第5話 吸血鬼
代わり映えのしない毎日
孤独な時間
誰かを愛することも、愛されることも知らず
私は一生、このままひとりで死んでいくのかな
「んッ……」
頭が重い。
あれ、私どうしたんだっけ……
カフェに行って、買い物して
そうだ、苦しそうにしている男の子がいたはず。その子を助けようと思って――
「うう~……」
ボヤボヤとする頭の中で記憶をたどりながら起き上がる。そこは、朝起きた時と変わらない私のベッドの上で
え、なに?
さっきの記憶はぜんぶ夢ってこと?
ところどころ鮮明な記憶が残っているのに、家まで帰ってきた記憶がまるでない。
電気のついていない真っ暗な部屋を手探りで移動しながら、灯りをつけるためのリモコンを探す。
だいたいいつもこのへんに置いている、そんな感覚だけを頼りに、それらしきリモコンに手をのばす。
ピッ――
寝起きの目には眩しいくらいの、明るさで部屋が照らされる
「……ッ!」
一瞬、眩しさで目を閉じたけど、おひとりさまの部屋にいるはずもない人の気配とともに
「……ぎゃあーーーー!」
私の叫び声と、その男の姿をした誰かの声が響きわたった。
「なっなっ……だ、だれっ……!?」
「女人! なぜ明るくする!!」
「にょ、にょにん!?」
「早く暗くしろ! 俺は灯りが苦手だ!」
「灯りって……きみっなんで私の部屋にっ――」
よくよく見たら、さっきの夢に出てきた……いや、夢じゃない。
自分の着ている服を見ると、カフェに行ったときのままだし、買ってきた物も机の上に置いてある。
え、まって
どういうこと? 何があったの?
思考が完全にショートして、今日一日の記憶が走馬灯のように頭に流れ込んでくる。
「カフェに行って……それから買い物して……それでっ」
「おい女人。なにをブツブツと言っている。早くこの灯りを消せと言っているだろう」
「――っていうか、なんでこの子は私の家にいるの? え、私が連れてきた?まさか」
「聞いているのか? おい、俺が話しかけているんだぞ!」
確かに目の前にいるのは、あの時、具合が悪そうにしゃがみこんでいた男の子だった。
けど、私のなかの記憶の彼とは、なんだか雰囲気が違うようにも感じる。
髪も真っ黒だし、色白ではあるけどさっきほど青白くもない。
二次元かよってツッコミたくなるような、イケメンを通り越したキレイな顔だけは記憶と同じだけど……。
瞳の色がグレーだ
「いや、ちょっと待って……。君は誰なの?」
「そんなのどうでもいいことだろう」
「いやいや、どうでもよくないでしょ。ここ私の家なんですけど!」
「だからなんだ」
「だからなんだ!? 普通、女の人の部屋に勝手に入り込まないでしょ! 警察呼びますよ!?」
「警察? そんなもの呼んだところで、俺には関係のない話だ。」
「な、なんでよ!」
「はぁ……やれやれ、いつの時代もこの世界の女人というのは、ピーピーと野鳥のようにうるさい」
「ピ、ピーピー!? っていうか、その女人って呼び方なんなの!」
「女人は女人だろ。他に名があるのか? ならば教えろ」
さっきから謎に上から目線なこの男。
人んちに勝手に入り込んでおいて、一体どういうつもりなのだろうか。
自分がイケメンだということを理解して、女なら誰も俺には逆らえないとでも言いたいのだろうか? (すごい偏見)
これだから……顔がいい男は好きになれないんだ!!
「名前なんてどうでもいいでしょ! とにかく、早く出て行ってよ」
「あぁ? それは無理だ。近づいたら食うと言ったろ」
「く、食う?」
「そうだ。近づくなと言ったのに、のこのこと自分から食われにくるとは。愚かな女人よ」
「なっ……」
だんだんと記憶が蘇ってくる。
黒い髪からどんどんシルバーになっていく姿、赤い瞳、そして人間とは思えない肌の冷たさ――
そう、あれを表現するならば……
「吸血鬼……?」
「ほう……。この時代の女人にしては理解が早いな」
“感心した”と言わんばかりにニヤっと笑うと、男にしては長すぎる黒い爪で自分のあごをトントンとする。
「お前、名は何と言う?」
「な、名前ならそっちから名乗るべきでしょ!」
「なぜだ」
「な、なぜって……人に名前を聞くときは、まず自分からって、習わなかったの!?」
「習う……。そんな習慣、俺の世界には存在しない。俺が名を名乗れと言えば、皆ひれ伏して名乗るだけだ。」
「ひれ伏して……? どこの王様よ」
「王だ」
「は?」
「俺は、王だ」
「王? いやいやいやいや……」
あまりに現実味がなさ過ぎて、呆れた笑いがこみあがってくる。
王って。どこの国の王が、つつましく暮らしている女に家にいるんだよ。
ああ、そうか。
この子、コスプレイヤーだっけ?
何かのアニメのキャラクターになりきっちゃってるタイプか。
だんだん面倒くさくなってきた。ここはもう、話を合わせてお引き取り願おう。
「はいはい王様。わかったので、とにかく部屋から出て行ってもらってよろしいでしょうか?」
「なぜだ」
「なぜだって……王様には帰るお城がありましょうよ」
「ない」
「ないわけないでしょ」
「今日からここを我が城にする。」
「……はい?」
「まるでネズミ小屋だが、しかたない。貴様が今回の“分け与える者”らしいからな」
ダメだ。まるで話が通じない。
警察を呼ぼう
「だからそのケーサツとやらを呼んでも無駄と言っているだろう」
「え!? 私いま、声にでてた?」
「お前の考えていることくらい、読める」
「なっ……ほんとにあんた何なの!?」
「フッ」
片方の口角だけを上げた笑い方が鼻につく
人を小ばかにしているような、舐め腐っているような
「いいかげんにして! 本当に迷惑なんですけど! ここ、人んち、わかる!?」
「だからなんだ」
「だからなんだじゃなくて――」
このままじゃ埒が明かない
いっそのこと、私が出ていく?
いや、ここ私の家だし
警察に電話?
隣の人に助けを求める?
「はあ……。無駄な考えを次から次へと」
「ちょっと! 私の心読まないでよ!」
「読みたくて読んでいるわけではない。お前が考えていることなんて、そのへんの人間でもわかるだろう」
「人間でもわかるって、あんたも人間でしょ」
「あーそうだった、そうだった。“今は”人間だな」
“今は”って、まるで本当は吸血鬼ですとでも言いたいの?
本当にこの子、なんなの
「そのこの子という言い方やめてくれないか」
「だから、心を読まないでってば!」
「餓鬼ではない」
「いや、どこからどう見てもハタチくらいでしょ」
「馬鹿を言え。桁がひとつ足りん」
「え?」
「人間で言えば二百九十九の歳だ」
「はあ……?」
設定まで完璧かよ。
一体どれだけなりきってるの? もしかして、どこかの病院から抜け出してきてたりとか……。
「あーもう! めんどうくさい! これでそのうるさい口も脳も止まるだろう」
「だから! 心を――」
――パチンッ
そう言って、男は指をパチンと鳴らしたかと思うと、短かった黒髪が急に腰くらいまで伸び、色もシルバーへと変わっていく。
肌からも血の気が無くなり、道端で見た時と同じように青白くなっていた。
そして、グレーの瞳は
まるで血ように赤い瞳へと変わった。
「どうだ。貴様がさっき見た俺の姿だ。」
「え……ほんとに吸血鬼……?」
「まあ、ここではそう呼ぶそうだな」
「ちょ、ちょっと、いぃーってしてみて?」
「は?」
「いいから! 前歯イーッて」
ぎこちなくニッと唇を上げた歯には、牙らしきものは見当たらない。
「なんだ、吸血鬼じゃないじゃん。ふーびっくりした――」
「おい」
「吸血鬼と言ったら、ごりっぱな牙でしょ? それがないんじゃ」
「牙は血を吸う時にしか出さん。邪魔だ」
「へー。牙、忘れちゃったかー。」
「貴様は……ほんとに愚かだな」
そうだよね、吸血鬼がいるわけない。いたとしても私の前に現れるなんてありえない。
とんだ変な子拾ってきちゃったな
暑さで熱中症にでもなってたかな
「さ、もう一回寝よう」
「おいっ!」
「面白い夢だなー」
「これでもまだ信じないのか」
「ありがとう、いい夢だったよ」
心のどこかで封じ込めていた寂しさが、夢になって出てきてしまっただけだ。そう、寝たらきっと、また何も変わらない日常が待っている。
いや、むしろ目を覚ませ、私
もしかして、道端で倒れて死んでいるとかじゃないよね?
え、じゃあなに、この目の前にいるのは吸血鬼じゃなくて、死の国から迎えにきた悪魔ってこと!?
うそでしょ、私、地獄におちるの?
天国じゃないの? 死んでも孤独なの?
「……ここまで話の通じない人間はお前が初めてだな」
「話しかけないで」
「お前から近づいてきたと言うのに」
「近づいてない、何かの間違い」
もう一回ベッドに戻って、頭まで布団をかぶる。
これは夢だ、私は死んでいないし、目の前にいるのも吸血鬼なんかじゃない。
そう何度も何度も繰り返し唱えながら
朝になってしまった――
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