第七羽໒꒱ 僕らを抱卵する、虚空の翼


 繋いだ手を、決して離してはいけない。駆ける留鶉ルジュンが右手で繋ぎたかったのは、ぼくが繋ぎたかった鏡鶉ミシュンの左手だとしても。茶斑の巨大な左翼が肌をくすぐる度に、亡き彼女の面影を錯覚させる。黄茶色のふわふわボブと冠羽、黄色矢絣やがすりの着物に掛かる白練色のエプロンを乱した留鶉ルジュンは、僕へ振り向く。黄水晶シトリンの瞳の鋭さに幻想を解かれてドキリとした。


「一手は打たれ続けているわね。鷹子ヨウコが〖ようくまたか〗側を防いでくれていても、留鶉わたし達は〖ようつる〗に警戒すべきだわ」


✼••┈☖7四鵬┈••✼


弓鶴ユヅルが先陣として、道を切り開いているんだね。鵬飛ユキトは【陰ノ天守閣】へいでまで、『鵬飛ユキトを憎んでいる僕』に会いたいのかな」


✼••┈☗5二王禽おおとり┈••✼


 睫毛を伏せた僕の『嘘』は、鵬飛ユキトを憎む留鶉ルジュンにも明かしていない。大切な人の生命いのちを選ぶ為の『嘘』と対峙した時……僕が天秤に掛けて、放ってしまった生命いのちの重さが締め付ける。誉鷹シゲタカは……亡き鶴麻タヅマは……僕が軽んじていい『駒』なんかじゃなかったのに。


 ぼぅっと駆けていた僕は、立ち止まった留鶉ルジュンにぶつかってしまうところだった! 彼女は、金碧山水きんぺきさんすいが描かれた襖を開く。


 板床いたどこを踏み、見上げれば金銀瑠璃こんごんるりの天井画。赤漆せきしつ塗りの格縁ごうぶち基盤目状ごばんめじょうに組まれ、金泥きんでい塗りのマス内には丸皿のような、とり達の極彩色画。ここは渡り廊下で繋がる、『北のやぐら塔』の最上階だった。


 留鶉ルジュンが睨む先に、凍えた美貌の白鶴の男が立つ。緋色の和弓わきゅうを手にし、納戸色ターコイズ武官束帯ぶかんそくたいを纏う。巻纓冠けんえいかんと共に、討ち入りの猶予いざよいは捨てたか。晒すままの白銀の長髪と、鶴翼。第三の翼のように、背負う平胡簶ひらやなぐいから白羽の矢が扇形に垣間見えた。両頬に三本緋の刺青がある弓鶴ユヅルは、柘榴ガーネットの狐目の鋭光えいこうで僕を捉える。

  

✼••┈☖6二鶴┈••✼


「貴方のに応える為にせ参じました、ヌエ


厭悪えんおを魅せてよ、弓鶴ユヅル誉鷹シゲタカ鶴麻タヅマを差し向けたぼくめいのせいで、君の鶴麻あには討ち取られた。君が信奉する空まで、喰われたくないだろ」


 薄く嗤う僕が煽れば、覇気を纏った弓鶴ユヅル通りに輝くやじりを向ける。


 ――化け物ぼくが暗雲で空を喰らい尽くし、〖陽ノ駒〗が……鵬飛ユキトは死にく空を制することが出来る。空から鵬美トモミを取り戻し、生きるのは鵬飛ユキトでなくてはならない。

 

「これ以上、あなた弓鶴わたしを奪わせてなるものか!」


 咆哮と共に放たれた白矢は、留鶉ルジュンが左翼で巻き起こした白鎌風で弾き返される! 寸前で彼女の右手を離そうとしたのに、留鶉ルジュンは繋ぎ返していた!

 

ヌエは殺させない! 鏡鶉ミシュンの轟速に負けたくせに、弓鶴あなた留鶉わたしに勝てるとでも? 」


 白鎌風で頬をあかく切り裂かれたのに、弓鶴ユヅルは薄い唇に冷たい弧を描く。


「ええ。ですから、やぐら塔の古き構造を手中にさせて頂きました。留鶉あなたの轟速飛翔ごと、奈落の鳥籠にとらえます! 」


 板床いたどこし、ゾッとする浮遊感が僕らを呑み込む! 六角形に囲む赤漆塗りの高欄こうらん達が鉄壁の階層を分ける、底知れぬ奈落へ墜ちていく! 丸格子に換わった頭上、白銀の髪靡かせる弓鶴ユヅルと金天井画が妖しく見下ろす。

 

 奇妙に軋んだ音がした。高欄の擬宝珠ぎぼしゅの先端が、飛翔しようとする僕らを狙い絡繰からくり仕掛けが露わにしたのは、千本矢の包囲網!


 

攻【いん左鶉ひだりうずら】•┈☗6二左鶉┈•〖ようつる〗防


 千本矢が放たれる刹那。留鶉ルジュンと目配せし、頷く。僕らは繋ぐ手を引き寄せ、独楽コマのように高速右回転飛翔した!留鶉ルジュンの巨大な左翼を主力に巻き起こす塵旋風じんせんぷうで、千本矢を奈落へと落下させたのもつかの間。頭上から留鶉ルジュンへと放たれた飛星ひせいに、戦慄が走る! 虎翼輝かせた僕は、白矢を黄金のいかづちで焼尽し頭上を睨んだ!


「やめろ、弓鶴ユヅル留鶉ルジュンは関係ないだろ! 」


「なら、あなたが彼女を説得したらどうです? 守護を放棄しろ、と」

  

「嫌よ! ヌエ弓鶴あんたなんかに渡さない! 」


 僕を黄水晶シトリンの瞳で真っ直ぐに捉えた留鶉ルジュンに、鼓動が打たれる。言うべき言葉が告げられない。震える唇で、留鶉ルジュンが清らかにわらうから。


弓鶴ユヅルを不自然に煽るから、ようやく分かった。ヌエは……鏡鶉ミシュンみたいに、死のうとしてるのね。私みたいに鵬飛あのおとこを恨んでるなんて、嘘」


「違う……」


「分かるよ。ヌエが、本当はどうやって笑うかくらい。世話役として、見てたもの」


 また軋んだ音がして、ハッとする。擬宝珠の先端に、第二の『千本矢』は装填された。


「あの雷雨の夜。捻れた【鵺】の面を外し、夜に濡れるヌエの白磁のかんばせと、『空虚』を映す黒曜石の虎眼まなこを初めて目にした時……留鶉わたしは貴方を綺麗だと思ってしまった。【陰ノ城】に舞い降りた貴方は、鏡鶉ミシュンの最期を告げた使だったのに」


 襲い来る千本矢!回転飛翔と雷で焼尽する最中……あの雷雨に濡れる僕を呆然と見つめていた留鶉ルジュンの姿が、微笑する『今』の留鶉ルジュンに重なる。


ヌエが、留鶉わたしに『鏡鶉ミシュン』を見て惑う度……辛くて、嬉しかった。鏡鶉ミシュンの香りはまだ生きていて、私はヌエの心髄に触れられるんだと分かったから」


 矢風が僕の右腕を掠めた! 頭上から到来する飛星群に雷を返すも、丸格子は破壊出来ず。回転する視界では弓鶴ユヅルを上手く捉えられない!

 

留鶉あなたは、鏡鶉ミシュンには成れません。弓鶴わたしが、自由に飛べる鶴麻にいさんに成れなかったように。猿真似など、自己価値を貶めるだけだ!」


「でも、憧れてしまう! 渡りうずらの群れから弾かれて泣いたわたしを、守り続けてくれたミシュンに成りたいって! 鏡鶉ミシュンを殺した 鵬飛あのおとこを、留鶉わたしは絶対にゆるさない! 」


 白矢が放たれる拍子リズムも、放つ雷もズレて、息を呑む。僕らの回転飛翔軌道を、狙って放たれた白矢が迫る……!

 

「だけど酷いよ、もう留鶉わたしは……鏡鶉ミシュンだけを選べない。 鵬飛あのおとこを殺せば、ヌエは泣くんでしょ? 」


 答える前に、千本矢止んだ。繋いでいた留鶉ルジュンの右手が緩み、スッと全身が凍えた瞬間! ぼくは高欄へ突き飛ばされていた!


「手を離しちゃ駄目だ、留鶉ルジュンっ!! 」


「私に『鏡鶉ミシュン』を見てていいから、生きて留鶉わたしを見つめてよ、ヌエ!! 貴方は鏡鶉ミシュンが生きた証なの!! 」


 白矢群を仰ぐ留鶉ルジュンは、天使の薄明光線エンジェル・ラダーを浴びるように、小さな唇から吐息を零す。清貧のタブリエは白く浮かぶ。絹糸の睫毛を透かし、黄水晶シトリンの瞳に架かる一光いっこうは、使の清らかな祈り。

 

 ――留鶉ルジュンあかく穢してなるものか! 今度は僕が


  歯を食い縛り、金雷を纏おう! 古き高欄を蹴れば、左胸の天鼓が強く叩く! 信じる道に転回レボリューションした僕は、使へと手を伸ばしていた! 

 

負【いん左鶉ひだりうずら】•┈☗6一左鶉┈•〖ようつる〗勝

•┈敗北者:【いん左鶉ひだりうずら】、『一手無効』┈• 


 

 白矢群は燃え墜ちた。腕の中の確かな重さと柔い香に、いだく心地良さと戦慄を知る。暖かな糸光しこうの左翼付根を貫いた、たったが憎い。毒のような悔恨が染みる僕は、小さな声で痛みに耐える留鶉ルジュン を縋るように翼で包み込んでいた。

  

留鶉ルジュンは、他の誰でも無い一人のとりだ! もう僕は、誰の命も天秤に掛けたくないよ……」


ヌエの命も、天秤に掛けないで欲しいの」


 僕の頬へ触れた留鶉ルジュンの掌に、伝う涙を自覚する。黄水晶シトリンの瞳の一光いっこうを裏切りたく無いのに、微笑出来ない僕は『最後の選択』に惑う。

 

「今、案じるべきは僕じゃなくて、留鶉ルジュンの方だよ。この戦禍が無ければ……誰も傷つかずに済んだのかな」

 

 ――頭上の『彼』は、僕が求める答えを知っているだろうか。

  

 

✼••┈☖7三鵬┈••✼

 

攻【いん王禽おおとり】•┈☗6二王禽┈•〖ようつる〗防


 第三の『千本矢』の装填音がした。僕はいだ留鶉ルジュンと共に、禽籠とりかごの内から弓鶴ユヅルを見上げる。涙に甘んじるつもりは無い。


「ねぇ、弓鶴ユヅル。君は何の為に戦うの? 」 


 くらい丸格子が隔てる天井。金の後光を背負う弓鶴ユヅルは白銀の史上者の如く、柘榴石ガーネットの狐目を赫赫かくかくと細めた。


「ただ『空』の為に。弓鶴わたしは、あなたの審判を果たすべくせいを受けたのですから」


 四方から放たれた矢風に、慈悲は無し。留鶉ルジュンが飛べない以上、回転飛翔はもう出来ない。


「空を喰らうとも知れぬ、【バケモノ】を殺せるように? つまらない人生だね」


 金のいかづちを纏った僕は飛翔の高度を落とし、飛んだ。眼上を過ぎゆく飛星を皮肉に嗤い、虎翼を翻す。


「ええ、とても。弓鶴わたしは『次期長の座』を建前にされた、無きモノを恐れる『袖黒鶴ソデグロヅルの一族』の生贄です。白羽の矢が立ったのは、空を切り取った丸窓を見上げる幼い私自身でした。


( 自由を滅し、空への冀求ききゅうと己の内の『空虚』を同化させる事で、【鵺】の真価を見抜き、射抜く )


自らをからにする修行の中、守るべき空は己の鏡だと知りました。内に虚しさが有れば、青は映す。空鏡の向こう……病にすら縛られず蒼穹へ飛翔する、鶴麻にいさんに『自由』を重ねていました」


 僕は高欄と高欄の間へ飛び、斜め上の『次の間』を目指して蹴る! 疾雷しつらい風、ジグザグ飛翔と名付けようか。 

  

「病者と生贄。兄と弟。逆だったとしても、弓鶴わたしの心の有り体は変わらなかったでしょう。丸窓を破壊してくれたにいさんを、つまらない誇りプライドで欺き、手を振り解いたのだから。救済チャンスは一度だけだったのに……『お綺麗なヤツは、理解出来ねェ』と告げさせた」


 口調まで再現出来るくらい、白矢を放った弓鶴ユヅル鶴麻タヅマが好きだったのか。『間』を蹴り、金天井を目指す僕は不覚にもクスリと笑ってしまった。雷速テンポを上げる金の軌跡を追えない白矢は、僕に刺さらず!


「高潔な弓鶴ユヅルは、もっと素直に甘えれば良かったんだ。ぼくみたいにね! 君の鶴麻ヒーローには成れないけれど……」

 

 吹き抜ける風へ――――

 

 ―――― 参、弐、壱。

 

「君が縋れるのが化け物ぼくだけなら答えてあげる。君を孤独にしたのは、化け物ぼくでもあるから」

 

 ゼロが見えた! 弾ける雷轟で丸格子の止め金を喰い破り、 金天井盤に極彩色画で飛翔する禽駒とりごま達へ再会に吼えろ! 使を抱く愉悦を、両翼で誇れ! 眼下で呆然とする弓鶴ユヅルに、禽籠とりかごから解放された『自由』を魅せてやれ!

 

禽籠とりかごを破壊して欲しいと願っていたのは、弓鶴ユヅル自身だろ! 君は化け物ぼくを殺せない! 君の『自由』は滅してなんかないからだ! 自分の真価を、ぼくに映してみろよっ!! 」

 

 僕が金の雷を放ち、緋色の和弓を焼尽する中。ほむらに、三本緋の頬を煌々と照らされながらも……弓鶴ユヅルは焼けつく手で冷静に射った。


ヌエっ!!! 」


 留鶉ルジュンの悲鳴の中……燃える白矢が、驚愕する僕の胸を


あなたは……空を喰らう化け物では無かったのですね」


 弓鶴ユヅル柘榴石ガーネットの狐目が、雛禽ひなどりのように見開かれる。一瞬、僕の翼が薄青に透けた気がした。

  

勝【いん王禽おおとり】•┈☗6二王禽┈•〖ようつる〗負

┈敗北者:〖ようつる〗、二者択一後『裏切り』┈



ヌエ、何ともないのっ!? 」


「うん……? ふふっ、やめてよ留鶉ルジュン

 

 焦る留鶉ルジュンがぺたぺたと僕の胸に触るのが擽ったいだけで、怪我なんて無かった。僕の懐に有った【鵺】の面が滑り落ち、カランと割れて納得する。

 

弓鶴わたしあなたを白矢で貫いたのに……貴方は、自身のまことを感じないのですか? 」


「何を言っているの? 白矢で貫かれていないから、ぼく弓鶴きみの前に居るんだろ」


 弓鶴ユヅルが白矢で射抜いた【鵺】の面は、が残るのみで瓦落多ガラクタ同然。燃えた白矢は奈落に墜ちたのか? そういえば、白矢が掠めたはずの右腕も痛くない。


弓鶴わたしは、確かにあなたを射抜きました。何れにしろ、私はあなたを殺せません。同じ呼び名の面を被っていただけの貴方は、暗雲の【ヌエ】では無かったのですから」

 

 僕に忠誠を誓うかのように片膝をついた弓鶴ユヅルに、小首を傾げた時……爽やかな衝動が突き抜ける感覚があった。高鳴る鼓動に留鶉ルジュンを下ろせば、不安そうな黄水晶シトリンの瞳の瞬き。僕の腕を離せない彼女に、微笑を返す。

 

「待ってて、留鶉ルジュンには応えなきゃいけない定めルールだけど……これだけは言える。。そうでしょ、弓鶴ユヅル


「その問いには弓鶴わたしよりも、鵬飛ユキト様が答えるに相応しい」


「……待ってるから、ヌエ


 黄水晶シトリンの瞳を潤ませ、右手を離した留鶉ルジュンに頷く。僕を呼ぶ衝動に翼を広げた。


 【陰ノ城】から飛び立てば、空を喰らうはずだった【ヌエ】の暗雲は、黎明の白金を透かす薄縹うすはなだ色の鵬雲ほううんに化した。嘘つきの僕の死で、鵬飛ユキトに死んだ空を明け渡す計画は失敗だ。留鶉ルジュンに縋られたら、未練たらたらで死ねないし……そもそも僕は矢が効かないみたいだし。


 【ヌエ】の面を射抜かれた僕は、弓鶴ユヅルに導かれた自分の真価を『彼』に問わなくてはならない。まだ未知は、僕らを見捨てていないはずだ。

 

  

✼攻〖ようほう〗•┈☖6二鵬┈•【いん王禽おおとり】防✼ 


 どこに居たって、僕は鵬飛ユキトを見つけられる。淡い曇天の黎明に蒸着水晶アクアオーラの翼を広げ、西洋の肩鎧に武道袴纏う姿に安堵してしまう。濃藍のウルフカットの髪が靡けば、群青に艷めく。垣間見えた額から、曹灰長石ラブラドライト煌めきシラーを放った。白檀の香と体温に抱きつきたい衝動を、雛禽ひなどりの刷り込みのせいにした。  


鵬飛ユキトを恨む『嘘』は意味が無くなっちゃった。鵬飛ユキトに死にく空を明け渡して、皆を救える程……名誉ある死に方は出来ないらしいね。鏡鶉ミシュンに、空っぽな僕を守らせてしまった後悔に生きるしかない」


 彩雲さいうん睡鳳眼すいほうがんに、泣きわらいする僕が澄浄クリアに映る。鵬飛ユキトも、辛い泣き虫がお揃いじゃないか。


鵬飛わたし鏡鶉ミシュンも、ヌエの死など望まない。鏡鶉ミシュンの『死』に根底を揺さぶられ、自らの死でヌエ鵬美 トモミを選ぼうとしていた。……にたどり着くまでは、ヌエと同じ考えだった」


 鵬飛ユキトは、僕と鵬美 トモミを同じくらい大切に想ってくれていたのか。擽ったいくらいに嬉しいのに、命を懸けた選択をさせてしまう所だったことが辛い。留鶉ルジュン鏡鶉ミシュンも……こんな気持ちだったんだ。


「あれから、考えていた。鵬美トモミは、空に消えたのか」

 

「答えは出た? 」


「北の海に住まう幼魚の『こん』が、成鳥の『ほう』に成る時……海から発生する上昇気流から生じた竜巻に巻き上げられ、一度積乱雲に成るのだ。水に成るなど、生涯一度きりだったはずだが……『ほう』として空に消えた鵬美トモミは、まるでだ」


 飛翔は上昇、墜落は下降。上昇は、海水が『こん』に、雲に成り『ほう』に成る。下降は、『ほう』から雲に成った雨粒が、海に墜ちるよう。……海水に成った鵬美トモミは、『こん』に成った?

 

「孵化したての頃は覚えていたのに、どうして忘れていたんだろう……鵬美トモミ! 卵の内に居たはずの僕が、卵殻の外の鵬美トモミが墜ちたと追憶出来る理由があるはず」


 鵬美トモミを知っている気がした。

  

「もっと早く分かっていれば……僕が決断していれば……鵬飛ユキトも、鏡鶉ミシュンも戦わずに済んだ……。 その剣で、死なない僕の正体を教えてよ! 感ずいてるんだろ、鵬飛ユキト!」


ヌエが望むなら……正体を暴こう」


 覚悟を決めた鵬飛ユキトは、彩雲さいうん睡鳳眼すいほうがん鋭光えいこうを宿す。顕現された両手剣ツヴァイハンダーは、覇を纏う銀閃と成り、息を吐く僕を突き抜けた!

  

 あぁ、戦禍が終わる。これは初めから、大好きな鵬飛ユキトを殺せない僕の負け戦だったんだ。 


✼勝〖ようほう〗•┈☖6二鵬┈•【いん王禽おおとり】負✼

   •┈敗北者:【いん王禽おおとり】、『  』┈•

 

 《【いん王禽おおとり】⇒☾鵼白くうはく☽へ成り上がり》 


 

 ようやく分かった。貫かれたはずの心臓は、眠る鵬美 トモミの『空想』で鼓動している。鵬美 トモミが死ななければ、僕は死なない。鵬美 トモミが生きている証は、僕自身か。 両手剣ツヴァイハンダーを引き抜かれても、☾鵼白くうはく☽の僕は


「卵の内の『空虚』でもあるぼくの身体は、盤上の☾鵼白くうはく☽でも透明じゃないんだね。卵の外の『虚空』の僕を誰かが見上げれば、翼が『空』色に染まる。空の意思ぼくを制した 鵬飛ユキトは、眼前の

 ☾空将棋盤からしょうぎばん☽に何を願うの? 」


「戦禍を終わらすべく、の意志をい、『空想』で☾ヌエ☽を創造した鵬美トモミの元へ、共に行こう。雨粒として墜ちたはずの鵬美トモミは、きっと海に居る」


 笑みを交わした僕らの願いは、もうすぐ叶う。互いの肩を抱いた僕らは、額の『王の証』を合わせた。僕の琥珀アンバー鵬飛ユキト曹灰長石ラブラドライト煌めきシラーを放てば、身体が

 

   ――――僕らは、水に成った。

 

 鵬雲に解ける中……ぼく郷愁ノスタルジックな記憶が蘇る。


 柳色、若草色の葉はゆらゆら。

 枯茶色の岩は動かない。

 海碧色が水光にきらきら。

 

 僕はの大地と海を見上げている事に気づく。水平弧の七色の翼で飛翔し、東空の日没ビーナスベルトの長い髪を靡かせるとりも。橄欖石ペリドット杏眼あんがんと目が合った。

 

『貴方は、きっと自分の色を知らない。素敵な青色をしているのに』


『貴方がわたし達を理解してくれたら……戦禍を止めることが出来るでしょうか』


『答えてくれないならいっそ、海に繋がる貴方が居なくなってしまえばいいのに。生命は翼に換えられない』


 勝手に褒めたり、貶したり。酷い話だ。ぼくの元へ訪れる彼女に一言文句を言ってやろうと、青い『虚空』を蹴った瞬間……天地が反転する。青白磁色の『空虚』の卵に閉じ込められて墜ちれば、驚愕する鵬美トモミに受け止められていた。これは、罠だったのか!?


『まさか……ほうの祖先のように、私がした卵でしょうか……? いつか、貴方が空に禽駒わたしたちの意志を伝えてくれたらいいのに』

 

 どうやら微笑む鵬美トモミは、僕が『空』そのものだとは気づいていないらしい。悪戯心に笑おうとし……まだ喋れない事に気づく。不便な内側の『空虚』の卵だな。幸い、まだ『虚空』の外側の視点から、ぼくに語りかける鵬美トモミを見下ろす事が出来た。鏡鶉ミシュンに卵として抱卵されれば、暖かくてだんだん眠くなり……自分が誰だったのか、思い出しにくくなって来たけれど。


 だが、ある日……手紙を書き終えた後に、鵬美トモミは気づいてしまう。鷹子ヨウコを残し、【陰ノ天守閣】を飛び去った。ぼくの元へ。

 

あなたが、ヌエだったのですね。青白磁のあなたは【鵺】でも無かった。私は、ヌエを殺せません。雛として生まれ、自分の色を見上げる貴方を想像したら……愛おしいと思ってしまったから』 


 橄欖石ペリドット杏眼あんがんの目尻を赤く染め、漣漣れんれんと涙する鵬美トモミを哀れに思えば、雲に解けて墜ちていった。

 

 ――海に墜ちる、今の雨粒ぼくらのように。


 透明を削る、薙いだ海碧コバルトブルーに飛び込んだ。太陽光線が差し込む、水中の孔雀青ターコイズブルー静謐せいひつさに沈みゆく。編レースのような光の水面模様が、海底に踊れば……忘却からの目覚めを促す。碧の硝子柩に、東空の日没ビーナスベルトの人魚が眠っていた。


 薄紅梅うすこうばい色に輝く、淡紅藤あわべにふじ色の揺蕩う長い髪。三つ編みにした前髪から見える額には、紅電気石ルベライト。勿忘草色の月虹を、白夜月に封じた月長石ムーンストーンの鱗と尾鰭おびれ

 

 透ける睫毛が震え、橄欖石ペリドット杏眼あんがん燦爛さんらんと開かれた瞬間……僕らの灼熱の冀求ききゅうは重なっていた!


 隔てる硝子柩へ共に触れれば、僕らは海水からとりに戻る。冷たい海水に、失う呼吸は泡を吐くばかり……。気が遠くなる意識の中……開いた硝子柩から、甘えるように伸ばされた白絹の両手が僕らの手を繋ぐ。人魚の尾鰭が翻れば、月虹を反射する。海底から煌めく空を目指す遊泳は、天使の薄明光線エンジェル・ラダーを浴びるのに似ていた。

 

 肺を大きく膨らませて、揺蕩う海面から蒼穹を仰げば……微笑む人魚は水飛沫の煌めきを連れて『空』へ跳んだ。


 淡紅藤あわべにふじ色の長い髪を靡かせる鵬美トモミが彩雲に包まれ、月長石ムーンストーンの鱗と尾鰭が、水平弧の七色の翼に化す瞬間は生命の輝きに満ちていた。


 源へ還るような自然さで、飛翔した僕は鵬美トモミを抱き締めていた。波の鼓動リズムが残る安心感と、彼女の沈丁花ジンチョウゲの香りに息をつけば、鵬飛ユキトの暖かいかいなと翼が僕達を包み込む。こんなにも二人に惹かれていたのは、僕が鵬美 トモミの一部だったからか。 

 

「おかえり、鵬美トモミ

  

「ただいま、ヌエ鵬飛ユキト。長い旅を……して来ました。︎︎雲に解けて、雨に成り。海に成った私は、‪巡る生命を知りました。私はあなたに成ったのです」


ぼくも【陰ノ王禽】として、鵬美 トモミに成っていた。 鵬美 トモミが大好きな禽駒かれらの生命を知った。僕が消える事は出来ないけど……禽駒みんなの生命を選ぶよ。僕は、禽駒みんなにどう応えればいい? 」


「戦禍が無い未来を『空想』して。ヌエは私より、膨大なエネルギーを秘めている。巡る生命へ、恩恵を齎してくれるのだから」


 ――瞼を閉ざし、考える。 『戦禍』が終われば、何に成る? 傷ついたり、笑ったりした思い出は捨てられない。僕らを伝承するには、僕らを模した『形』が必要だ。


 ちょっと狡いけど……僕らがもう一度会いたい禽駒かれらと再会出来たらいいなって思う。禽駒みんなが揃わなければ、☾将棋盤しょうぎばん☽の上で『形』に成らない。禽駒みんなで、温かい場所に帰りたい。きっと綺麗な南の潮風が、連なる翼を撫でる。

 

 ――瞼を開けば、『未来』の僕に成っていた。僕は、三十二枚の『禽駒とりごま』達と☾将棋盤しょうぎばん☽の前で思案中だ。 

  

「横7×縦七の盤と、漢字一字が彫られただけの木の板達。こんなちっぽけな世界では、禽駒ぼくらの叫びは誰にも届かない」

 

「本当にそう思うのか? 出づれば即ち怪を成す……☾ ヌエコウクウ☽。【ヌエ】とも〖白鵺ハクヤ〗とも異なり、呼び名しか無い空想的な怪鳥。空そのものであり、盤上の☾鵼白くうはく☽であるお前が」


「ふふっ……美味いことが言いたいんだね、鵬飛ユキト


「無から有は生じる。虚空のそらを見上げた鵬美トモミの空想から生まれ、私達の前に存在する☾ヌエ☽が証明だ」


「☾ヌエ☽が居たから、鵬美わたしは空を想えたのです。帰るべき場所に、帰ることも出来た」

 

 ほうの帰郷地。『南の海』の白波模様は、水縹色の曹灰針石ラリマーみたいだった。海辺で雁少女らが笑うのを、僕らは木漏れ日から眺めていた。青紫の花弁が頭なら、ツンとした雌蕊しずいは白いくちばしか。尖った萼は、黄赤扇きあかせんの翼。極楽鳥花ストレリチア達は、僕が留鶉ルジュンと翼で抱卵する『茶斑模様の卵』を見守ってくれている。


 今度は僕が君を翼で温める番だ、鏡鶉ミシュン

 僕の新しい『空』色の翼は、

 君より、鵬飛ユキトより、広大なんだ。

 

「そして……☾ぼく☽の空想からでたゆうの卵達は、戦場では無く、新たな遊戯盤ゲームに生まれる。『死』の選択肢が無い、禽将棋の駒として。……ねぇ、みんな。盤上の☾鵼白くうはく☽に繋がる空を煽り見れば? 刻一刻と変わり往く色が、光が、雲が、風が、雨が……海をルーツとする生き物ぼくらの☾鵼白くうはく☽に天啓インスピレーションを与えてくれるよ」


 禽駒とりごま達が見上げる、大好きなぼくたかい。水平線の淡い緑みの青ホリゾンブルーから、白く変化する階調は天空の明るい青セレストブルーへ繋がる。薄いすじ上の巻雲は、すっとした翼先のように透けていた。瞬きに遊べば、針状の虹を内包する世界最小の光芒が視界の端に有る。それは薄翠うすみどりみの金を帯びていた。まろやかに連なる光芒の中を、一羽の白燕が翔けていく。

 

 

 拝啓 いつか空鳥を知る君へ


 どうか鵼白くうはくを恐れないで。

 君の卵殻は境界線なのだから。

 

『空虚』は卵の内側であり、

 卵の外側である『虚空』は

 空という翼で君を抱卵している。

 

 願わくば、

 遥かなる『虚空』を見上げる君に

 虚しさをからにする、ゆうが宿らんことを。

 



✼•☗•┈┈┈┈••꒰ঌ໒꒱••┈┈┈┈•☖•✼


お読み頂きありがとうございました✧︎

雛禽の空棋 ―꒰ঌℍ𝕚𝕟𝕒𝕕𝕠𝕣𝕚 𝕟𝕠 𝕊𝕠𝕣𝕒𝕘𝕚໒꒱―の逸話を交えながら、『禽将棋』を詳しく書いた『禽象戯図解』の内の一文、

『秋水散人の文』について、近況ノートにて勝手解釈大発表を致しますので、ご興味ありましたら覗いてやってください✧︎


⇩⇩⇩以下リンク 

https://kakuyomu.jp/users/totoko3927/news/16817330659607521557



‪‪꒰ঌニュアンスイメージ挿絵‪໒꒱

⇒ https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/CM71nqYQ



*⋆꒰ঌみんと様に、禽駒達を描いて頂けました໒꒱⋆*


⇒①鵼ヌエくんと、鵬美トモミ&鵬飛ユキト

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/ovZA4KSn


⇒②鵼ヌエくんと、鏡鶉ミシュン&留鶉ルジュン

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/PnFCfKif

 


雛禽の空棋 ―꒰ঌℍ𝕚𝕟𝕒𝕕𝕠𝕣𝕚 𝕟𝕠 𝕊𝕠𝕣𝕒𝕘𝕚໒꒱― の番外編☆

本編に入れられなかったエピを、再編成しました🎀


*⋆꒰ঌ┈サエン & ラカクのひなどりなヒトトキ┈ ໒꒱⋆*

↓↓↓


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/OGimsUERdOv917gZf8lTSCit20Gx266f

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