第34話 新たな始まり

昼時のハジメ町の大通り.たくさんの人が行きかっている.


メ:「いやぁー,それにしても昨日のケーキは格別だったね.またあのお店いこうよ.」


ト:「まぁ,確かにバイキングにしては丁寧な感じだったな.てか,おれはケーキの味よりもメリーの食べっぷりの方が印象強いぜ.まさか本当に5ホール全て平らげるとは思いもしなかったわ.」


メ:「いやぁ,だっておいしかったから.」


ト:「美味しかったからって・・・,あの量はもう致死量だろ.好きだから食べられるって時限超えてるぜ.なぁ,タコもそう思うだろ.」


タ:「・・・さぁな.」


タコちゃんはトモシビたちにはピクリとも目を向けず,うつむき気味に返事をする.心ここにあらずという感じだ.


ト:(こいつ,ぜんぜん話聞いてねぇな.)


メ:「あっ,あそこに定食屋があるよ.今日のお昼はあそこにしようよ.」


ト:「おう,そうだな.そんじゃぁ


「あっ,風船がっ!」


とそのとき,どこからともなく子供の叫び声が聞こえてきた.


見ると,向かい側で,母親と手をつないだ子供が,空へと上がっていく赤い風船を見上げ,顔をしわくちゃにしている.


どうやら,紐を離してしまったらしい.


ト:「メリー・・・」


トモシビは,咄嗟にメリーの方を振り向く.しかし,そこにさっきまでいたはずの彼女の姿はなかった.


ト:(あれっ,あいつどこに・・・.)


「・・・魔女仮面!参上!!」


急に頭上から聞こえてきた大声に,その場にいた人たちは皆目を向ける.

そこには,屋根の上で,仁王立ちしているメリーがいた.


メリーと言っても,先ほどまでの黒い帽子に黒い衣装姿の彼女ではない.

帽子はなく,石のベネチアンマスクと桜色の浴衣姿の彼女である.


ト:(あいつ,いつの間に・・・.・・・そういえば,昨日のケーキバイキングの後,人助けのシミュレーションするっつってタコとどっか行ってたっけ?その成果ってことなのか?にしても速すぎるだろ.ってか,魔女仮面って何っ?!)


飛翔フライ


メ:「とうっ!」


メリー,いや,魔女仮面は宙に浮かぶと,掛け声とともに,一直線に,空高く上がっていってる風船の下へと向かい,そのまま紐をキャッチ.


ゆっくりと,子供の下へ舞い降りていく.


その姿は,さながら天使のようだ.


メ:「はい,どうぞ.もう離さないようにね.」


「・・・ありがとう.」


さっきまで涙目だった子供は,既に驚きで悲しい気持ちを忘れている.


メ:「フフッ,それじゃ.」


メリーは微笑むと,そのまますぐに,空へと浮かんでいき,どこかへと飛んで行ってしまうのであった.


「・・・」

「ママ,風船さん戻った!」

「えっ,ええ,そうね.よかったわねぇ.それじゃあ行きましょうか.」


にこにこ顔の子どもの声で我に返った母親は,子供にそう告げると,子供の手を握ってそそくさとその場を離れていく.


あっけにとられていた周りの人達も,それにつられ,ぞくぞくと正気を取り戻していく.


「・・・空,飛んでたよなぁ.」「ああ,空飛んでた.」「魔女仮面って言ってたよなぁ.てことは・・・.」


静まり返っていた町は,徐々に騒がしくなっていく.

飛んで行ったメリーを追おうとするものはいない.皆,キツネにつままれたような表情で,ある者は,苦虫をかみつぶしたような顔で話しをしている.

二人を除いて.


ト:「すげぇな.昨日の昼から練習してたのは知ってるけど,誰にも悟られず,あんなスムーズに人助けができるとはな.おまえもすげぇよ.あんな一瞬で服装を変えられるなんて.」


トモシビは興奮気味に早口で脇のタコちゃんに話しかける.しかし,タコちゃんの反応は相変わらずドライだ.


タ:「・・・子どもが叫んだ瞬間に,メリーが私の肩を叩いたんだ.だから,奴に合わせることができた.ただそれだけだ.」


ト:「いやぁ,それでもすげぇよ.俺ならそんな瞬時に反応できそうもないもん.」


タ:「・・・お前と一緒にするな.」


ト:「・・・おまえなぁ.褒めてる時ぐらいその嫌味ったらしい話し方辞めろよ.」


トゲのある青髪の少女に,トモシビは呆れたようにつぶやいた.


メ:「おまたせぇー!待った?」


ト:「おお,メリー.思ったより戻ってくるの早かったな.」


メ:「うん.誰もおってこなかったからすぐに人目のつかないとこに降りることが出来たんだ.よかったぁ.」


タ:「我々のおかげだな.」


メリーが言い終わると同時に,タコちゃんはどこか誇らしげにつぶやく.


メ:「えっ?」


タ:「もう知っているかもしれないが,メルガネの姿に化けた私の同胞主導で,昨日から,山やこの町での行方不明事件の犯人が,魔女ではなく山賊であったという情報を町役所や衛兵たちを通して広めたのだ.お前を追ってくるものがいなかったのは,おそらくその情報がすでに浸透していたためだろう.」


メ:「なるほど,そっか.そういえば,周りの人達の反応も,前に人前で助けた時とずいぶん違うや.」


タ:「一応言っておくが,山賊のせいだと広めたのは,奴隷商にメルガネの失敗を悟らせないためだからな.町での行方不明事件の犯人がメルガネの仕業だったってことは口がさけても話すなよ.」


ト:(あっ,なるほど.そういうことね.)


ト:「おけ.気を付けるよ.」


メ:「あいあいさぁー.・・・さて,それじゃ切り替えて,早速いこっか!定食屋.」


ト:「おう.」


タ:「ふん.」


こうして,メリー達は,定食屋へと足を運ぶのであった.







─────────────────────────────────────







─4日後


パカラッパカラッパカラッパカラッ・・・


二頭の馬が引く馬車の中,少し硬めのソファーの上で,メリーは安心しきった様子で寝息を立て,上半身を傾けている.


さっきまで,楽しみすぎて夜も全然眠れなかったと言っていた.おそらくその反動が来たのだろう.


トモシビの隣にいるタコちゃんも,腕を組み,目をつぶってうつむいている.さっきから一言も発していないため,おそらく彼女?も眠っているのだろう.


ト:(寝てても青髪少女姿のままなんだな.)


そんなことを思いながら彼女らの顔を一瞥した後,トモシビは,すぐ右の窓から外の景色を見つめる.


外には草原がどこまでも広がっており,遠くではヤギらしき動物の群れが,葉っぱをむしゃむしゃ食べている.


のどかな景色だ.


トモシビは,鼻から深く息を吐く.


・・・フワッ


嗅いだ憶えのある香り.これは,磯の香りだ.


ト:「この匂い・・・.もしかして・・・.」


ガラガラガラッ.


トモシビは,窓を上にゆっくり開き,少し外に顔を出す.そして,風に吹かれ,目を細めながらも,進行方向の先にあるそれの姿を見た.


ト:「・・・やっぱりな.メリー,起きろ!」


メ:「ん?・・・んん.」


ト:「おいメリー!」


メ:「んえっ?!どうしたの?」


寝ぼけ眼のメリー.トモシビはそんな彼女にニヤリとしながら,クイッと手の動作で窓の外を見るように促した.


ト:「もうそろそろだぞ.」


はじめ,きょとんとしていたメリー.すぐさま彼と言わんとしていることに気が付き,ガラガラガラッ!っと上に開け,勢いよく外に身を乗り出す.


ヒュー―――


メ:「おおっと.」


ト:「おいっ!あぶねぇなぁ,気を付けろよ.」


身を乗り出しすぎて,バランスを崩し掛け,一瞬ヒヤヒヤしたメリーだったが,すぐに視線の先のそれを見て,心の中が真っ白になった.


メ:「あれが・・・」


風に髪をなびかせながら,メリーは自らの目に映ったそれに釘付けになり,感嘆の息を漏らす.


その目に映っていたのは,麓に見える小さな町.そして,その先に広がる広大な青.


タ:「・・・ようやく,着くみたいだな.」


ト:「おおっ,お前,起きてたのか.」


タ:「当然だ.」


ト:「当然なのか.」


メリーに,二人の声は聞こえていない.耳を通り過ぎる風の音も聞こえない.メリーの中にあるのは,呼吸を忘れさせるほどの,未知への好奇心だけだ.


メ:「あれが・・・海.あれが・・・クライル.」


パカラパカラパカラッ


少し雲のかかった爽やかな青空の下,三人を運ぶ馬車は,止まることなく港町へと向かっていくのだった.

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魔女のメリーは旅をする。 トリニク @tori29daisuki

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