第33話 暗雲と晴天

ボォオオオオオオオオオオオーーーー・・・・




パカラッ,パカラッ,パカラッ・・・




モクモクと上がる煙.周囲には焼け焦げた匂いが充満している.




倒れた荷車は激しく燃え,手綱の切れた二頭の馬が,息を荒げて一目散に逃げていく.




そんな中,頭から血を流し,砂利の上にうつ伏せになっていた一人の兵士が,わなわなと力を振り絞って面を上げ,目の先にいる黒髪の少女を睨み付ける.




その顔は,怒りに満ち溢れていた.




「魔女め.・・・魔女,どもめ・・・!!・・・許さない.貴様らは絶対に,許さな/




ザシュッ・・・ゴトッ




言い終わらないうちに,兵士の首がゴロンと落ちる.




切れ味の良い刀で一刀両断されたかのような綺麗な切り口から,大量の赤黒い液体が噴出し,地面を生臭く濡らしていく.




「・・・はぁ.」




その様子を見て,少女はつまらなそうにため息をついた.




「「ギぃやぁああああああーーーーーーーーーーっ!!!!」」




耳をつんざくような悲鳴.


声のする方を見ると,これまた地面に突っ伏していた三人の兵士が激しく燃えており,その様子を赤髪の少女がうっとりとした表情で側でしゃがんで見つめていた.


三人のうち二人だけが,顔を悲痛にゆがませながら,苦しそうにのたうち回っている.一瞬,どうして立ち上がらないんだろうと疑問に思ったが,どうやら足が欠損しているらしい.




(またやってるよ・・・.)




黒髪の少女は,二度目のため息をついた.




「「ガああああああああああああああああっ,ぐぁああああっ/




スパンッ




炎に包まれていた二人の兵士の首が落ちる.




「あっ.」




「何が,『あっ』よ.ブランドー.呑気に遊んでる暇なんてないでしょ.ただでさえ煙で目立つんだから,さっさとこの場を去らないと.」




ブ:「えーー.ちょっとくらいいいじゃんクール.せっかく面白かったのに.鉄板の上で海老が踊ってるみたいで・・・.」




赤髪の少女ーブランド―は立ち上がりながら,近づいてくる黒髪の少女ークールに向かって不平を言った.




ク:「よくない.はじめて大きな任務を任されたのよ.ママ達の期待を裏切らないためにも,私たちは慎重に行動しなきゃいけないの.」




クールは静かにブランド―を諭す.




ブ:「それはそうだけどぉー,じゃあ何で乗ってくれたのさ.憲兵隊襲うの.」




ク:「楽勝そうで,時間もかからなさそうだったからよ.あなたも知ってるでしょ.憲兵隊にはランクがある.甲・乙・丙・丁.こいつらは肩の青い腕章から下から二番目の丙のランクだってわかった.だから乗ったのよ.さっ,分かったらさっさと行くわよ.私たちにはクライルに着いてからもやることがあるんだから.」




ブ:「・・・はぁー,しょうがないなぁ.」




ブランド―はしぶしぶ了承し,クールの後について歩いていく.




煙はまだ,背後でモクモクと立ち込めている.




ク:「・・・あと,もう一度言うけど,『ゲット・ザ・トレジャー』には憲兵隊最高ランクの『王の剣おうのつるぎ』が参加する可能性もある.私たちの任務はあくまで魔道具を手に入れること.もし『王の剣』と出くわしたら戦闘せずに逃げるからね.分かった?」




ブ:「はいはい.・・・丙がこの程度なら,普通に勝てそうな気もするけどなぁ.」




ク:「はぁ・・・.ママに油断するなって口を酸っぱくして言われてるでしょ.今のわたし達じゃ絶対に勝てないとも・・・.今回の任務では私がリーダーなんだから私の指示に従ってよね.」




ブ:「はいはい分かりましたよ.・・・はぁ,早く着かないかなぁ.クライル.」




暗雲立ち込める空の下,焦げた木と肉の匂いを背に,二人ははるか遠くの港町へと足を進めていくのであった.












─────────────────────────────












メ:「本が,本が・・・」


メ:「本が私を,離してくれない――――――――・・・!!!」




ここは,ハジメ町の図書館.白塗りされたレンガでできた,静かな雰囲気の場所である.もともと独立国家だったこともあり,三階建てでかなり広い.




そんな場所の机の一つで,メリーは広げた本の束にしがみつきながら,駄々をこねていた.




ト:「もう一時だぜ?さっさと昼飯食いに行こうぜ.それに,午後からは人助けのパトロール兼町の観光をするんじゃなかったのかよ.」




トモシビは机に片手をつき,呆れながらメリーを諭す.




メ:「だって,だって,こんなに面白い本がいっぱいあるんだよ?「雪国」や「魔の森」,「ドラグナイト家」・・・.こんなに面白くて不思議なものが現実に存在しているなんて知らんかったんだもの.それにわたし,「トマ・ホークの冒険」を村で読んだことあるんだけど,それに続編があることも知らなかった.こんなに興味をそそられて全部読まずに離れられるわけないじゃん.この機会を逃したら,いつ読めるか分からないんだよぉ?」




涙目,上目づかいで訴えるメリー.




ト:「まぁ,気持ちは分かるがなぁ・・・.」




ハジメ町の図書館は一般の人が立ち入ることは許可されていない.本は高価な物であり,その保全のため,町役所に許可されたもの以外は使用することが許されていないのだ.




現在メリー達は,『ゲット・ザ・トレジャー』に参加するにあたって,情報収集に何かと便利だろうということで,マルガオ伯爵に変装しているミラの取り計らいで,図書館に出入りできるようになっている.




ト:(まさか,食いしん坊のメリーが,三度の飯よりも本を読むことが好きだったなんてな.)




トモシビは頭の後ろをかきつつ,小さくため息をする.




ト:「・・・メリー,俺の考えを言うぞ.俺はお前がしたいことをすればいいと思ってるし,それを応援するつもりだ.だから,もし今小説や本を読むことが今後のお前自身のためになるって思うんなら,読書を続ければいい.だが,俺個人の意見としては,パトロールして人助けをする方が,お前のためになると思うぜ.」




メ:「うぐぐ・・・.」




トモシビの言葉ほんねに,メリーは苦しそうな顔をする.




メ:「・・・はぁ,分かったよトモシビ.今日の本読みはやめるよ.」




ト:「そうか.なら,よかった.本の片づけは手伝うぜ.」




メ:「うん.ありがと.・・・あれ,タコちゃんは?」




ト:「ああ,あいつなら,一足先に外で待ってる.」












────────────────────────────────














「・・・憲兵隊員と連絡が取れなくなった?」




図書館の庭に植えられた大樹の木陰.スラ8号は腕を組み,その木にもたれながら,通話をしていた.




通話,といってももちろんこの世界に電話は存在しない.ただ,スラ8号,と言うよりも一部のスライムは分裂した自身の身体に命令を送ることができる.その能力を応用して,スラ8号の一部を所有している人と遠隔通話することができるのだ.人呼んでスラ通話である.(*スラ通話では,スライムは喋らずとも思念を送り通話できるが,人は喋らなければ通話できない.)




ハ:「はい,さきほど,王都への物資を運ぶ商人の護衛をしていた憲兵隊員と連絡がとれなくなったようです.ランク丙とは言え,そこら辺の魔物や盗賊には後れを取らない実力は持っていたはずっす.通話用スライムも携帯していたはずっすから,何か問題があったらすぐに連絡できる環境にもあったはず.」




ハクチョウは屋根の上で人の目に着かないように意識しながら,左耳に手を当て,通話をしている.




タ:「・・・つまり,魔女に襲われた可能性が有ると.」




スラ8号の語気が強くなり,目つきも鋭くなる.




ハ:「それはまだはっきりとはわかっていないっす.災害に巻き込まれたり,Sランクの魔物に襲われたって線もありますからね.ただ,一番可能性が高いのはやはり魔女による襲撃でしょうね.彼女らの動きも最近活発になってきていますから.」




ハクチョウは,あくまで淡々と対応していく.




タ:「・・・私に連絡してきたのは,メリー達への警戒を強めさせるためですか?」




ハ:「いえ,君も知っての通り,僕の魔道具─真実の石エウアンゲリオンは相手の嘘を見抜く能力を持っています.」




ハクチョウは,ペンダントの白い石─真実の石を片手で握りながら話を続ける.




ハ:「少なくともメリーさん達は嘘をついていない.一昨日の話からしても,恐らく彼女らとは無関係なんだと思います.君に連絡したのは,あくまで他の魔女が周りにいないかより一層警戒してもらうためっす.『ゲット・ザ・トレジャー』に魔女が参加してくる可能性も十分ありますから,警戒は怠らないようにしてください.定期連絡以外でも,もし何か不審なことがあればすぐに連絡してくださいっす.」




タ:「御意.・・・メリー達が来ました通話を切ります.」






──ぷつっ






図書館の玄関できょろきょろとあたりを見回していたメリーは,木の下にいるタコちゃんに気が付くとすかさず駆け寄ってくる.




メ:「やっと見つけたよぉ,タコちゃん.外出てもすぐ見当たらなかったからびっくりしたよ.」




メリーに続いて,トモシビも歩いてくる.




タ:「・・・すまんな,日陰に居たかったんだ.」




ト:(へぇー,こいつも謝るんだな.)




想像とは違う態度をとったタコちゃんに内心驚くトモシビ.




メ:「ふーん,そうなんだ.・・・よし,それじゃいこっか.ご飯食べに!」




こうして,晴れた空の下,メリー達はご飯を食べに出かけるのだった.

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