第18話 従兄弟です



 あれから、とくに変わらない日々が続く。

 変わったとすれば、イヴェリスと一緒にちょこちょこと買い物に行くようになったことくらいだろうか。

 だって、指を鳴らすだけで荷物が瞬間移動するんだから、そんな便利なものを利用しない手はないでしょ? だから、重たいものを買う時は手伝ってもらうことにした。夜限定だけど。


「それって魔法とどう違うの?」

「プリンとアイスくらい違うな」


 買い物が終わって、スーパーからの帰り道。未だに魔力と魔法の違いがわかっていない私は、二つの違いについてあれはこれはと質問をしていた。


「魔女もいるの?」

「いる」

「他にはどんなのがいるの?」


 地球には人間しかいないけど、魔界には吸血鬼以外にも色んな種の魔族がいるらしい。イヴェリスによれば、巨人族に魚人族。あとはエルフまで。人間の世界で伝説の生き物として存在する種は、みんないるんだと。


「エルフも魔界なの?」

「普段は大人しいが、意外と血の気がある種族だからな」


 目の前に吸血鬼がいるんだから、他の種族も居てもおかしくはないんだろうけど……。実際にいるっていうのがわかると、なんだか背筋がゾクゾクした。


「じゃあこの世界のどこかに、イヴェリス以外の魔族も住んでるかもしれないってこと?」

「なくはないな。住んでいるとすれば俺のように位の高い者くらいだが」

「へえ」


 強い魔力を持ってないと、魔界と人間の世界を繋げない。だからイヴェリスのように代々魔力を持った王族しかこちらの世界には来れないのだと、前に聞いたことがある。その流れで、ふと浮かんできた疑問。


「イヴェリスは私の血を飲んだら――」


 魔界に帰るの? そう聞こうとして、途中で言うのをためらい、そのまま飲み込んだ。


 私が死んだあとのことは、私が考えるだけ無駄だ。でも、魔界に帰ったら大好きなプリンが食べれなくなるし。それってイヴェリスにとっては辛いんじゃないかな、とか思ったり。


「俺のことばかり考えているな」

「なっ……考えてないし!」

 

 ふいに考えていたことをイヴェリスに読まれ、口にされる。無意識ではあるけど、イヴェリスのことを考えてたと思うと、途端に恥ずかしさがこみあげてくるものだ。


「その心を読むのってどうにかならないの?」

「まあ、読まないでいることもできるが」

「え! もっと早くそうしてよ!」

「一応努力はしている」

「うそだ!」

「本当だ。ただ……いや、なんでもない」

「なに」

「お前は心を読まなくても顔に出ているぞ」

「出てないし!」

「丸出しだろ」


 はんっと鼻で笑いとばされ、イヴェリスが少し前を歩きだす。ついムカついて、その背中に向かって思いっきり中指を立てちゃったけど――この意味が通じるのは人間くらいか。


 そのままイヴェリスとの距離が縮まることなく歩いていると、ショルダー式のストラップに吊るされたスマホがヴーヴーと震えだす。明らかにメッセージでらない知らせを感じ、視線をスマホに向けると着信を知らせるエフェクトで画面を照らしていた。


 楓からだ。


 一瞬、出るのをためらう。イヴェリスと一緒にいるし、もしバレたらどうしようかと思って。でも楓からの電話はどうせたいした用事でもなさそうだし。今ならイヴェリスと距離もある。すぐそばにいる家よりも、ここで電話する方が安全か。


「もしもし?」


 電話に出るのと同時に、念のため歩く速度を落とす。


『もしもしー? いま何してるの?』

「あー今? 買い物から帰ってる途中だよ」

『電話大丈夫?』

「うん、少しなら」

『ほら、この前さ、月末遊ぼうって約束したじゃん』

「あーそうだっけ」

『忘れたの?』


 そういえば、数週間前くらいに私から楓を遊びに誘って振られていたことを思い出す。そのときに「月末遊ぼう」なんて言ってた気がする。正直、イヴェリスと出会ってしまい、それどころじゃなくて忘れていた。


「いや、思い出した。最近ちょっと忙しくて」

『やっぱり? パッタリ連絡来なくなっちゃったし、インスタも全然更新しないから心配したよ』

「あーうん。仕事がね」

『今も忙しいの?』

「まあまあ、かな」

『じゃあ遊びに行こうよ! いつ暇?』

「えーっとね――」


 楓の声を聞きながら、ふと前方を見ると、そそくさと歩いていたはずのイヴェリスがこっちを向いて待っている。


「うーんと――」


 手でシッシッと追い払うように、先に行ってろと合図を送るも、イヴェリスはその場で立ち止まったまま動きそうもない。

 仕方なく心の中で『先に帰ってて』って伝えてみたけど、聞こえてないのか首をかしげたまま一歩も動かない。このままじゃイヴェリスにたどり着いて声を聞かれてしまう。そんな危機感に襲われ、私もイヴェリスのように歩くのを止めて、立ち止まった。


『蒼? 聞いてる?』

「あ、ごめん、スケジュール思い出してた」

『忙しいなら無理しなくていいよ?』

「いや、大丈夫。ランチでもし――」


 でも、すぐにその行動が逆効果だったことに気がつく。


「蒼。何をしている。早く帰るぞ」


 なぜなら、少し不機嫌そうなイヴェリスの声で、私の言葉を遮られてしまったからだ。


「――ッ!」

「なんだ、その顔は」

『え? 男の人の声? ……ええ!? 待って! 彼氏できたっ!?』

「ちがっ! 」


 案の定、その声はスマホの向こう側にいる楓にも届いてしまい、火が着いたようにキャーピーと騒ぎ出す。


『なんで教えてくれないの!?』

「ちがうってば!」

「おい、早く家に帰ろう。俺は疲れた」

「ちょっと、黙ってて――」

『きゃー! だからだ!?』

「だからってなに! 彼氏じゃな――」

『そっかそっか、ついに蒼にも春が来たかぁ!』


 耳からスマホを離しても、大興奮の様子が隠せないとばかりににキャッキャとはしゃぐ楓の声が轟く。車もあまり通らないこの道では、十分なほど迷惑な音量だ。


 やっちまった――


 心のなかで、いつかこうなること覚悟していたけど。今すぐに、この誤解を解かなきゃいけないのに。違うと否定する以外の言い訳が、即座に見つからなかった。

 

 やっぱり電話に出たのは失敗だったか……。


「また話すから、ごめん、一回切るね!」

『えー! 早く聞きたい! 絶対おしえてよ!? 待ってるからね!』

「は、はーい」

『絶対だよ!? 』

「じゃあねぇ」


 半場強制的に通話を終了させる。もう聞こえてこないはずなのに、楓の嬉しそうな声の余韻が耳元に残っている気がした。そして、そのバレたことによる怒りの矛先が、イヴェリスに向く。


「なにをそんな恐い顔している」

「先に帰っててって言ったじゃん!」

「言ってないだろ」

「心の中で言った!」


 いつも読まれたくない心の本音をすぐ読んでくるくせに、こういう時だけ読まないとか役ただず過ぎる。


「は? さっきお前は心を読むなと言ったろ!」

「そ、そうなんだけど」

「読むなと言ったり、読めと言ったり、勝手なやつだな」

「くっ……」


 思わぬ正論に、ぐうの音も出なくなってしまう。


「でも! 電話してるのわかってて声かけてきたじゃん!」

「それはお前が立ち止まるからだろう。俺は帰りたかっただけだ」

「先に行ってればいいじゃん!」

「鍵はお前が持っているだろ」

「……そうだけど!」


 こうやってイヴェリスと口論している間にも、ピロンピロンとひっきりなしに楓からのメッセージが画面に表示され続けている。


「いいから、帰るぞ」


 呆れたようにまた歩きだすイヴェリスの後を着いてくように、私もまた歩きだした。


「……イヴェリスのことなんて言おう」

「適当に恋人とでも言っておけばいいだろう」

「無理! 無理無理無理!」

「じゃあ兄とか、いくらでもごまかせるだろ」

「なるほど、お兄ちゃんか……。あ! ダメだ、楓はお兄ちゃんのことよく知ってる! 声でバレる」


 久しぶりに頭の中がプチパニックだ。

 身近な人を頭に思い浮かべながら、最適な人材を見つけてゆく。そうだ、従兄弟って言うのはどうだろう? いや、楓のことだから信じてくれなそう。お兄ちゃんの友達とか? だったら「早く帰るぞ」なんて言わないしな。


 どうしよう。どうしよう! どうしよう!!


「少しは落ち着け」

「落ち着いていられるわけないでしょ! 楓だよ!?」

「いや、その女のことは知らぬ」


 家の中で、そわそわと歩き回りながら、恐る恐る楓からのメッセージを開くと


《きゃー蒼に彼氏ができるなんて! 夢みたい!》

《いつ出会ったの?》

《どんな人?》

《もしかして一緒に住んでるの!?》

《今度会わせて!》

《いつにする!?》

《写真送ってよ!》


 想像通り、読むのもめんどくさいほどの質問攻めが並んでいた。


 私に少しでも男の影があれば、きっとうまくごまかせたんだろうけど……。ご存知の通り、男のオの字も匂わせたことのない女。

 そんな私のスマホから、「早く帰るぞ」そんな言葉を放つ男が現れたら――


 いや、待てよ?

 逆にだよ。逆にごまかせる説ない?


 今までこれだけ男の影を見せずに生きてきたんだから、まさか今更そんな男がいるなんて――


《いや、さっきのは従弟だよ》

《そんな仲の良い従弟いないじゃん! いいよ、隠さなくて♡》


 ダメだっ……

 私ですら友達に彼氏ができたらわかると言うのに、恋愛マスターとも言えるこの楓をごまかせるほどの演技力なんて、私には持ち合わせていない……。


 いや、でも彼氏ではない。

 一緒に住んでいる吸血鬼なだけで、彼氏ではないのは本当なのに。


 でも、それをどうやって説明したらいいのかわからず、気がつけば一晩中悩み続けてしまった。













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