第8話 吸血鬼日記
「出ていけ!」
って言っても、まったく出て行く気配のない吸血鬼が家に住み着いて、そろそろ3日が経つ。
救いなのは、私との生活リズムがまるで真逆なこと。
無駄に吸血鬼らしく、完全に夜行性で、日が落ちると起きてきて、日が昇ると眠りだす。一度眠ってしまえば、起こしても無反応だ。
でも、明るいのが苦手だからと、部屋の電気をつけることは許されないし
日中もカーテンを開けることが許されない。
ベッドを占領され、夜中はずっとテレビの前から動かない。
あたかも、家主のようにこの家を占領している。
私の家なのに……!
「その生誕日まで、魔界に戻ることはできないわけ?」
「この一年は魔力が弱まる。だから魔界と人間界を繋ぐことが、一度しかできない」
「じゃあもう、来ちゃったから戻れないってこと?」
「そうなるな」
「えー。向こうの人が迎えに来てくれるとかできないの?」
「別の世界にくるには相当な魔力が必要になる。誰にでもできることではない」
「へえ。魔族って意外となんにもできないんだね」
「魔力も使えん人間には言われたくないな」
まさかこの私が、吸血鬼とは言え、男と住むことになるとは……。
いや、男と住むよりも吸血鬼と住むことのほうが信じられないか。
「お前が俺を見つけたあのとき、ちょうど魔界から来たときだった」
「あーそうだったんだ。それで魔力使いすぎて倒れてたの?」
「ま、まあ。そうなる」
魔力がないことが恥とでも言うように、分が悪そうに目をそらすイヴェリス。
さすがに数日一緒にいれば、魔族だの魔力だの、非現実的な話も受け入れるほかない。疑い続けるのも疲れるし……。
それよりも、残された自分の人生をどれだけ楽しめるかが問題だ。
だからって死ぬことを受け入れたわけじゃないけどね!
それにはまず、この吸血鬼の弱点を知らなきゃいけないと思って、イヴェリスが寝ている間に、部屋中ににんにくを吊るしてみたり、十字架のネックレスを見せたりしてみたけど――
呆れられるだけで、まったく弱ることはなく。
今のところわかっているのは、日の光が苦手、ということくらいだろうか。
と言っても、苦手なだけで太陽を浴びても燃えて無くなったりはしないらしい。
図書館で吸血鬼の本でも借りてこようかな……。
っていうか、私が吸血鬼の実態について書けばいいんじゃないの?
そうすれば、世界のどこかにいるヴァンパイアハンターが噂を聞きつけて
イヴェリスを倒してくれるんじゃ……!
そうよ。今こそライターという仕事を活かせる時では!
めちゃくちゃいいことを思いついた私は、イヴェリスが寝ている間にすぐにブログを開設した。誰にも信じてもらえないのはわかっているけど、これから起こることを赤裸々に書き記していこうと思って。
***
買い物の帰り道、見たことのない小道を見つけた。
不思議と気になってしまい、足を踏み入れてみた。
ふと何かの気配を感じる。
視線の先には、日陰で苦しそうにうずくまる男の姿。
声をかけるも、近づくなと言われるばかりで、どんどんと息遣いが荒くなり弱っていく。
彼の髪は、黒から銀髪へと変わり、目の色も赤く光っているように見える。
人間とは思えないような肌の色、触れられた手は氷のように冷たい。
私は少し、恐くなった。
そのあとのことは、覚えていない。
***
出会った時のことをブログに書き込む。
書いているうちに、あの時のことを鮮明に思い出せるようになっていた。
魔力を使いすぎて、弱るイヴェリスの姿
その直後くらいに、すごく甘い香りがして、私の意識は遠のいた。
直前にスッと何かが目の前を遮ったのは、たぶんゴグだったのだろう。
どうやってこの家に帰ってきたのかはわからないし
どうしてイヴェリスがこの家を知っていたのかもわからないけど
うっすらと残る記憶のなかでは
冷たい腕に抱かれ、宙を浮いていたような気もする。
ベッドを覗くと、イヴェリスは寝息もたてず、まるで死んでいるかように眠っている。その寝顔は、憎たらしいほどキレイで
ムカついた。
次の日の朝、起きた私と入れ替わるようにイヴェリスが寝るためにベッドへともぐる。それを横目に見ながら、朝食を軽くすませ、メイクも適当にすませ、仕事に行くための準備を終わらせた。
「イヴェリス。私、今日は取材行かないといけないから留守番よろしくね」
「留守番? なんだそれは」
「んーこの家を守ってねってこと」
「ふん。誰がこんな金も色気もない家を襲う」
「なっ……うるさっ! いってきます!」
バタン――
「……ゴグ、行け」
「きゅ!」
すっかりイヴェリスにベッドを占領され、家主の私がソファで寝ることが定着してしまっている。
夜中は夜中で朝までテレビは煌々とついているせいで、眠りが浅いし、なんだか家にいるだけでどっと疲れがたまっていくようだ。
こんな状態でも真面目に仕事している私は、根っからの日本人だなって。
どうせ死ぬなら、もう仕事なんてしなくてもいいのに。
そうだよ、もう締め切りに追われることもないし
褒めたくもないものを褒める必要もない
作り笑いも、興味があるふりもしなくていい
書くことは好きだったけど、別にライターになりたくてなったわけでもない
学生の時にバイト感覚で記事を書かせてもらっていて
その延長線上で仕事をもらっているうちに、気付いたらすっかりライターだ。
ギャラは安いし、仕事の波も激しい
ライターだけで食べていけているのはありがたいけど
同世代の平均的な給料からしたら、だいぶ下だ。
ボーナスも有休もないしね。
風邪で仕事を断れば、その分ギャラが減るだけ。
でも、いま仕事をやめたところで豪遊するほどの貯金はない。
家賃だって払わなきゃいけないんだから、やっぱりギリギリまで働くしかないか……。
取材先までの電車のなかで、ボーッと窓の外を眺めていると
自分の身に降りかかっている現実を忘れられるような気がした。
いつもだったら仕事に行くこの時間ほど憂鬱なものはないのに
逆にこの現実らしい現実がありがたい。
周りを見渡せば、スマホを眺めている人々。
この中に、一人でも吸血鬼に命を狙われたことのある人はいるのだろうか?
魔族と友達でーすって人が居たら、ぜひとも名乗り出て欲しいものだ。
久しぶりに太陽を浴びた気がする。
パソコンと向き合っている時間は、いつも薄暗かったけど
さすがにイヴェリスが来てからは暗い部屋ですごし過ぎている。
どうにか対策を練らないと、血を飲まれる前に精神的にまいっちゃいそうだ。
電車の揺れが心地良くて、久しぶりに浴びたお日様もポカポカと気持ちいい。
もう少しで降りる駅なのに、急な眠気が襲ってくる
ゆらりゆらりと、ゆりかごのように、私を眠らせにかかってくる――
「きゅぴ」
「――っ!?」
急に耳元でゴグの鳴き声が聞こえ、ハッと目を覚ます。
窓の外を見ると、ちょうど降りる駅で、慌てて立ち上がって電車から駆け降りた。
「ゴグ? いるの?」
自分でもなにを言っているんだ、と思いながらも
近くにゴグがいる気がして小さな声で話しかけてしまう
「きゅっ」
でも、その勘は正しかったようで
耳元でゴグの声が聞こえて、気づくと私の肩に乗っかっていた。
「ついてきちゃったの?」
「きゅ」
「ああ。お目付け役ってことね。大丈夫、逃げたりしないよ。それよりも起こしてくれてありがとうね」
「きゅぅ」
私が優しくゴグの頭を撫でると、ゴグはまたスッと姿を消した。
見た目はどこからどう見てもモモンガでしかないのに
姿を消すことができるあたり、改めて魔獣なんだと思い知らされる。
言うならば、ゴグはイヴェリスの世話係だ。
と言うことは、私が外に出た時の監視役でもある。
私が逃げたところで、その情報は一瞬にしてイヴェリスのもとに届くし
何か変なこと企んでいても、きっとすべてを見透かしている。
でも、ゴグは私にもすごく従順だ。
今みたいに、居眠りで乗り過ごそうもんなら伝えてもいないのに最寄りの駅で起こしてくれるし、道に迷いそうになったら、うっすらと姿を現して案内してくれる。
そう考えると、あの日、私の家にイヴェリスが来れたのは
きっとゴグの魔力だか能力なんだろうな。
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