第三羽 異世界の夜は疾く更ける
彼女が出て行ってしばらく。チョコラは今何をしてるのかなと考えていると部屋のドアがバタン、と開いた。
「ただいま戻りました!」
彼女――ロゼッタが湯気の立ち昇るトレイを持って入ってきた。そのままトレイをベッドの側の机に置いて、こちらを向いた。
「じゃん! これがお夕飯です!」
ベッドから起き上がる。机の上のトレイを覗くと、そこには今も湯気が出ているスープに柔らかそうなパン。食べ応えのありそうなステーキがあった。
「ほんとに食べていいの?」
「もちろんです!」
そう言うと彼女はそばにあった椅子を引いて座るように促してくる。
そういえば給食を食べてから、何も口にしていない。異世界に来たところで人間はお腹の空く生き物だ。
ごめんね、チョコラ。今は君の事よりも夕食で頭がいっぱいなんだ。
椅子に腰を下ろし、手を合わせる。
「いただきます」
まずはスープで喉を潤す。角切りにした野菜っぽい何かと、ごろごろと肉の切り身が入っている。おいしい。なんの野菜と肉か分からないけど食材の旨味が良く出ている。
パンを千切る。外は硬く、内はやわらかい。少し酸味があるけど、それ以上にもっちりとした食感がクセになる。
次は待望のステーキだ。ナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。うまいっ。噛み締めるたびに肉汁が溢れてくる。肉を食った感覚がすごい。
夢中で手を動かして食べていると、こちらをニコニコと眺めるロゼッタの姿に気づく。
「どうかした?」
「えへへ、すごく美味しそうに食べるので、私も嬉しくなっちゃいました!」
むむ、がっつき過ぎだろうか。今日は色んなことがあったから、想像以上にお腹が空いていたのかもしれない。
「そんなミコト様にロゼッタアドバイスです! パンにステーキを乗せましょう。このパンとステーキは相性バッチリなんですよ!」
素直に従い、パンにステーキの切り身を乗せる。ステーキの輝く肉汁がパンへと染み込んでいく。
「そしたら一口でぱくっと!」
大口あけて一口でいく。ぱくっと肉汁が口の中で暴れる。肉汁の旨味でパンの酸味が調和されていく。
「ん〜っ! うまい!」
「ふふ、そうでしょう。このロゼッタ、味の探求において並ぶ者ナシです!」
次々と夕飯を口に運ぶ。おいしい。異世界料理に心奪われた僕は、あっという間に食器を空にした。
「いい食べっぷりですね! ミコト様の舌に合うのかビクビクしてましたが心配ご無用でした」
「ごちそうさま。ちゃんとおいしかったよ」
「それはよかったです! 私も見てるだけでお腹が空いてきました」
ぐ〜、と音が鳴る。ロゼッタの方を見ると、頬を赤らめ、お腹を抑えながら俯いていた。
「し、失礼! ちゃんと軽食は食べたんですが……」
「……そうだ、ロゼッタ。おかわりってできるかな?」
「おかわりですか? それならできますよ」
ひらめいた。美味しい食べ方を教えてくれた彼女に恩返しをしよう。
小首を傾げる彼女に「じゃあ、お願い」と頼む。
「ちょっと待っててください!」
彼女は空になったトレイを持って出ていった。
*
「お待たせしましたー! 新しいおかわりです」
ロゼッタが戻ってきた。新しいトレイを掲げている。
「ありがとね」
「ラインナップはさっきと同じです! 白パンに具沢山スープ。フォレストボアのステーキです」
あのステーキはフォレストボアというらしい。ボア、ということイノシシの一種なのだろうか。地球のイノシシはクセが強いと聞くが、異世界だとそういうのはないらしい。
ステーキを切り分ける。相変わらず肉厚で肉汁がすごい。切り分けたソレをフォークで刺して、対面にいるロゼッタの方へと向ける。
「はい、あーん」
「え? どうしました?」
「だから、あーん。食べていいよ? お腹空いたんでしょ」
「で、でも……」
彼女は少し困ったように、ステーキと僕の顔を交互に見る。
やがて、覚悟が決まったのか、パクっとフォークにかぶりつく。
「
「食べてから言いなよ」
もぐもぐと口を動かす彼女を眺める。やっぱり、その様子にどこか既視感があるのだ。
「ぷはっ! おいしいです!」
「それは、よかった」
ロゼッタを見ていると、チョコラを見ている気分になる。チョコラはウサギで、彼女は犬人だけど。明るく絡んできたり、今も美味しそうにご飯を食べてるところとか、ちょっとだけチョコラと重なるんだ。
「食べながらで良いから聞いてくれる? 僕はこの世界に来てまだ1日も経ってない。何も知らないし分からない。信用できる人もいない。だからこの世界の事とか、君の事とか知りたいんだけど、ダメかな」
最後まで言い切れたか、少し不安だった。
実を言うと、僕は人付き合いが得意じゃない。物心つく頃には動物が、特にウサギが大好きで。ウサギの事になると自分が抑えられなくて。
気づけば僕は一人だった。
そんなときだ、チョコラに出会ったのは。一目惚れだった。大好きなウサギという種の中で、チョコラが僕にとって特別になるのに時間はかからなかった。
ロゼッタは応えてくれるだろうか、若干怯えながら彼女に目を向ける。
彼女は何故か、キラキラと目を輝かせて僕を見ていた。
「いいですよ! 不肖ながらこのロゼッタが伝授してあげましょう!」
彼女は机に身を乗せる勢いで、僕と目を合わせる。
ふんす、と鼻息荒く奮起している姿を見ていると、必要以上に怯えていた自分がバカらしくなってくる。
「じゃあ、何から聞きたいですか?」
「んー、ずっと気になってたんだけど君達以外にどんな種族がいるの? ウサギ、ここでいうと兎人とかもいるの?」
王様達を初めて見た時から気になっていた疑問をぶつける。果たして、僕の大好きで、か弱くかわいい種族は異世界に存在するのか。
「そりゃあいますよ! 私たち犬人族はもちろん。猫人、兎人に牛人や狐人だったりキリがないらしいです」
おお、異世界のウサギは存在した! やっぱりウサ耳なのかな? 気になる。異世界でもウサギウムは手に入るようだ。
「でも、ここに来てから犬人しか見てないんだよね。王様の話にも犬人と猫人しか出てこなかったけど何か理由あるの?」
そう、王様は犬人と猫人しか話に出さなかった。ただ仲が悪いのが二種だけなのかもしれない。
だけど、王様の様子は猫人しか眼中に無い、という感じだった。まるで、世界には犬人と猫人しかいない、かのような。そんな雰囲気がしたんだ。
「? それはここが聖犬王国だからですよ? この国は犬人族のための国ですから、住んでいるのも犬人です。あと、猫人族を意識しているのは猫人族だけが国を持ってるからですかね?」
「え、兎人族とかは国がないの? それじゃあどうやって暮らしてるの?」
「さあ? 王国の外にいろんな種族が集まってできた都市があるとは聞いたことがあります。……このロゼッタ、今でこそ王宮メイドをやってますが元々王国の片田舎に暮らしてたんです。実は
驚く。犬人の国と猫人の国――たしか、魔猫帝国だっけ――しか国がないらしい。それなら王様の様子も納得はできるか。
「でも、なんで犬人と猫人以外に国が無いのかはわかりますよ! だって、犬人と猫人にしかこの世界に神様はいませんから!」
「神? やっぱりこの世界には神様の存在が確定しているの?」
「ミコト様の世界は違うんですか? この世界には二柱の神様、犬神ワンダフル様と猫神オニャンコポン様がいらっしゃるのです!」
犬神ワンダフルと猫神オニャンコポン。王様の名前もワンダフルが入っていた気がする。ふざけた名前だなって思ったけど、犬神となにか関係があるのだろうか。
「犬神様が
ビュルル、と音がした。
目の前の光景を見て目を疑う。机の上の食器が浮いていた。
食器からステーキの切り身か浮かび上がり、ロゼッタの口元に運ばれる。
「
ニコニコと笑顔で食べる彼女見ながら思う。
――魔法使いだ!
どうやら、少し天然な気のある犬耳メイドさんは魔法使いでもあったようだ。
もきゅもきゅとステーキを頬張る彼女を唖然と眺める。
魔法だ。魔法に違いない。ケモ耳溢れる異世界は、ケモ耳と魔法の異世界だったようだ。
「それが犬神様の加護ってやつ?」
異世界に来てから一日も経ってないのに、何度驚かされれば良いのだろうか。驚愕を隠しながらもロゼッタに尋ねる。
「ごくんっ。そうです! これが私が授かった【加護:
ドヤっ、と背景に文字が浮かびそうな顔で彼女は語る。
「見ての通り風を操れます! 私レベルになるとお夕飯を極力冷めないようにしながら運ぶ事だってできます!」
後ろのポニーテールを揺らし、「すごいでしょ〜」と笑うロゼッタを見て思い出す。
――そういえば、今日、初めてロゼッタと会った時もいつの間にか側に居たっけ。
あの時、人が入ってきた気配はしなかった。あれも彼女の能力の一部なのだったのだろうか。
「ロゼッタの加護みたいなのを犬人や猫人は皆んな持ってるのか」
「そうですね、加護は千差万別と聞きます。中には私と似たような加護もあるかもですね!」
「それって、僕にもあるのかな?」
「たぶんありますよ! なんたってミコト様は勇者様です! なんでも勇者様は神の加護、その上位の恩寵を授かるらしいですし!」
なるほど。王様もそんな事を言っていた気がする。チョコラの事が気になって、あまり聞いてなかったけど。
「明日にでもわかるんじゃないですかね〜」
「ねぇロゼッタ。もっと聞いてもいいかな?」
「いいですよ! どーんとこいです!」
それからロゼッタと色んな事を夜通し話した。
彼女が生まれた田舎の事。彼女の有用な加護が理由に、身売り同然に王宮メイドとなった事。田舎育ちの彼女はメイド仲間に疎まれている事。
僕がいた地球の事。僕の愛する家族、チョコラの事。チョコラと離れ離れになってしまった事。
あと、彼女は僕の事を女の子だと思っていたらしい。良く間違えられるが、地味にショックだった。
「うぅ、ミコト様、かわいそうです」
「ロゼッタも大丈夫? ちゃんと王宮に居場所ある?」
僕の事を語ったら泣き出してしまった。
「私はだいじょぶです。いざとなれば逃げれますから。でも、ミコト様はこの世界に居場所がないじゃないですか!」
泣き止んだかと思ったら、急に彼女は立ち上がって僕と向き合う。
「よし! このロゼッタがミコト様の最初の居場所になりましょう!」
こちらに手を差し出す彼女を見る。
――本当に、チョコラを失って、最初に出会ったのがロゼッタで良かった。
「……ありがとね。僕も、君と出会えて嬉しいよ」
彼女の差し出す手を握る。
こうして僕の異世界最初の夜は穏やかに更けて行った――。
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