第49話 日帰り温泉
その後、わたしたちがデコボコした山道を引き返していると、反対側から不安そうな顔をした若いカップルがやって来た。
「すみません、滝ってこっちで合ってますか?」
男性では女子ばかりのグループには声をかけづらいと思ったのだろう、女性のほう尋ねてくる。
「はい、合ってますよ」
「あと五分くらいで着きますから、頑張ってください」
圭夏ちゃんが肯定し、永井先輩が励ますと、カップルは「ありがとうございます」と軽く頭を下げて去っていった。
先程の圭夏ちゃんがそうだったように、このコースを歩く人間は、「本当にこの道で正しいのかな」って疑問を感じることが多いんだろうか。
人間が歩ける道だとは思えない場所も多々あるので、正直、気持ちはわかるけど。
× × ×
それから更に十五分ほど歩いて、わたしたちは国道まで戻り、そのまま松平先生の車に乗った。
「んー、流石に足痛いわ……」
後部座席の右側――わたしの右隣に座った圭夏ちゃんが呻く。
「そうだね……」
パンパンになった自分の太ももを擦りながら、わたしは同意した。
滝を見ている間はそこまでの痛みは感じなかったんだけど、やっぱり、帰り道が上り坂だったせいか、今はだいぶしんどい。
一度通った道だから、所要時間は体感だと行きより短く感じたんだけど。
「せんせー、せっかく箱根まで来たんですし、温泉入ってから帰りませーん?」
運転席の松平先生に聞こえるように、圭夏ちゃんが声を張り上げる。
ちょっと無茶な要求の気もするけど、温泉地まで来たにも関わらず、昨日も一昨日もシャワーしか浴びていないので、本音を言うとわたしも入りたかった。
「そうね……私も疲れたし、日帰り温泉にでも寄って行こうかしら」
意外なことに、圭夏ちゃんの提案にあっさり賛同する松平先生。
わたしとしてはありがたいけど、お金のほうは大丈夫なんだろうか。
合宿の話が持ち上がった時のことを思い出すと、どうしてもそこが気になってしまうわたしだった。
× × ×
松平先生がわたしたちを連れて行ってくれたのは、箱根湯本の細道の奥にある日帰り温泉だった。
「はー、生き返るう……」
その露天風呂に肩まで浸かって、盛大に安堵のため息を漏らす圭夏ちゃん。
「そうだね……」
浴槽内の段差に腰掛けて、わたしは同意した。
ここの露天風呂は森の中にあって、温浴と森林浴を同時に楽しめるせいか、かなりの癒やし効果が感じられる。
圭夏ちゃんの言う通り、まさに「生き返る」って感じだ。
「あれ? 千秋は肩まで浸からないの?」
「わ、わたしは半身浴派だから……」
家でもお父さんが上がった後のお風呂に入る時は、わざと栓を抜いて水位を下げるようにしている。
「ふーん……」
わたしの答えに納得してくれたのか、圭夏ちゃんはそれ以上は何も聞いてこなかった。
ちなみに、先輩たちと先生は髪のお手入れに時間をかけるタイプらしく、まだ洗い場にいる(わたしの髪もそこそこ長いけど、わたしはあまり美意識が高くないので、サッと洗ってこっちに来てしまった)。
それにしても――お風呂に浸かっていると、血行が良くなるせいか、頭の中に色々な考えが浮かんでくるなあと思う。
一昨日見た関所のことだったり、木炭を見て吐いてしまったことだったり、さっきの山歩きのことだったり……。
帰ったらこの合宿で経験したことを元に、台本を少し書き直したほうがいいかもしれない。
単発の映画の場合は、脚本が決定稿になって撮影が始まってしまうと、脚本家は現場のことにはあまり、というかほとんど干渉できないって話だけど、演劇の場合は作家も稽古場に居合わせて、公演開始まで微調整を繰り返すのが普通だって言うし。
(公演……成功させたいなあ)
目を閉じて、温泉の成分と温もり、そして木々の発するフィトンチッドによって身体が内側からほぐれていくのを感じながら、わたしはぼんやりとそう思った。
演劇部を作ろう! ~陰キャで本の虫なわたしが、陽キャのクラスメイトに誘われまして~ うつせみ @semi_sora_
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