ありがとうのてがみ
かつたけい
ありがとうのてがみ
そりゃ、アホアホしいことだと僕だって思っている(馬鹿馬鹿しいと書くと、ウマ君とシカ君が怒るんでね)。
でも、事実そうなんだから、僕がそう思うのもしかたがない。
ある日、差出人不明、匿名の手紙が届いたんだ。
本当は、差出人の住所も名前も書いてあった。ただ、果たして誰がこの手紙を信じるか、その一点がこの手紙が匿名と思うかどうかの大事な点だと思う。
まず、あなたたちはどう思いますか?
住所 天国
名前 ゾウ
こんにちは、僕は半年前に死んだゾウです。
悩みを知ってもらいたくて、こうして筆をとりました。
僕はいま……
住所 天国
名前 カバ
こんにちは。私の生きていた頃、何度か動物園でお会いしましたね。あの時あなたはまだ、小学生で小さかったけど。
では、本題に入りましょう。私は、実は仲間のカバたちとちょっとしたいさかいを起こしておりまして、いや恥ずかしい話なんですが、実はこういう……
こんな妙な手紙が、うちの郵便受けに入っていたんだ。
天国での、部族のちょっとした仲間割れとか、ちょっとした恋愛相談とか、そんなくだらない内容ばっかりだ。
しかも消印の代わりなのか、犬の足形みたいなのがぺったりとスタンプされている。
単なる悪戯かと思って放っておいたら、翌日また同じように、三通の手紙が来た。全部が全部、筆跡がまったく違う。もしも単なる悪戯だとすると人数をかけた相当大規模の悪戯だ。
大学の休みは長い。去年バイトした蓄えがあるので、今年は何もせずぼけっと過ごして脳を休ませようと思っていた。
そんな頭のリラックスに良さそうだ……
手紙に返事を書いてみたのは、ただそれだけの理由からだった。僕の脳味噌は至極まっとうだと思っているし、酔狂を好む性格でもない。それなのに、どうして返事なんか書いてみたのか、自分でもよくわからない。
拝啓 牛君
手紙読みました。君はまったく間違ったことはいっていない。主張はただしいと思う、ただ、これで本当に悲しいのは誰だか考えてごらん……
拝啓 熊君
天国にも蜂蜜ってあるんですね。縄張りあらそいも大変なんですね。僕はよく知らないから見当違いのことをいっちゃったら許してほしいんだけど、こういう提案はどうでしょう、隣の蜂の……
と、手紙にこんなふうに、かれらの悩みに僕ならではの返事を書いてみた。
表書きの住所はもちろん、天国の牛君、天国の熊君だ。
隅に僕の住所を書くことはしなかった。それは「確実に届け」という僕の気持ちでもあったし、住所不明で戻ってきても恥ずかしい。そう考えたからだ。
これは誰かの悪戯かも知れないと思っていたが、実は僕も郵便屋さんに対して悪戯をしているだけではないだろうか。ふとそう考えもしたが、すでに手紙はポストの中だった。
翌々日のこと。
僕の家の郵便受けに手紙が入っていた。
前回のが戻って来たわけではない。だって僕は自分の住所を書いていないのだから、宛先不明で戻ってくるはずもない。
新規の、悪戯だか何たか分からない手紙が来たわけでもない。
前に僕が動物たちに宛てた手紙、それに対してのお礼が届いていたのだ。ということは、僕が出した手紙は、ちゃんと届いたということなのだ。
なんだか、不思議な気持ちだった。
下手くそな文字と文面だ。人間の文字を、一生懸命に書いたのだろうか。
こっちまで嬉しくなって、ちょっと体がムズ痒くなってくる。
それから数日後、今度はタヌキ君とウサギ君から、また悩み相談の手紙が届いた。
人間の僕からすると、何をこんなくだらないことで、といいたくなるような悩みだ。しかし、動物には動物の考えというものがあるのだろうし、なによりかれらは天国の住民だ、僕なんかとは全く感覚が異なっているのだろう。どちらが優れている、劣っているではなく、お互い思いつきもしなかった提案が出来るに違いない。もっとも僕は呑気な大学生で、特に誰かに打ち明けたい悩みはなかったけれども。
返事を書き上げ、ポストのある角のタバコ屋まで歩いて行った。ちゃんと届くことが分かったので、もう手紙には、堂々と僕の住所も書いてある。やっぱり自分の住所を書かないのは良くないからね。
丁度、郵便屋さんが郵便物の回収をしているところだった。もう何度か手紙のやりとりをしているにもかかわらず、やはり内容が内容である、直接面と向かって「これも出したいのですが」とはちょっといいにくい。郵便屋さんがいなくなってから出そうか、などと考えていると、
「あなた、その手にしているのは、このポストに投函しようとしていた手紙でしょう。持っていきますから、渡してください」
郵便屋さんは、くぐもった低い声で僕に手を出してきた。
思わず僕は、驚くほど大きくて毛深い郵便屋さんの手に、手紙を渡してしまった。
「こんなので、届きますかね」
何度か手紙のやりとりをしているにもかかわらず、おずおずと尋ねてみた。
「そりゃ、届けますとも。私たちの仕事ですもの」
郵便屋さんの目深にかぶった帽子の隙間から、ちらりと顔がのぞき見えるが、それはとてもごっつく、まるで熊そのものといった感じだった。
郵便屋さんは、ポストの扉にロックをかけ、郵便物のぎっしり詰まった袋を自動車に詰め込み、次のポストに向かうため車を走らせた。
それとほとんど入れ違いだった。小さな女の子が、母親と一緒に歩いてきた。女の子は手紙を持っていた。このポストに投函するつもりのようだ。
女の子は笑っていた。
「シロが死んで、あんなに泣いてばっかりだったのに」
母親がいうと、女の子はさらに嬉しそうに笑って、
「天国のシロからお手紙が届いたのよ。だからあたし、シロにお返事を書いたの」
「でも本当に届くのかしらねえ」
母親は、以前の僕のように、郵便局にとって悪戯なのじゃないかと心配しているのだろう。シロからの手紙も、善意にせよ悪意にせよ、悪戯に違いないと思っているのだろう。
だから、僕はこういったんだ。
「いえ、本当に届くんですよ」
そういいきった。そして、女の子に視線を落とし、
「シロからまた返事がくるといいね」
女の子は目を輝かせながら、元気よく大きく頷いた。
それからも、ときおり僕のところに、動物たちからの手紙が届いた。ほとんどが悩みの相談と、そのお礼だ。
ある日、僕はトラ猫君に悩み相談の返事を出す際に、ちょっとした質問をしてみた。
何故、僕なんかに、こんな手紙をくれるの、と。
数日後、その答えがわかった。手紙には、こう書いてあった。
「ミケがいい人だよって、しきりにいうから。でも、本当でした。あなたは親切で良い人だと、天国の動物たちの間では評判ですよ」
ああ、
そうだったのか。
何年も前に死んでしまった、猫のミケ。
僕のことを覚えていてくれたんだ。
しみじみとした、なんともいえない心地よい感情が胸の奥からわいてくる。
同時に僕は深い悲しみにも襲われた。
ミケと一緒に、火事で死んでしまった妹のことを思い出してしまったのだ。
僕のかわいいかわいい、たった一人きりの妹。
今頃、天国で幸せに暮らしているのだろうか。
ミケと一緒に楽しく暮らしているのだろうか。
そうだ。
僕は名案を思いついた。いてもたってもいられずにさっそく実行に移した。
天国の妹に手紙を出したのだ。
僕は気持ちをわくわくさせながら日の過ぎていくのを待った。
数日後、手紙は宛先不明で戻ってきた。
それからもう、動物たちから手紙が届くことはなかった。
ありがとうのてがみ かつたけい @iidaraze
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