話 八木の回転
「うぅ……」
春前の風はとても冷たい、特に髪はまだ湿っていて、布でくるんでるとはいえ湿った布を通った風が肌に抜けてより冷たい、川で体を洗った時間が時間だったので諸々の準備完了したのが夕方であった、とはいえ土埃が髪に入り込んでいた不快感は取れたので多少はマシか、にしても八木、このへんてこなカラクリは凄かった
コロモは服も洗ったのだが、当然乾く筈もない、都やそこそこ大きい城下では古着商人がいるらしいが、村に古着商人が来る事は無い、大体直して着るし麻か木綿布を自分で織って作る、そういえば私の服は寄付されたものらしい、話が逸れた
要は今コロモは髪も布も湿っている、本来なら布から水が垂れてもおかしくはない、しかし垂れない、これが八木の力 川の中に漬けてある程度土を落とした段階で八木が腕を回転させて水を飛ばしたのだ、水が飛び散らかってたのは正直うざかったが、ともかく本来握って水を絞るところ回転のみで水を飛ばし、文字通り脱水した
とはいえ布が濡れてる事に変わりは無いので寒そうではあるが、平然としている
今は平然と山の枝を集めて今、焚き木の準備をしている
「日中にあの道を通ると流石に殺人犯と間違われちゃうから夜に抜けちゃおう」
という事らしい、正直体力の限界だったので休ませてもらっている、寺の煎餅布団が懐かしい、程よく硬かったけど、村の人達の環境よりは良かった、……燃えたけど
「よし、こんくらいでいいね」
種火を用意するまでの手際が良い、一年寝てた前コロモは何をしていたのか
組まれた枝の中に種火を入れて、コロモが用意した団扇みたいな葉の束を八木が速度を調整しながら仰いでいる、便利だな……火を起こす時の風を送る作業は結構重労働今更だけどこのカラクリは何なんだろう、都とかにはこういうのがあるのだろうか?
田舎者故にこういう最新何とかみたいなものに疎いだけなんだろうか、本にも書いてなかったし良く分からない、なんて考えていたらパチパチと、枝に少しずつ火が移る
そういえばいつの間にか川魚の串刺しが焚火の近くに用意されていた
「一刻、いや二刻位休もうか、その位なら村の人も家に籠るだろう」
天を仰ぎながら呟く、うっすら見える月の位置を見ているようだ
二刻、沈黙のまま休みたい気分でもある
興味本位で聞いてみたい事もある、悩ましい
「何で耳が獣なの?」
そわそわした空気感に耐えられず、ふとでてしまった、私は好奇心が強いのだ
「あぁ、これ?」
指を差して耳がちょっと動く、犬みたいにある程度動かせるらしい
「いつのまにかなってた」
「いつのまにかなってた!?」
そうか、いつのまにかなるものなのか、そんなわけあるか
「元気だなぁ、うーん、なった原因はあると思うんだけど、覚えてないんだよね」
「私も気になっていた所ではありますが、本当に知らないようなのですよ」
八木も口添えする、嘘じゃないらしい
「元の耳って……どうなってるの?」
横髪をちょっと上げて人の耳があった場所を見せる、確かに無くなっている、穴も塞がっていて髪で覆われていた
「わ、ない……」
純真に驚いてしまった、苦笑するコロモ
「師匠も似た耳してるんだけど、聞いた話だと怪異化した人は人の形から一部が変化するのが普通らしいんだよね、でそういう部位は本来感じる事の無い感覚を受け取る事ができるって言ってたね、誰にも言わないでね、言っても信じないと思うけど」
――あまり会話する事が無いからだろうか、普通なら絶対言わない情報を話してしまった、一年振りの会話だからだろうか? 目の前の子への情だろうか?
なんてことを考えながら平然とした表情を変えず、袖を乾かす為に焚火に近づく
「そういえば、八木?八木さん?」
「ハイなんでしょう」
私に背負われている喋るカラクリ八木に質問が飛んできた、これ以上の質問はあまり喋ってはいけない内容まで喋りそうだったので助かった
「八木さんは……えっと、コロモさん?」
「呼び捨てでいいよ」
「あ、私は敬称付けてください、いい気分なので」
「おぉ、面倒……えっと、コロモとは何時から一緒に?」
八木は赤い灯を一旦上にして、腕を灯に近づけた、悩んでるポーズらしい、カラクリの癖に
「二年前でしたか、同じような暗いとこでお互い見つけまして」
「最初は驚いたよねー、お互い」
「えぇ、およそ目の前でこすぷれしてる人が来たと思ったら、まさか本当に獣耳だったとは思わなくて」
「こす……?」
八木はたまによく分からない言語を発する、こいつの正体はそもそも私もよく分からない、なんか一緒に連れて行ってと言われたから背負っただけで、何の目的で作られたものなのか、色んな謎を含んでいる、師匠は何か知ってるかもしれないけど
とりあえず現状は便利なもの、という認識で背負っている重いけど
「いや失礼、八木語です、お気になさらず。……コロモ様」
「見てるね」
あの二人組が山の中でこちらを見ている、山を下りた先の川でしかも焚火をしているのだから当然だろう、継は驚いて山の方を見る
「来ることはないだろうけどね」
「え?」
当然、来る事は無い、日に二度の負けは許されない、彼らは気絶した時点で死んだ
ではどうするか、計画を練るか、上に一旦報告をするかの二択、二人掛かりなら倒せると考える程あの二人は浅慮ではない、来るなら来るで次は川に投げ込むけれど
――あの白髪と獣耳が火を囲んでいる、あまりにも舐めている、ばかしらも切れているのが分かる、しかしばかしらも命のやり取りをする上で養われた直感がある
「今月は報酬無しかもな、くそったれ」
なので再度挑みはしない、命が無ければ稼げもしない
正直あいつらに固執するより次の依頼に手を付けた方がお金としては美味しい、そもそもここでの敗北、目撃者を作ってしまった事自体バレなければよいのだ
今回は運が無かったと諦めて、あいつに二度と会わない事を祈るのが正しいだろう
しかし、俺の心に湧き上がる感情が、無視できないそれが沸く
思い浮かぶのはあいつの体捌き、およそ化け物の暴力ではない、あくまで人の動きとしての完成形、その動きに完膚なきまでに負けた、何年の鍛錬の後、あの動きが身につくのか、刀を向けられる瞬間まで恐怖せず、平然と来た刀に対応する心は、何度の死合において身につくものなのだろうか、考えれば考える程、奴との力量差は程遠い
奴に勝ちたい、死合のなか、綺麗と抜かしたあいつを倒したい
ただそれだけが心を支配する
――二人組の視線が外れた、撤収したのだろう
首を戻して目の前の継を見る、見るからに疲れている、地面に横たわるにも髪もまだ乾いてる訳ではない、体力的には色々限界であろう、こちらから何か質問するのはちと可哀想であろう
さて、一年か 自分の身に何が有って一年寝る事になったのかは分からない
思い出せるのはあの日の七閃、実はあの閃を見たのは二度目あれが降りて来る時、それは僕が面倒な事に巻き込まれる予兆である、それだけは確かなのだ
そういう意味で、一年寝た事は手痛い所が多い、まず間違いなく何かあったのだ、その経過か結果か、それがこの目の前の少女の住む寺への襲撃に繋がっている、多分間違いないだろう、その少女が私を起こすとはまた因果な事であるが……
しかしそれは些細な事だ、問題は寺への襲撃、民家や商家の強盗ではない、つまり金銭や米目当てではない、そうなると僧への弾圧か、それとも情報の焼却が目的という事になる
多分後者だろう、民の管理をしている寺を焼いても国からすれば面倒でしかない、後任の配置や情報の再整理等、面倒でしかないのだ、そうなると情報を消すと得をする立場の人間がいるのだろう
「面倒だね」
「コロモ様?」
「ん、ああ……」
ぼそっと出てしまったらしい
「八木くん、継を担げそう?」
「当然であります、ぶん投げる事だって可能です」
「いや投げちゃダメでしょ」
さて、そろそろ行くべきか
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