おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに
仁来
わたしって人間
第1話 プリンとピリ辛きゅうり
女にとって“アラサー”と言うのは、人生においてとても重要な一区切りだ。
若さを失ったような感覚にもなるし、仕事とも結婚とも向き合わなければならない。
もちろん、そんな数字に関係なく恋愛を楽しんでいる人はたくさんいる。
本当は焦る必要なんてないのに。
なんとなく世間の風潮が「女の賞味期限」みたいなものを作っているせいで、30を過ぎて独身というだけで、世の女性たちは何かしら肩身が狭い思いをしている。
かくいう私、柚木 蒼(ゆずき そう)は、アラサーをギリギリ名乗れる34歳。次の誕生日で、アラフォーへと進化を遂げる女だ。
「ふぁ~……。づかれだ……」
キーボードにのせている指がだんだんと重く感じる。
頭の中では、まとめきれない言葉がグルグルと駆け巡り、やがて闇のなかへと消えていく。
明日が締め切りの記事を書き上げなければいけないのに、思うように進まないときはいつもこうだ。
息抜きと自分に言い聞かせて、スマホを手に持ち、10分くらい前に見たばかりのSNSにもう一度目を通す。画面の向こう側に広がる世界は、いつもキラキラと楽しそうで、画面のこっち側にいる私は、それを見て他人の日常をうらやんでばかり。
「はぁ……」
大きなため息とともに、スマホをベッドへと放り投げる。
窓の外から差し込んでいた光がいつのまにか無くなり、パソコンのモニターから放つ光だけで部屋の明かりが保たれていた。
この薄暗い感じが、私は好きだ。
20代の頃は、私も恋愛に対してそれなりに焦っていた。周りは当然のように彼氏が居て、次々と結婚をしていく。
そして子供を産み、仕事に育児に大忙し。
親戚からも、友達からも、会社の人からも、顔を合わせれば「彼氏は?結婚は?」と言われ。
私だって別に好きで誰とも付き合っていないわけじゃない。でも、無駄に理想が高い私には、彼氏をつくるなんて無理な話だった。
10年前だったら、まだ“若さ”を武器にできたかもしれない。
でも、30代になったら武器にできるものは自分自身で磨かなければならない。
例え好きな人ができても、武器になるものなんて、なにもない。そんな風に、何かと理由付けては、傷つくのが恐くて恋愛から逃げていたのかもしれない。
気が付けば、彼氏いない歴と年齢が同じになっていた。
周りからあれだけ言われていた「彼氏できた?」の言葉も、今はもうない。
まあ、このまま一生おひとりさまを楽しむのも悪くないか。なんて、最近は開き直っているけど。
「おなかすいたな……」
卵、牛乳、納豆、水、栄養ドリンク。いつもあるものしかないのはわかりきっているのに、スカスカの冷蔵庫を覗いては、いますぐお腹を満たしてくれるものを探す。
「コンビニ行くか」
結局、そこには食べたいものなんか入っているわけもなく。起きてそのままの格好から、コンビニに行く用として置いてあるロンTとスウェットパンツに穿き替える。
ボサボサの頭は帽子で隠して、洗っていないままの顔はマスクで隠す。
これが私のコンビニスタイルだ。
とてもじゃないが、自分が男ならこんな女を好きになる人なんていないだろうと思ってしまう。
原稿で煮詰まったときは、外の空気を吸うのが一番の気分転換になる。それはわかっているけど、一度パソコンの前に座ってしまうと、重い腰が上がらず、外の空気を吸うというちょっとしたことすらできなくなるのだ。
少しひんやりとした夜風が気持ちいい。
このまましばらく、散歩でもしたい気分。
コンビニに到着し、一目散に向かうのはスイーツが並ぶコーナーだ。
なんか美味しそうなスイーツはあるか、棚の一番上から下に向かって順番に見ていく。そのなかでも、今の気分にハマったのが298円の白玉入りパフェと、160円のプリンだ。
とは言え、何でもない日に298円のコンビニスイーツはいかがなものだろう。
今が原稿終わりとか、仕事帰りなら、ご褒美として買うのに悪くはない。
でも、とくになんでもない、ただの気分転換ついで。空腹を満たすためだけってなるともったいない気がする。
この値段をとるか食べたい欲をとるかに板挟みされる時間は、締め切り前の私にとっては大きな原動力だ
「このくらい、値段気にせず買えるように仕事頑張ろう!」って考えに繋がるから。
なんていうか、自分でもちっぽけな目標だなーとは思うけど、このくらいちっぽけな目標でもないと、他にたいした楽しみのない私はモチベーションが保てない。
まあ、今月のギャラのことを考えると160円のプリンで我慢しよう。白玉パフェは、締め切りが終わったあとのご褒美としてとっておこう。
すると、一組のカップルが店内へと入ってくる。
彼女の方は、キレイにメイクして、髪型も服もかわいい。彼氏はラフな格好だけど、どこか小綺麗。デートの帰りのような雰囲気を醸す二人は、数秒前の私と同じようにスイーツコーナーの前で止まった。
「どれにする?」
「えープリンも食べたいけど……これも食べたいなぁ」
そう言いながら、彼女はプリンと白玉パフェという私とまったく同じ選択肢で悩み始めた。
二人の会話を盗み聞きしながら「わかるー。迷うよねー! うんうん」なんて、心の中で友達かのような合いの手を挟んでしまう。
どっちを選ぶのかなーなんて、赤の他人のことを気にしながらも、自分はピリ辛きゅうりに手をのばした。
「じゃあ二つ買って半分こする?」
「え、いいの?」
「うん。どうせ選べないだろ」
「わあーい!」
ピリ辛キュウリに触れるか触れないかまで伸ばした手が、一瞬止まってしまう。
そう、彼女には彼氏という最強の存在がいるといことを忘れていた。どっちを食べようかなんて悩みは、悩みでもなんでもない。
なんなら、値段で悩んでいた私とは格が違う。
二人はどっちのスイーツも手に持ち、レジに進むと、楽しそうに手をつなぎながら帰っていった。
残された私の手には、プリンとピリ辛きゅうり。
なんて悲しくなるような組み合わせなのだろうか。それでも私は、白玉パフェはご褒美って決めたし、ピリ辛キュウリはどうしても食べたい! だから、これでいいのだ。
寂しくなんて、ない。
コンビニから帰って、ベッドの上に脱ぎ捨てていった部屋着に着替える。
また同じようにパソコンの前に座り、プリンとピリ辛キュウリを食べて、深夜まで仕事を頑張るだけだ。
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