第4話 正式継承


「うわぁ……変な夢見た…」


 現在は山でどう考えてもオーバーテクノロジーの場所に行き、そこでマッドサイエンティスト呼ぶに相応しい男の記憶を流し込まれた翌日の朝だ。

 普段なら田舎の空気もあってさわやかな朝を迎えられるのに、今日の寝覚めは最悪も最悪だ。なにせ俺とは違う人間の人生を体験させられて、しかも関わり合いすらない奴から憎悪の籠った目を向けられるとか…普通に嫌だ。


「はぁ…後であのバカ科学者に聞くか…」


 こんな夢を見た原因はどう考えても引き継いだ記憶に原因があるのは明らか、聞いたところで解決策なんてないのは受け取った記憶からわかるが文句ぐらいは言わせてほしいってことだ。

 その後はいつも通り祖父母の畑を少し手伝ってから朝食を済ませ、昼前には山への散策に出かけた。


 直前に祖父から前日の揺れの事もあって心配されたが、そこまで大きな揺れでなかった事なんかを理由に説得して許してもらった。

 ただ今日は普段より早く下山する事を条件にだけどな。


 そうして山を登り始めて数分後、木々が生い茂り視界もあまり良くない中腹まで来ていた。ここなら遠くから双眼鏡とかでも見えず、望遠カメラに写り込むことがない場所だと確信して小さく頷く。


「ふぅ…この辺ならいいか、転送してくれ」


『了』


 短く発した言葉に森の中から機械的な音声で返事があり、次の瞬間には景色が切り替わり昨日訪れた研究所になっていた。


『や~待っていたよ!』


 そして目の前には満面の笑顔を浮かべたホログラムの白衣の男がいた。

 無駄に高いテンションに少し辟易とするけど、すでに記憶もとはいえ継承してしまっているので言うだけ無駄なのは理解しているから何も言わないけどな。


「待っていなくても、連絡しようと思えばできただろ。現代のスマホくらいなら簡単にハッキングできるんだから」


『それはそうだけどね~面倒だし、面白くないからなぁ』


「そんなことだとは思ったよ…」


 ちょっとした仕返しのつもりで振った話だが、やっぱり意味はなかった。

 ある意味で予想通りの反応に少し呆れたが気にするだけ無駄。という事で、早速本題へと入る事にした。


「どうでもいい話はこのくらいにして、昨日の話の続きだ。この世界が退屈だっているのは俺も同感だけど、さすがに昔にあんたがやったみたいな大量の使者が出るようなのはごめんだぞ?」


『わかってるよ。さすがに私も少しはやりすぎたと反省しているからね』


「少しなのか」


『少しだよ?あの時は感情的になって、むきになってやってしまったからね。もっと人的被害を出さずに相手の意見を否定する方法も、今思えばいくらでも出てくるんだけど、人間の感情がこうも厄介だとは自分で体験してみるまでわからない物だよ』


 ほんの少しの後悔と知らなかったことを知れた歓喜、それらが半々の何とも言えない表情を白衣の男は浮かべていた。でも、やったことは数万人規模の街を完全な私怨で複数壊滅させているので白々しく感じてしまう。


「って、話の前にあんたの呼び方を決めよう。さすがに話しにくい」


 昨日から思っていた事だが今になってようやく思い出した事を口にすると、白衣の男は意外そうに首を傾げた。


『ん?そんなものか…では、適当に『ティス』とでもしようか』


「なんで『ティス』?」


『君の国を見ているときに私のような者を『マッドサイエンティスト』と言うと知ったからね。そこから少し取って『ティス』と言うわけさ!安直だがいい名前だろう?』


「安直な自覚はあったのか」


『もちろん!』


 無駄に自信満々に胸を張って、白衣の男ではなく『ティス』は良い笑顔を浮かべている。そんな表情されても少し微妙な気分なのは変わりないけど、とにかく呼び難い問題は解決したから気にしない事にした。


「なら呼び方はティスでいいとして、本題だけど…世界を面白くって具体的に計画とかはあるのか?」


『特にはないよ。それを決めるところから話し合ってこそ楽しいんじゃないか!』


「あぁ~そう。ならまずは、もくれ」


『へぇ……なんで完全に記憶を渡してないって気が付いたんだい?』


「!?」


 先ほどまでのおちゃらけたような雰囲気と一転して天才科学者、そしてかつて世界を恐怖に突き落としたマッドサイエンティストとしての顔を見せた。あまりの落差に俺の体は一瞬すくんでしまった。

 とは言え一瞬、すぐに切り替えられる。


「昨日、変な夢を見た。それがティスの記憶によるものだと感じたけど、部分的にハッキリと認識できないことが多くあった。他にも違和感はあったけど、今日の朝にもう一度記憶を整理してみても一部欠落のような場所があったからな」


『…え、確かに記憶引き継がせたけど全部詳細に思い出せるの?』


「?あぁ、もちろん」


 俺の答えを聞いたティスは何か動揺していた。

 まるで信じられないものを見たかのような表情で指さしてきて、そこには少しむかつくけがなにか変なことを言ってしまったかな?と言う疑問の方が強かった。

 それに対してティスは何か深く考え始める。


『…私が初めて作ったオリジナル薬品を廃棄した理由は?』


「完成度は高かったが、それ以上に費用と制作時間のつり合いが取れていなかったから。数年後に同じ効果で低費用・短時間で二制作に成功して、そちらは廃棄せずに完成させて実用化までいけた」


『その薬品の詳細な効果は?』


「薬品を投与する事で異なる細胞同士の拒絶反応の無効化。それによる安全な臓器移植などが可能になったが、実際の効果は『細胞の再生力』と『細胞の適応力』それらの『超活性化&安定化』だ。これによって可能となったのは単なる臓器移植だけではなく、位置から生命を創造する事も極端に難易度が下がった」


『その薬品の製造方法は?』


「まずは…」


 と言った感じで急に始まった質問。

 何がそんなに気になるのか俺にはわからなかったけど、記憶の整理にちょうどいいから気にせずに答え続けていた。なんだかんだで100近い質問に答えると1時間弱が経過していた。


『……一応、君の記憶も読み込んでいたが…これは想像以上だね~』


「おい、なにをひいてるんだ」


 さんざん人に質問した挙句ティスは露骨に引いていた。

 よくわからな質問に付き合ってやったのに、その反応は納得できずだんだん苛ついてきた。ちょっと本当にホログラムを殴る技術を一番最初に生み出したい。


『あぁ~すまなかったね。いや~いい意味でも、悪い意味でも完全に君の記憶力はだね』


「本当に失礼だな」


『気を悪くさせたら申し訳ないがね。さすがに生身だったころの私だって100年近い実験の詳細な内容を、くだらない小話まで含んで一言一句覚えるとかできなかったからね。その君の記憶力は常軌を逸しているよ』


「そんなにすごいか?使い道なんて大してないけどな…」


 記憶力を褒められるのは昔からあったことだが自分ではよくわかっていない。

 確かに大抵の事は一度見れば覚えられるが、誰かと比べたことがないからよくわからない。それにあくまで覚えられるだけだからテストなどで応用問題などが少し苦手だ。

 元の方法を使用して解く問題ならいくらでも解けるんだけどな。


 そんなこともあってテストの点数は80点前後、低ければ70点台の時も割とあるくらいだ。という事で正直、俺は自分を凄いと思った事はない。

 けどティスは、その記憶力に何かを見出しているようだった。


『うん……うん!君の記憶力は最高だね‼それがあれば私の記憶を全て受け止められるよ‼』


「おい、ちょっとまて…今凄く不吉なことを言わなかったか?『記憶全てを受け止められる』ってことは、もしかして半分でも人によってはきけんだったなんてことはないだろうな?」


『?何を当たり前のことを聞いているんだい。人間の脳の容量は決まっているんだから、それを超える記憶を取り込めば何かしらのデメリットがあるのは当たり前だろう?何の苦労もなく知識が手に入ると思ってもらっちゃ困るな~』


「っ!!!!!」


 したり顔で話すティスに言葉にならない怒りがこみあげてくる。

 でも引き継いでいる記憶と、昨日からの付き合いでも怒るだけ無駄なのがわかっているだけに怒鳴るのも疲れる。だが怒りが消えるわけではない。

 なにせ今の発言で危険性のある事を了承もなく実行されたのだ。


 結局は受けていたとは思うが、だからと言って危険なことを説明もなく実行されれば怒りくらい俺でも湧く。


『あ、もしかし怒ってしまったかい?私はどうも昔から人の感情には疎くてね。ま、君も人の事は言えないようだけど』


「ちっ…そう言えば俺の記憶も覗いてたんだった」


『そういう事でから変に感情隠したりしなくてもいいんだよ?』


「むかつくからその顔止めろ」


 もう思考まで読まれているのなら取り繕うだけ無駄、という事で感情を隠したりすることなく対応する事に決めた。ので、まずは目の前で鬱陶しい顔をしているティスを手で払いのける。

 ホログラムだから直接的なダメージなんてないけどな。


『おっと、では真面目に話を進めるとしようか』


「最初から……いや、無理だな。いいや、早く話進めてくれ」


『と言っても話すことはそんな多くないよ。残りの記憶を君に渡す、その後は本当に好きにしてもらっていい。私からの要望は退屈な世界をぶっ壊してほしいという事だけだからね~』


 ティスがそう言うと壁から記憶を引き継ぐための機器が姿を現した。

 先程リスクの話をしたばかりだというのに、何事もなかったかのように提案してくるティスに俺は呆れてしまう。


「なぁ?」


『なんだい?』


「さっきリスクがあるって言ったのに、なのに危険性のある方法を速攻で提案してくれてるんだあんたは?」


 人を利用するような発言とかだけでも少し苛立ちはするが、別に人間は基本誰かを利用して生きている生き物だというのが俺の考えだ。なので、そこま別に大きく苛立ってはいない。

 それでも最低限の配慮や常識のような物を持っていなくても、持っているように見せる努力くらいはするべきだと思っている。


 なので今回のデリカシーと言うか、被験者(俺)に対しての配慮のない物言いと提案にさすがに文句を言いたくなった。

 ま、案の定と言うべきかティスは『何を言われているのか分からない』とでも言うように首をかしげていた。


「はぁ……もういい、どうせ記憶は全部あった方がいいのは間違いではないしな。そっちの方が効率的なのはわかったよ」


『理解してもらえたならよかったよ‼これで君は正式に私のすべてを継承する事ができるよ‼』


 受け入れられると同時にテンション高くそう言ってティスが腕を振ると首筋に一瞬、チクッとした感触がして俺は意識を失った。ただこれだけ、なんで今回は気絶させられるんだよ⁉


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る