第3話 始まりの記憶《夢》


 そこは現代から数えてもジュラ紀よりも前、現代では文明などなかったと考えられている時代だった。


 だが、実際には現代の科学技術を優に超える文明が栄えていた。

 もはや地球上だけでは都市を広げられず、月面と火星すら開発して発展を続けていた。要するに空想上に出てくる超科学文明が本当に存在していたという事だ。

 そんな時代だからこそ科学者達は世界の根幹であった。


 しかし1人で考え続けたとしても革新的な物を生み出せるのは一握りの天才だけで、天才にのみに依存しては発展できないとして年に数回、全世界から選ばれた天才や奇才などと呼ばれるような科学者達が集まる一種の研究発表会のようなものが開催されていた。

 そして今回の集まりでは同じく稀代の天才と呼ばれ、科学技術を数世代は進めたと称される2人の科学者が参加していた。おかげで世界的にも注目が集まっていた。


 もっとも世界の誰も知らない事情により、集まりは予想外の方向へと向かう事になった。


「……つまり、このまま発展させると現在の我々では制御できない可能性が高い。なので、数年は制御や抑制の技術的発展を優先していくのが一番だと考える」


 そう語るのは2人の天才の1人で18歳という若い青年でありながら、すでに宇宙開発の新機材やブラックホールからの脱出方法の確立など人類に大きく貢献してきた。


「そんな消極的な事では進歩がしないと私は言っているのだよ。だいたい、制御できないというのは何を根拠に言っているんだい?少なくとも私の研究成果は全て私の制御下にあるし、暴走のリスクも考えて破壊も制圧もできるようになっている」


 対して青年の話に正面切って反論する男は、もう1人の天才で白衣を身に纏い髪はボサボサ、目には落ちた視力を補う他にも複数の機能を持たせた眼鏡を掛けていた。

 その男はさも『自分の言ってることは正しい!』と思っていそうな青年に対して馬鹿にしたような笑みを浮かべて見ていた。


 隠すこともなく自分を馬鹿にしてくる白衣の男に青年は少し目を吊り上げる。


「自分が制御できるからと言って、他の者にも可能とは限らないだろう。証拠に昨日、貴方の作った重力誘導エンジンで大規模事故が発生していたではないですか!あれでいったい何人が犠牲になったと思っているんですか⁉」


 我慢の限界だったのか青年は議場の円卓に手を叩き付けて怒鳴り声をあげる。

 しかし激情を向けられても白衣の男は気にすることもなく、うっすらと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「そうだね~誘導システムの操作ミスが原因で爆発やら墜落が頻発して、最終的には確か…約5000人ほどだったはずだ。で、だからどうしたと言うのかね?」


「は?」


「だから私の発明が使われたことでが起こったことは認めるし、残念にも思っている…が、それだけだ。遺族などにも話を聞いたが根本的な問題は操作説明を無視した人間にある。そして『人為的ミスによる事故』これを完全に防ぐことなどできる訳もあるまい?なによりも安全面を考えるのは我々の仕事なのかね?私は自分の事を新たな技術の発見と発展をさせるための存在だと認識しているのだが、違ったかな?」


 予想外の返答に青年が固まっている間にも白衣の男は自身の考えを理路整然と話し続けた。その内容は無責任のようにも聞こえ、集まっていた科学者達の半数以上は不快感を隠さず睨みつけてきていた。

 しかし全体の1割ほどとは言え納得したように頷く者もいた。


 簡単な話だ、倫理観などの話から言えば青年や大多数の科学者は正しいのだ。

 自分達の作った物で被害が出たのだから、問題点などを洗い出して危険性の少ないできる限り安全な物を世間に提供したいという考えは間違っていない。


 だが安全性だけを考えた場合の技術の発展は今までと同じだけの速度で出来るのか?と問われると頷くことは誰にもできなかった。

 なにせ新たな技術や法則を見つけるのにも膨大な時間と費用に人を必要とする。天才と呼ばれる白衣の男と青年だって発想や理論は1人で導き出しているが、後の機材などの組み立てには人手を必要とすることもあったし、必要となる材料の割り出しには莫大な費用を必要としていた。


 それが安全性の向上を優先事項とすると時間や費用は単純計算でも『最低1.5倍、最大で5倍』となるのだ。

 なにより、別に今までも安全面に無配慮だったわけでもない。被害の数が膨大になっているのは、単純に人類の全体数が増えたから同じく被害者が増加したというだけの事だった。


 白衣の男の理論に納得した反応を返した科学者の大半はこの事を理解している者達だ。


 そして嫌な沈黙がしばらく続くと青年はゆっくりと力なく座る。


「貴方はどうして人の事を顧みない?自分が満足に研究できれば、それで将来的に被害が出てもいいというつもりなのか⁉」


「別にそうはいっていないだろうに、ただ私達も十分に安全策は講じている。それで不測の事態で事故が多発したからと言って、リスクの完全解消などできるはずもないだろう?そんなことができれば苦労はしないという話をしているのだよ」


「だが、よりリスクを低くするのも我々の仕事だ‼」


「はぁ…話が通じないようだね。君とはもう話すこともないし、私は帰るよ~」


 白衣の男は呆れたようにそう言うと腕に付けた装置を操作して瞬時に消えた。一種の携帯型のテレポート装置だったようだ。

 ただ消える直前に言い合っていた少年は、周りの科学者からも賛同を得られなかった現状に悔し気に血がにじむほど拳を握り憎しみの籠った目で白衣の男を見つめていた。


「そんな結論を俺は認めない!」


 憎悪すら籠っているように感じる少年の目を受けても白衣の男は薄ら笑いを浮かべるだけだった。


 それから数日、白衣の男は自分の研究室で次の実験の準備に没頭していた。


「これを加えればいい感じに作用するかな?いや、こっちの方が面白いか!」


 いくつかの薬品のデータを見比べながら今までにない配合の可能性に楽しくなってしまい、少し不安定な調合に危険物用の遠隔アームで挑んでいた。

 そんな集中力を必要とする状況だというのに研究所内に警報が鳴り響いた。

 もっとも白衣の男は完全ノイズキャンセリング機能搭載のヘッドセットをしていて気が付いていない。


『マスター侵入者です』


 すると以前にサポート用に作った人工知能の言葉がヘッドセットから直接聞こえ、現状を認識する。


「侵入者?排除は可能そう?」


 渋々といった様子で実験を中断して白衣の男は研究所内の様子を部屋の壁全体に投影する。

 映っていたのは全身パワードスーツに身を包み小型のレイザー銃などで武装した集団だ。もっとも何処のなんという組織なのかはパワードスーツにプリントされているロゴからわかった。


「はぁ…人類連盟か、この感じだと私の研究が人類への脅威として認定されたとか、そういう理由で強制捜査と逮捕に来たってところかねぇ」


『はい、正規の令状を持っていたので実力行使での阻止は困難と判断し、マスターへとご意見を伺いに着た次第です』


「はぁ…それにしても人類連盟も頭が足りないねぇ~…私を誰だと思って、そんな装備を身に付けてやってきているのだよ」


 不快そうに白衣の男は言うとデバイスを操作する。

 次々に無数の文字列が流れていく画面が止まると、壁に映っていたパワードスーツの戦闘員達は急にもがき苦しむように喉を掻きむしる。中にはパワードスーツを脱ぎ捨てようとする者も居たが、どんなに頑張っても脱ぐことができず1分もすれば全員が倒れ伏していた。


「まったく、私の生み出した技術の使われた装備が通じるはずもないだろう」


 呆れたようにそう言うと白衣の男はデバイスを閉じる。

 言葉通り、侵入者達のパスワードスーツには白衣の男が考えたパーツや市捨てもが根幹部分に使用されていた。そして白衣の男は兵器利用できる技術に関しては自身に向けられることも考え、最初からバックドアを作っておいて制御権を奪いやすいように細工してあったのだ。


 今回の場合はパワードスーツの空気循環システムと着脱システムを停止しただけだが、毒ガスなどの撒かれた室内でも安全に活動できるするようにした関係で完全密閉されていた。

 結果として体に密着するパスワードスーツ内の少ない空気が数秒で無くなり、ほどなく窒息で気絶して倒れてしまったのだ。


「それよりも今回の奇襲に近い強制捜査を実行するに至った経緯、ついでに武器だけはハッキングできなかった…出所を調べろ」


『畏まりましたマスター』


 今回の件でもっとも白衣の男が警戒していたのは捜査よりも武器の方だった。

 うぬぼれでもなんでもなく、白衣の男が生み出した技術は発展した世界から見ても数世代先をいっていた。ゆえにどのような物品にも少なからず使用されている。


 しかし倒れている捜査員達のパスワードスーツと同時にバックドアを起動したはずなのに、武器へはなぜか瞬時にアクセスできず普通にハッキングすることになってロックするのに数分を要した。

 つまりは、そいつが今回の面倒事を起こした背景に居るのは間違いない。


 ただやる事もあって調査に全力を向けるのは難しい白衣の男は、サポートAIに操作を任せたのだ。


「はぁ……なんとなく相手は予想が付くけどね~」


 そう言うと白衣の男は気絶させられた捜査員達の元へと向かう。

 捜査員達は武装解除して医務室で治療して現在は意識が戻るのを待っている状態だった。


 その意識が戻る間に少し白衣の男が調べた結果、強制捜査の令状はよく確認すると正規に発行されているが研究室の資料などを見る事は出来ても押収はできない『略式強制捜査令状』という物だった。


 これは科学技術の発展しすぎた現代では隠蔽で証拠処分が迅速に可能なため、できるだけ処分されるリスクを避けるために生み出された即時発行可能な捜査令状の一つだ。

 本来の用途としては『略式強制捜査令状』で先立って捜査に入り現場の人間を電波遮断車両に乗せ、遠隔でも隠蔽できないように措置をしたうえでちゃんとした捜査令状を取ってくるという感じだ。


 しかし調べた結果として本捜査令状は申請すらされていないことが判明したのだ。

 それを捜査員達に伝えると本部に連絡を取り、なにか叫ぶと白衣の男に謝罪をして足早に去って行ったという事だった。


「やっぱり組織と言うのも大変そうだねぇ」


 去っていく捜査員達を見送って白衣の男はしみじみと思うのだった。




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