第3話 ついてない日




 今日は午前中から優雅にカフェでも行こうと思ったのに。


 寝る前になんとなく見ていたアニメがおもしろすぎて、あと一話だけ……を繰り返していたら、朝方になっていた。


 おかげで、目が覚めたのは13時。


 このまま家でダラダラしていたい欲が強まるけど、今日はカフェに行くと決めたから重い腰をあげる。


 家にいることが多い私は、ほとんどスッピンで過ごしている。だからか、久しぶりにメイクをするとついついやり過ぎて濃くなってしまう。


 手鏡で自分の顔をまじまじ見ると、顔のムダ毛が恐ろしいことに気付く。

 もし彼氏がいたら、キスする時に、こいつヒゲはえてるじゃん。とか思われたりするんだろうか。世の女性たちは、みんなどうしているんだ。


 クローゼットにはこんなにも服が詰め込まれているのに、なぜか着る服がないと言う不思議な現象に、毎度悩まされ。


 なんとか14時半には家を出られたけど、なんだこの暑さは。まだ5月だというのに、お天気アプリには30度という意味わからない数字が表示されていた。


 ずっと部屋にこもっていると、外の気温の感覚にバグってしまう。

 せっかくおしゃれにジャケット着てきたのに、暑すぎて速攻で脱ぐはめになった。


 目指すは隣駅のカフェ。

 運動不足を解消しようと思って電車には乗らず歩きを選んだのも大失敗。


 日陰のない、この道をずっと行かなきゃいけないのかと思うと、諦めて家に帰りたくなってくる。


「あっづい……」


 容赦なく照りつけてくる季節外れの日差しに、体力がどんどん奪われていく。


 20分ほど歩いて、ようやく目的のカフェが見えてきた。


 このカフェは、昔ながらのプリンの上に、大きなアイスがのっているメニューが大人気。


 汗だくで、喉カラカラの身体に、イチ早く摂取したい糖分ナンバーワンだ。


 ――が、カフェに到着したらそこそこの人数が並んでいるのが目にはいる。さすがの人気店。


 小さなカフェだからしょうがないものの、回転率は悪そう。ここで私の選択肢は3つ。


 1.ここまで来たら並ぶしかない

 2.さらに10分ほど歩く3件目のカフェに行く

 3.諦めてすぐ近くのチェーン店に入る


 悩んでいる間にも列が少しずつ伸びていくのを見て、やっぱりプリンが食べたい! の気持ちに素直に従い、並ぶことにした。


 一組、また一組とお店から出てきては先頭に並ぶ人たちが入っていく。そして、ついに私にも店内に案内される順番がやってきた。


 店内はそれほど涼しくはなかったけど、日差しがないだけ最高だ。何より楽しみなのは、アイスのせプリン! 店員さんがメニューを持って近づいてくる。


 いえ、メニューは必要ありません。私には心に決めたプリンがありますので!


 などと、くだらない心の声で店員さんに話しかけながら、笑顔でメニューを受け取った。


 ここまで来るのに、なかなか苦労したけど、やっと最高の時間が楽しめる……! 


 そう思った瞬間――



「申し訳ございません。こちらのプリンが先ほど売り切れになってしまいましたので、スイーツはこちらからお選びください。」


 ついてない日は、ついてない。

 人生とは、そういうものだ。


 ここまでの苦労を拭い去ってくれる存在のプリンさえも、私から遠ざかっていく。

 こうなることがわかっていたら、大人しくコンビニの白玉パフェで小さな幸せを堪能していた方がよかったのかもしれない。


「そうですか、わかりました!」


 悲しみなんてのは、笑顔に隠してしまえば誰からも気付かれない。生きていくなかで私が身に付けた、唯一の特技だ。


 無駄に広い二人席に、一人でポツンと座る。他のおひとりさまはカウンターなのに、私だけちょっと贅沢な気分。


 捨てる神あれば、拾う神ありとはこのことか。


 ――カランカラン


 注文したカフェラテが届いたのと同時に、後ろの扉かアンティークなベルを揺らし開く。声と気配ですぐにカップルが入ってきたのはわかった。


「席が空くまで、こちらでしばらくおまちください。」


 ふと、カウンター席に目をやると、ちょうどひとり分だけ席が空いている。

 そっとスプーンを置いた私は、近くを通りかかった店員さんに声をかけていた。


「あの、もしあれでしたら、私そっちの席に移りましょうか?」

「え、よろしいんですか?」

「はい、一人なんで」

「すみません、ありがとうございます!」


 一人でカフェに入ると、ときたまこういう場面に遭遇する。別に堂々と座っていればいいのに、でも外にはまだまだ並んでいる人たちがいるし。


 他に一人のお客さんがいれば別だけど、今はそんな感じもない。

 それに、こういう素敵なカフェが無くなるのは困るから、少しでも回転率を――とか、すぐ無意識に周りの空気を考えてしまう。


 まだ口をつけていないティラミスとカフェラテをお店の人がカウンター席に運んでくれる。

 私はすでに開封済みのウエットティッシュタイプのおしぼりと自分の荷物を持って、斜め前のカウンター席に移動した。


 奥から店長さんらしきキレイな人が「ありがとうございます」と言って、笑顔を向けてくれた。


 私が座っていた二人席には、何も知らないさっきのカップルが座る。

 ふかふかのソファに、向かい合わせで。

 お店のなかをキョロキョロ見渡したり、次はプリン食べに来ようねと話していたり。


 見ているだけで微笑ましい。


 幸せそうなカップルを見ると、やっぱり彼氏もいいもんだよなーなんて気持ちがふつふつと湧いてくる。


 コンビニの時もそうだったけど、みんなすごく幸せそうなんだもん。

 でもそれは、きっと何も知らないからそう見えるだけで、実は彼氏の浮気癖がひどいとか、勝手に不幸な妄想をしてしまう私は、タチが悪い。


 恋愛もしたことないくせに、他人様の恋愛で勝手に盛り上がる。


 私には想像もつかないような、幸せも苦しみも悲しみもきっとたくさんあるのに。


「先ほどはお席の件ありがとうございました。これよかったらどうぞ」


 一時間ほどカフェを楽しみ、レジでお会計待っていると、さっきの美人な店長さんがクッキーの入った包みをくれた。


「いえ! とんでもないです!」

「また是非いらしてくださいね」

「はい、今度はプリン食べに来ます!」

「お待ちしております」


 些細なことだけど、こういうことがあるだけで、見ているひとは見ているんだなーという気持ちと、さっきまでの苦労がすべて報われるようで嬉しくなる。


 結果オーライなんて言葉があるけど、ついてない日から、ちょっと気分がいい日に変わっていた。




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