第二羽 犬派と猫派の戦いは異世界でも続くようです

 玉座に座るケモ耳を生やしたイケおじが、ソレケモ耳が気になって仕方がない僕含めた5人に話しかける。


「まず、先に言っておこう。これは夢でも、幻でもない。諸君は異界より、この世界へと招かれた勇者である。その身に何が起きたのか理解出来てないだろう。これよりその説明を行う故、安心するが良い」


 どこか落ち着く声だ。突然よく分からない状況に置かれて、緊迫した雰囲気を出していた僕以外の4人も心なしか冷静になった様だ。


 僕? 落ち着けるわけないだろ。彼らの頭にはケモ耳がっ、犬耳が生えてるんだぞ! 僕はウサギが一番好きだけど、犬だろうが猫だろうが動物が大好きなんだ。


「自己紹介がまだだな。私は聖犬王国の今代聖犬王、ポメラ・D・ワンダフルである」


 ポメラ……ニアン? どこかで見た事あるケモ耳だと思ったんだ。イケおじで、ポメラニアン……ギャップがすごい。これがギャップ萌えってヤツなのだろうか?

 

 しかし、やっぱり王様だったのか。王冠被ってるし、威厳が隠せてない。


「初めにも言ったが諸君は我々、犬人族の勇者として召喚させてもらった。我が王国には強大な敵――魔猫帝国が存在しているのだ。奴ら、猫人族は我ら犬人族を敵視し、長きに渡り争い続けている。諸君にはその戦いを終わらせる切り札になって欲しい」


 ふむ。どこからツッコむべきか。まず、僕に戦いを止めれる様な力はないし、そもそも自分の国の問題を異世界の人間に頼むってどうなんだろう。


 そんなことを考えていると、王様の鋭い眼光と目があったような気がした。


「分かるぞ? 何を考えているのか。諸君はこの世界へと渡る際、多くの繋がりを失っている。家族、友人、恋人といった人間関係から、今まで得てきた富や名声まで。こちらへと持ってこれたのは精々その肉体と衣服くらいか」


 ……薄々気付いてはいた。あんまり、考えなかっただけで。目が覚めた時、僕は制服姿でそれ以外何も手にしてなかった。胸に抱いていた愛する家族チョコラは、どこにもいなかった。


 未知ケモ耳との遭遇に浮き立つ心が沈下する。異世界召喚。現実感の薄かったソレが、チョコラの消失という信じられない痛みと共に突き付けられる。


「だが、失ったモノだけでは断じてない。まだ自覚は無いだろうが諸君は力を得たのだ。犬神ワンダフル様の恩寵を! 異界より招かれた勇者は例外なく神からの恩寵と、非凡な才能を授かる!」


 王様の力強い声が室内に響く。


「恩寵――守護獣は迷える諸君を支える良き仲間となるだろう。才能は鍛えれば苦難を排する力となろう。我々も諸君の要望は可能な限り叶えると約束する! 頼む、勇者よ。我らの国を救ってはくれないかッ!」


 救ってくれ? 僕らは今、何も分からないんだ。

 この王様の言ってることが真実なのか分からない。

 どうすればチョコラと会えるのか分からない。

 そもそも神からの恩寵? 才能? そんなモノ、僕はいらない。ただチョコラがいれば良い。チョコラとの日常、ソレだけを望んでいるのに。


 僕から愛するモノ奪ったお前らが、『我らの国を救ってくれ』? 自らの安らぎを僕に頼むのか?


 思考がよどんでいく。異世界という非現実が、チョコラのいない現実に塗り替えられていく。


 ――ふざけるな、そんなモノ、認められるわけがないだろ。


「僕らの要望を叶えるんだろ……」


 沈黙した場に、僕の声が響いた。部屋中の視線が僕の肌を突き刺すように集まっているのを感じる。


「なら、僕を帰してくれっ! 向こうに、大切な家族がいるんだっ」


 彼らには、彼らの事情があるのかもしれない。でも、僕にも、僕の事情がある。何物にも変えがたい事情が。


 ふむ、と王様はそんな僕の態度も当然だと言いたげな様子でうなずく。


「君の言い分ももっともだ。その上で残酷な事を言おう。現状、諸君を元の世界へ戻す方法はない」


「――!」


「だが、希望はある。それを言う前に説明の続きだ。勇者諸君よ、この場へと諸君を召喚したのは犬人族我々だが、この世界へと招いたのは我々ではないのだよ」


 口を震わせ、二の句が告げずにいる僕を見据えながら王様は語る。


「この世界ではな、たびたび異界から人が迷い込む。迷い込んだ存在――迷い人は世界各地に現れるのだ。諸君らと同じように、何も持たないままな。するとどうなると思う?」


 絶望から立ち直れない中で、考える。もし僕が一人で異世界へと転移したら。


「現れた場所が安全な保証はない。森の中をさまようかもしれん。人里にでても、受け入れられるかは別だ」


 僕らはこの世界では異端なのかもしれない。その片鱗は、彼らの頭上にあって僕らにはないモノが証明している。


「そんな迷い人が現れる場を神の力で誘導する。神の恩寵を授け、生きやすくした上でな。ソレが勇者召喚の仕組みだ。つまり我らにとって諸君は国を救う存在であり、諸君にとってもこの召喚は救いとなるのだ」


 そして、と王様は続けた。


「諸君に残された希望の話に戻ろうか。もちろん、勇者として招かれる迷い人がすべてではない。世界各地に迷い人の伝承は残っている。――元の世界に帰ったという伝承もな。その伝承を集める片手間でも良い。どうか、我らを救ってくれ。帰還が望みなら、いくらでも手伝おう」


 王様はそう締めくくり。場は静まり返った。


 僕はどうすればいい。チョコラのいない世界でどう生きれば良い。

 一度、怒りを吐露して、少しずつ頭が冷静になった。

 王様は、僕らに宿った力を振るい、国を救うことを求めている。対価に僕らの要望を叶える事を約束した。

 そして、一番大事なのはチョコラがいない事と、元の世界への帰り方。まだ、チョコラとの日常を願う僕の希望は絶たれていない。


「現状の説明はここまでだ。まだ呑み込めないものもいるだろう。今日はもう遅い。明日また場を設ける。部屋を用意してある、そこで今夜は休むといい」


 そう言うと王様は席を立ち、側のケモ耳美少女達を引き連れて部屋を後にした。


 *


 王様が出て行った後、僕たちは一人ずつ部屋に案内された。

 案内された部屋はさっきの玉座の間を見た後だと質素に感じるが、それでも昔家族と行った高級ホテルの一室くらいには豪華な部屋だった。

 

 フワフワと弾むベッドに横になりながら、これからの事を考える。

 いつも一緒だったチョコラ。僕にとって彼女は大事な家族で、半身で、かけがえのない存在なんだ。欠けてしまった小さな温もりを思い出しながら目を瞑る。


「どうしようか、チョコラ」


 思わずため息が出る。

 朝起きて、学校行って、家に帰ってチョコラと遊んで。そんな日常がずっと続くと思ってたのに。気づけば異世界だ。


「どうかされましたか?」


 鈴を転がしたような、リンとした声をかけられる。

 いつの間にか、ベッドの脇に白と黒のコントラストに包まれたメイドさんが立っていた。焦茶色の髪というのだろうか、長い髪を後ろに結んだポニーテールを揺らしながら僕に話しかけるメイドさん――頭上には2つの焦茶色の三角形がピンと生えていた。


 ――いつからそこにいたんだろうか?


「なんでもないよ。それより君は?」

「そうですか? 私は勇者様担当になったメイドのロゼッタです!」

「勇者様担当?」

「はい! この王宮において、私はあなた様専属のメイドです!」


 僕専用のメイドさんらしい。すごいな異世界。本物のメイドさんだ。


「勇者って言われるとむず痒いから、名前で呼んでよ。僕は兎束とつか みこと。尊でいいよ」

「分かりました! よろしくお願いします、ミコト様!」


 可愛らしく挨拶される。

 天真爛漫とは彼女のような人を指すのだろうか。あと、何か既視感があるなと思ったら、ペットショップで見かけるチワワだ。彼女が喋るたびに揺れるポニーテールとパタパタ動く犬耳がチワワを彷彿とさせるんだ。

 

「そういえば何か用があったの?」

「はっそうでした! お夕飯はどうしますか? 大丈夫ならここに運びます」

「そう? ならお願い」

「分かりました!」


 彼女は元気よく答えると、勢いよく部屋を出て行った――。

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