第四羽 異世界生活、開始
ロゼッタと友好を深めた次の日。
王様が場を設けると言った当日。
僕は牢屋の中で冷や飯を食わされていた。
――どうしてこうなったのか。時間は今日の朝まで巻き戻る。
*
玉座の間。昨日僕たちが召喚された場所だ。王様はまだ来ていない。
「さあ、ミコト様。準備はできましたか?」
「うん、大丈夫だよ」
こちらを振り向き、微笑むロゼッタにそう答える。
チョコラを失った日常は、彼女のお陰で十分安らいだモノになった。
昨日は荒れていた感情も、今は穏やかだ。
僕が決めたことは二つ。チョコラのいる日常を取り戻す事と、地球へ帰還する事。優先目標はもちろん、チョコラとの再会だ。正直、チョコラがいるならケモ耳の異世界でも構わない。ご飯も美味しいし。
「今日やる事は勇者様達の恩寵の確認です」
見れば、僕と同じように召喚された四人にもメイドさんがついている。
「たしか、守護獣だっけ」
「そうです。犬神様の恩寵なので、犬の守護獣がミコト様には宿っていると思われます。まあ、それは分かりきっているのですが、恒例行事らしいので」
そうらしい。この世界で僕と相棒となる存在は、どんな姿なんだろうか。
ロゼッタとコソコソ話していると、扉が開く。王様ではなく、白髪の老犬人と大きな水晶の乗った台座を運ぶ騎士達が入ってくる。
「私は聖犬教会の枢機卿である。この度、勇者の守護獣招来の儀を担当する事となった」
枢機卿曰く、王様は遅れてやってくるようだ。
彼の長い話が続く。犬神様を讃えよだとか、感謝しろとか、どうでもいい事ばかりだ。
ふーん。あの水晶に手を当てる事で守護獣の姿が分かるらしい。
僕たち五人、一人ずつ前に行き水晶に触れていく。
――待つ事数分。最後の一人、僕の番になった。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、頑張ってください」
頑張るも何も触るだけなんだけどね。ロゼッタに小さく手を振り前に出る。
――ふぅ、ドキドキしてきた。
「では、勇者よ。この水晶に触れるのだ。さすれば汝の恩寵が現れるだろう」
手を差し出す。
水晶の中、モクモクと茶色い煙がうごめく。煙は徐々に形を整えていく。
体は小さめ、お尻がプリティ。
丸い尻尾がついている。
手足は四本、後ろ足が少し発達してるようだ。
首は見えず、ちぃちゃい頭が乗っている。
クリクリのお目々に、ヒクヒクするお鼻。
その頭上には、ピンと立った長い耳が生えていた。
――この毛色に、黄金比の肉体……。この僕が見間違えるはずがない、この子は――!!
「チョコ「ハァ??? ウサギィ……ッ!?!?!?」ラ」
僕の呟きを遮るように枢機卿が声を荒げる。
「犬ではなく、ウサギダトォ!? あんな矮小な生物がなんになる!」
……は?
「なぜ、犬神様の勇者にウサギなんぞが混じっているのだぁ!」
抑えるんだ、僕。
「こんなゴミが、どうやって入り――「僕の家族をバカにするなっ!!」――ポゲェヤ!」
……やっちまった。抑えられなかった。ウサギを、チョコラを貶されると、いつもこうだ。
「こ、この異端者を捕えろぉ!」
僕に殴られ床に倒れた枢機卿が何かを叫んでいる。
周囲の騎士が僕の方に飛びかかってくる。僕はか弱い中学生だ。なす術なく取り押さえられた。
地面に押し付けられ意識が遠のく瞬間、パニックになっているロゼッタの姿が見えた――。
*
時間は現在に戻る。牢屋の中で考える。どうするか、と。
――どうしようもない、な。
大人しく謝ったら許してくれないだろうか。あの様子じゃ無理か。
一人、しょぼくれているとガタン、と物音がした。
「大丈夫ですかっ! ミコト様!」
ロゼッタだ。鉄格子を開けようと奮闘しているようだ。
「! どうやったの!?」
「加護です! 私の加護ならバレずに鍵を持ち出すくらいちょちょいのちょいです!」
程なくして彼女は鉄格子を開き、僕を助け出してくれた。
彼女に手を引かれて王宮を走り抜ける。これも彼女の加護なんだろうか、周囲の犬人は誰も気づかずにぐんぐん進み続ける。
「逃げますよ! あの枢機卿は犬人至上主義者です! ここに居たら難癖付けられて、どんな事をされるか分かりません!」
「でも、どうやって!」
「抜け道を知ってます! 私だけの抜け道です!」
そのまま王宮庭園、その一部に出来た抜け穴に案内された。
「ここから街へと出れます。勇者様の力なら、なんとか逃げ切れると思います」
彼女は全力疾走で乱れた息を整えながら、喋る。
「……ロゼッタはどうするの?」
「? 私はこのまま戻りますよ! あ、安心してください、バレたりなんてしませんよ!」
嘘だ。あれだけ便利な能力、すぐに彼女の仕業だとバレるだろう。
「どうして、僕を助けたの?」
「この王宮で、私はミコト様専用のメイドです! それに約束しましたから、私が居場所になるって」
ニコニコと笑顔で彼女は語る。
本心、なんだろうな。彼女の温かさは、僕が一番この世界で知っている。
「ねえ、ロゼッタ――」
だからこそ――。
*
王宮を抜け出した僕は馬車に乗っていた。
目的地は、王国外にあるという、多種族が集まった都市だ。そこにはきっと、未だ見ぬケモ耳――ウサ耳もいるのだろう。楽しみだ。
「わくわくしますね、ミコト様! 私、王国の外に出るなんて初めてです!」
頭上に生えた犬耳をパタパタさせながら、彼女――ロゼッタは話す。
「そうだね。どんな世界が広がってるのか、僕もわくわくしてるよ」
あぁ、そうだ。王国を抜け出した
――これから始まる異世界での旅路に、僕は静かに祈りを込めた。
クレイジー・ラビット 〜犬派と猫派が争う世界に、兎過激派の僕が召喚されたら〜 七篠樫宮 @kashimiya_maverick
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