第2話 黒苦い本音

 昨日は最終下校時刻ギリギリまでずっと泣いていた。


 そのせいで目は腫れるし、赤くて痛い。


 腫れは朝急いで冷やしてなんとか引いたけど、目は赤いままで明らかにおかしい。


 篠宮には気付かれたくないな、、、。


 泣いた理由が篠宮に失恋したからなんて知ったら、困らせちゃうだろうから。


 そんな憂鬱な思いを抱えながら教室の扉を開こうとすると、、、。


 ガラッ。


 内側から扉が開かれ、そこにいたのは篠宮だった。



「うわっ、びっくりした。はよ、稀崎」


「おは、よ」



 篠宮の顔が見れなくて、顔を伏せたまま篠宮の横を通り過ぎようとすると。


 明らかに不自然だったこともあり、篠宮が私の顔を覗き込んできた。



「どした?ん、稀崎なんか目赤くね?」


「、、、そ?普通じゃない、、、?」


「いや、絶対赤い。、、、若凪となんかあった?」



 最後の言葉だけ小声で聞いてきた篠宮。



私が篠宮を好きだなんて、本人が知るわけがないから、篠宮は私がまだ出雲に未練があると思っているんだろう。


 それで出雲と喧嘩か何かがあって泣いたんだと思っているんだろう。


 でも、違うんだよ。


 私が泣いた理由は篠宮。


 やっと新しい恋に進めたのに、まだ咲いたばかりなのに。


 すぐに失恋して、雨風で飛ばされてしまった。


 だから泣いたんだよ。

 心配してくれる篠宮に全てを話してしまいたい。


 でも、全てを話して篠宮を困らたくない。


 だから、、、君にだけは絶対に言うことができない。



「、、、寝不足なだけだから。保健室行ってくるから、先生に言っといて」


「あ、あぁ」



 ごめん、篠宮。


 篠宮は何も悪くないから。


 悪いのは全部、私の勝手な片思いだから、、、。


 涙が溢れそうなのを堪えながら教室を出て、保健室へ向かう。


 今日はもう早退しよう。


 篠宮の顔が見れない。


 そう思いながら小走りで階段を下りていると、、、。



「痛っ」



 階段を上ってきた人にぶつかってしまった。



「ご、ごめんなさい」


「いえ、こちらこそ、、、瑠夏ちゃん?」



 どうしてこんなに運が悪いんだろう。


 ぶつかった相手は音緒で、その隣には出雲もいる。


 二人とも私の様子がおかしいことに気づいたのか、不安そうな顔で見てくる。



「瑠夏ちゃん、どうしたの?体調悪いの?」


「、、、なんでもないから気にしないで」


「寝不足?大丈夫?保健室付き添おうか?」



 私の顔を覗き込んでくる音緒。


 見慣れているはずの音緒の言動が、今はとても鬱陶しく感じてしまう。


 自分への怒りと、黒い気持ちが募り募って、私の中で何かが切れた音がした。



「待ってて。すぐ鞄置いてくるから、、、」


「ーほっといてよ!!!」


「る、瑠夏、、、ちゃん、、、?」


「音緒には関係ないんだからほっといてよ!いちいち干渉してこないで!鬱陶しいんだって!」


「ご、ごめ、、、ん」



 私の剣幕に怯えた音緒は小さな声で顔を伏せながら謝った。


 音緒が悪いわけじゃないのに、私は今、自分を制御できる余裕がなかった。



 バシッ!!!



 その音と同時に左頬に痛みを感じた。


 何が起きたのか、最初はわからなかった。


 理解するのに数秒かかった。


 出雲が、、、私の頬を叩いた。


 呆然とする私と音緒に出雲ははっとしたような顔をし、慌て始めた。



「あ、、、ごめっ、、、ごめん、、、」


「、、、痛いんだけど」


「悪い、、、。、、、で、でも、さっきの言い方はどうかと思う。心配してくれた人にあの言い方は酷くないか、、、?」


「、、、なんで出雲にそんなこと言われないといけないわけ?私が今、どれだけ辛いか知らないくせに」


「、、、それは、、、」


「知らないなら口出さないでよっ!」



 ずっと心の中で溜まってた黒い苦い気持ち。


 黒苦い本音が溜まりに溜まって今、限界に達した。

 

 黒苦い本音は全部私の我儘で。


 何も悪くない2人にあたって。


 私、、、最低過ぎる、、、。



「こーら」



 重い空気とは対照的な呑気で明るい声がしたと同時に、頭を後ろから小突かれた。



「そんな大声で叫んだらダメだろーが。みんなびっくりしてんぞー」


「暖、、、」



 周りを見るとみんなが興味と戸惑いが入り混じった顔でこちらを見ていた。


 周りを見た途端急に頭が冷えて現実に戻る。


 頭が冷えるとその場にいるのが居心地が悪くて、恥ずかしくて仕方がなかった。


どうすればいいかわからず、俯いていると、、、



「そんなに体調悪いならさっさと保健室行けっての。ほら、行くぞー」


「あっ、瑠夏っ、、、!」


「若凪ー、悪いけど文句ならまた今度にしてくんね?瑠夏、体調悪いんだから」


「そ、その、、、」


「暖、、、行こ、、、」


「あ、うん」



 音緒と出雲はこちらを見て固まっている。


 私は二人から顔を背け、暖に黙ってついて行った。


 暖は私に何も聞いてこない。


 無言で私の手を引っ張っていく。


 その優しさが嬉しくて、心に沁みた。



         ◇◆◇



 階段を降りていると下から騒ぎを聞きつけ駆けつけた先生がやって来た。



「稀崎、お前が仲島と若凪と揉めてるって聞いたが、、、。何かあったのか?」


「あー、先生。瑠夏体調悪くてイライラしててちょっと言い合いになっちゃったんすよ。でももう解決したんで瑠夏保健室連れてって一緒に早退していいっすか?」


「何を言ってんだ。稀崎は構わないが、魚住が早退する理由はないだろーが」


「どっかで倒れるかも知んないでしょ?それにまた揉めて問題になったらいけませんし?俺が責任持って送り届けますよ」


「あぁ、、、幼馴染だったな。仕方ない。頼んだ、魚住」


「りょーかいです」


「今日休んだ分成績引いとくからな、魚住」


「ちょっ、そりゃないですよー!」


「ははっ、嘘だよ。ちゃんと送ってやれよ。稀崎も元気になってちゃんと学校来いよ」


「はい、、、」



 先生と軽く話を済ませて、2人で保健室へ向かう。



「解決したって、、、してないじゃん。バレたらどうすんの」


「だいじょーぶ。俺が何とかしとくからお前はもう気にすんな」



 そう言いながら頭を優しく撫でてくる暖の優しさに、涙が溢れた。


 優し過ぎる。


 暖は本当に優しすぎる。


 、、、でも、暖が優しいのは私が幼馴染だからだけじゃないことを私は知っている。


 暖は私のことが、好きだから、、、。


 1人の女の子として好きだから、、、。


 私が出雲と付き合うことになったと明かした時、篠宮を好きになったと明かした時、暖は笑顔で「そっか。良かったじゃん」と言ってくれた。


 でも暖は家に帰って一人、その度に涙を流してた。


 暖と私の家は壁を一つ隔てるだけのアパートだから。


 暖が声を押し殺して泣いていても聞こえてしまう。


 私はそれをわかっていながらも、暖に幼馴染以上の想いを抱くことも、暖に私の恋の協力をやめさせることも。


 私にはできない。


 暖の優しさに甘えて、暖を傷つけ続けている。


 暖がくれる優しさの分、私は暖を傷つけている。


 ホント、、、最低だよ、、、。



         ◇◆◇



「明日は体調治して元気で学校行けよー」


「、、、分かってるって」


「どーする?俺が看病したろーか笑?」


「看病っていう名の嫌がらせでしょ」


「瑠夏ちゃん酷いわっ!お姉さんは純粋に心配してるだけなのにっ」


「やめて、気持ち悪い」


「ひっど!、、、でも、言い返せるなら大丈夫そーだな」


「、、、おかげさまで」


「どーいたしまして」


「、、、何も聞かないんだね」


「え、何が?俺なんも気づいてないんだけど?」


「、、、そ」



 本当に気付いてなかったら「何を?」っていうのが普通だから。


 気付いてる人の言い方だからね。


 、、、ねぇ、暖。


 暖は気づいてるんでしょ?


 私が失恋したことに。


 それだけじゃない。


 私が暖の気持ちを知ってることにも気づいてるんでしょ?


 それなのに知らないふりをして、優しさをくれる。


 だから私は甘えていいんだって、弱くなってしまう。


 暖っていう弱音を吐き出せる場所があるから。


 暖かい場所があるから。



ごめんね、、、暖、、、。

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