モノクロの世界で

@ru_nana

第1話 ひたむきな想い

 卒業まで残り一ヶ月となった今日。


 桜の蕾が咲き始め、日差しが暖かくなってきたけど、まだ肌寒い風が吹いている。


 私、稀崎瑠夏は窓際の席で登校中の生徒を見て思い出に浸っていた。



「稀崎」


「ん、篠宮?何」


「先生がお前のこと呼んで来いって」


「何先生?」


「担任」



 篠宮風吹。私の友達でクラスメイトでもある。


 無愛想で分かりにくい奴だけど、根は優しいから密かに人気がある。


 クールだけど話すと良いやつだし、顔も整ってる方だから陰で想う女子が多い。


 私もその一人なわけで。


 気になり始めたのは最近だけど、篠宮のことが気になっている。


 篠宮には友達としか思われてないんだろうけど、、、。



「つか担任から呼び出しって。何したんだよ?」


「うーん、何もした記憶がないんだよなぁ」


「気づかんうちになんかしたんじゃね?最近のこと思い出してみ」


「最近?ここ一週間は特に何もなかったけど」


「それより前なんじゃね?」


「だったらもっと前に呼び出してると思うけど」


「んー、迷宮入りだわ」


「名探偵コ◯ンみたいなこと言うね」


「どうも、名探偵フブキです」


「アホらし。まぁ、とりあえず先生のとこ行ってくる」


「いってらー」



 中学三年間の間で先生に注意されるようなこと一度もなかったんだけど。


 校則には十分気をつけてたし、ある程度の成績もキープしてる。


 もしかしたら注意じゃなくて、何かの手伝いとか?


 そんなことを考えながら教室を出ようとすると、ちょうどやってきた人にぶつかりそうになった。



「わっ、ごめんなさい」


「あ、いや。こっちこそ、、、っ瑠、夏、、、」


「、、、出雲」


「えっと、、、その、、、」


「何、音緒に用?」



 そう聞くと出雲は躊躇いながら縦に首を振った。



「呼べばいい?」


「あ、あぁ、、、」


「音緒ー」



 気まずそうな出雲に気づかないふりをして話を進める。


 そこまで気まずそうにされたらこっちが遠慮するっての。


 こっちは頑張って昔みたいに接してるってのに。



「出雲っ!どうしたのっ?」


「あ、その、、、」



 私の方をチラチラ伺って話を切り出すかどうか悩んでいる出雲をみて、溜め息が出た。


 そんなに気にしなくても私はもうなんとも思わないっての。



「じゃ、お邪魔虫はこれで」



 そう言ってその場を去った。


 若凪出雲。


 私の小学校からの同級生で元生徒会長。


 おまけに頭脳明晰。


 人望も持ち合わせている。


 一言で言うと完璧な人。


 そして出雲は今、音緒の彼氏。


 そして、、、私の元彼。


 振ったのは出雲の方からだったから、あっちは余計に気まずいんだと思う。


 もう気にしてないよって言えば良いんだろうけど、傷つけられた相手に優しくできるほど、私の心は広くない。



         ◇◆◇



「重たっ、、、」



 呼び出しされたから何かと思えば。


『授業で使う道具を運んでくれ』って、、、。


 クラス委員長に頼めば良いじゃんか。


 なんで私なの。


 しかも篠宮に呼び出させるくらいなら、篠宮で良くない?


 こんな重いものを一人で持たせるなんて鬼畜にも程があるでしょ!


 心の中で先生に文句を言っていると、前から音緒がやってきた。



「瑠夏ちゃん、そんな重そうな荷物どうしたの!?」


「先生にこき使われてる、、、」


「えぇ!それは流石にひどいよ先生、後で抗議しなくちゃ」


「しなくて良いしなくて良い。だったら運ぶの手伝ってよ。腕死んじゃう」


「あ、うん。半分持つね」


「ありがとう」



 そして音緒と二人で運んでいると突然後ろから荷物を奪われた。



「うわっ、重っ」


「暖っ」


「これどこ運ぶん?」


「教室だけど、、、」


「りょーかい」



 そう言うと音緒の分も奪って先さき行ってしまう暖。



「ちょっ、良いって」


「いーの。俺が運びたいだけ」


「、、、ありがとーございまーす」



 魚住暖。


 私の幼馴染で老若男女問わず愛される人気者。


 さりげなく優しくて、人懐っこい性格だから周りに自然と人が集まってくるタイプ。



「あ、じゃあ音緒は出雲のところ行くね」


「あぁ、うん。行ってら」



 さっき話したばっかりじゃなかった?


 話し足りないの?


 ラブラブなご様子で何よりですよ。



「仲島さん、無邪気だな。若凪と瑠夏のこと何も知らないから」


「こーら。音緒は知らないままが一番良いんだからさ」


「瑠夏が辛くないんかなーって思ってさ」


「もー大丈夫だって知ってるでしょーが」



 仲島音緒。


 元気で素直で天真爛漫な妹的存在。


 今音緒は出雲と付き合っていて、私と出雲が過去に付き合っていたことを知らない。


 音緒が知ったらきっと申し訳なさで出雲と別れちゃうだろうから。


 知らなくていい。


 知らないままがいい。


 だって私は、音緒が理由で出雲に振られたから。


         ◇◆◇



「別れてください」



 付き合って約1年半経った頃だった。


 突然告げられた別れに動揺が隠せなかった。


 特に喧嘩したわけでも不穏だったわけでもない。


 理由が見当たらなかった。


 初恋の人で初めての彼氏で。


 ショックがどれほどのものだったか、言葉では表せない。



「、、、理由は?」


「、、、他に、好きな子ができた。その子も、、、俺を好きだって言ってくれてて、、、。その子に真剣に向き合いたい」


「、、、分かった」



 私はただ、オッケーを出す事しかできなかった。


 付き合っていても他に好きな人ができた。


 だったらもう一度私に恋をする可能性は低いわけでしょ、、、?


 自分を思っていない人と付き合ってても苦しいだけ。


 だったら別れるのが最適だって思った。


 苦しいのは私だけでいいんだって。


 それから少しして、出雲と音緒が付き合い始めた。


 出雲と付き合っていることは学校では秘密にしていたから、私の心情に気づく人なんて当然いなくて。


 出雲と仲がいいからって二人の様子を聞かれるときは『私がどんな気持ちかも知らないくせに』っていつも心で毒を吐いていた。


 本当に出雲ことが好きだったから。


 未練タラタラだった私は最初、音緒を憎んだ。


 なんでよく知らない子に昔から一緒にいる私が負けないといけないのって。


 でもある日、、、



「あの、、、稀崎さん、だよね?」


「っ、、、。何」


「い、出雲の好きなものって何があるのかな」


「どうして仲島さんはそんなこと知りたいわけ」


「ら、来月出雲の誕生日でしょ?だからサプライズプレゼント渡したいんだけど。出雲が一番好きなもの、何か知らないから、、、」


「本人に聞けばいいじゃん」


「それだとサプライズにならないからさ。稀崎さん仲良いからよく知ってるかなって」


「だったら何」



 つい棘のある言い方になってしまった。


 自分じゃないみたいに、心が真っ黒で。


 ただ一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


 それなのに、、、



「、、、ね、稀崎さん。今週末一緒に出かけない?」


「はっ?なんで」


「出雲のプレゼントのアドバイスが欲しいのは勿論だけど、稀崎さんとも仲良くなりたいからさ!稀崎さん今週末空いてる?」


「空いてるけど、、、」


「じゃあ決まりっ!日曜日駅前に10時集合ね!」


「はっ?!ちょっ、、、」



 強引に決めて勝手に立ち去るとか。


 意味わかんない。


 何なの。


 調子狂う。


 どうしよう、、、日曜。


 でも、、、約束を断るわけにいかないし、、、。


 でも行ったら行ったで苦しいだけだろうし、、、。



         ◇◆◇


 

 結局来てしまった。


 約束を破れない性格が出てしまった、、、。



「稀崎さんっ!早いね、お待たせ~」


「別に、、、待ってない」


「そう?ありがとう、優しいね!」



 何この子、、、調子狂う、、、。


 この、、、ポジティブバカ、、、。


 それから一緒に買い物をし、仲良くなるのに時間はかからなかった。


 そして、仲島さんの良さを嫌でも知ってしまって。


 出雲が私じゃなくて仲島さんを選ぶ理由を否定する理由がいつしか見つからなくなっていた。


 あまりにも仲島さんがいい子すぎて。


 嫉妬で真っ黒に染まった自分が馬鹿みたいに思えた。



「ねぇ、稀崎さん」


「何?」


「瑠夏ちゃんって呼んでもいいかな?音緒のことも名前で呼んでほしいっ」


「良いけど、、、音緒、、、?」


「うんっ!そっちの方がいいっ、瑠夏ちゃん!」


「そだね」



 いつのまにか音緒に心を許してる自分がいて。


 出雲と音緒のことを応援しようって、心から思った。


 未練を消すのには時間がかかるかもしれないけど、2人の邪魔をしたくないって。


 幸せになってほしいって、そう思った。



         ◇◆◇

 


 最初の頃は辛かったけど、私の気持ちや事情を知っている篠宮と暖が一生懸命支えてくれた。


 不器用だけど、不自然だけど私が余計辛くならないようにあえていつも通り接してくれた篠宮に気づかないうちに惹かれ始めていた。


 篠宮が優しくしてくれるのは友達だからって分かってるけど、それでも嬉しかった。


 篠宮の不器用な優しさが。


 私のことを理解してくれているところが。


 無理に聞こうとしないところが。


 いつも見ていたはずの篠宮の性格が凄く優しく感じて。


 本当に篠宮のことが好きになった。


 心が軽くなっていった。


 教室に戻ると、私に気づいた篠宮が「おかえり」と言うように笑顔で手を挙げた。


 ねぇ、篠宮。


 その無邪気な笑顔に私の心がどれだけ高鳴っているか知ってる?


 私がこんなにも篠宮を好きになってるって、知ってる?



         ◇◆◇



 先生に卒アルの写真を選んでほしいって頼まれてさっき選んできたけど、、、。


 こういうものって先生が選ぶもんじゃないんですかね、普通。


 生徒って当日見るまで楽しみになるのが普通じゃないんですかね。


 私思いっきり中身知っちゃったんですけど。


 本当に先生は人使いが荒すぎる。


 先生に心で文句を言いながら教室に戻ると、教室の窓辺に立って外を見つめる篠宮の姿が。



「篠宮、、、?」



 私の声も篠宮には聞こえていないようで、反応しない。


 胸騒ぎがした。


 篠宮の瞳がどこか遠くの届かないものを見ている気がして。


 切なく瞳が揺れている気がして。


 隣の教室に入り、篠宮が見つめていた方向を見てみた。


 見ない方が良かったのは何となくわかっていた。


 でも、無意識に体が動いていて。


 篠宮が見つめていた先にいたのは、、、音緒だった。


 音緒が誰かを校門で待っている。


 案の定、やってきたのは出雲で、2人仲良く帰っていく。


 2人が見えなくなってから、隣から物音がし、廊下から足音がした。


 見なくても篠宮だってわかった。


 音緒を見ている篠宮は、まるで出雲に未練があった時の私で。


 すぐにわかってしまった。


 篠宮が音緒を見ていた理由が。


 頬に一筋、また一筋と涙が溢れる。



「そっか、、、。音緒が好き、、、なんだ、、、」



 想いの分だけ涙が溢れてきて。


 教室に、私の嗚咽だけが響いた。

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