第2話 記憶の継承


 巨大な扉の先には病院のように無駄に綺麗な白く、そこに無数の機械らしきものが並んでいた。

 何故らしきと言ったのかは単純に俺には見たこともないような物ばかりだったからだ。配線のようなものは見当たらないし、操作するための端末のような物もどこにも見当たらない。


「これ…動いているのか?」


『もちろん動いているぞ遠き時の世界の人間君』


「誰⁉」


 ようやく同じ声が聞こえたので反射的に振り返った。

 しかし誰も見当たらず、周囲を見回してもスピーカーのような音声を発するような物も見当たらない。

 すると俺がきょろきょろとしているのが面白かったのか笑い声が聞こえてきた。


『ははは!そんなに探してもにはまだわからないよ。そうだね、もう見えるようにしてもいいかもしれないね』


 楽しそうなそんな声が聞こえると周囲の壁から光が照射されて空中に白衣を身に纏い、何かの機械的なメガネを付けたやぼったいボサボサな髪の男が浮かび上がった。


「ホログラム…?」


『正解!いや~ホログラムも知らないような原始人だったらどうしようかと思ったよ‼』


 浮かび上がった男は心底楽しそうに笑顔を浮かべると俺の顔を覗き込むように近づいてきた。ホログラムだとはわかっているが、実際にそこにいるような完成度に思わず後ろへと逃げてしまう。


『おや?これはホログラムだからぶつかる心配はない。そんなに警戒する必要もないよ?』


「今のは驚いて引いたけど、警戒する必要がないというのは…さすがに無理な話だな」


『ほう…一応、理由を聞いてもいいかい?面白そうだ』


 俺の話を聞いたホログラムの男は先ほどまでとは違い、どこか不気味な雰囲気を放つ笑みを浮かべて聞いてくる。

 あからさまに怪しい相手に正直に説明するのは少し抵抗があるけど黙っていても結果は変わらないからな。


「はぁ…俺にはこの施設の仕組みは何一つ理解できていない。そんな施設を自由に操作できるであろう相手に、完全に信用して無警戒で立っていられるほど俺も神経太くないんでね。壁の中からレーザーとか普通に飛んできそうだし」


『ふふっ、ふはははははっ!』


「⁉」


 返答を聞いたホログラムの男は腹を抱えるようにして全力で笑い出した。よく見ると目元に涙すら浮かんでいた。

 ここまで笑われるような内容だったか?と思わなくもないけど、この少しの間でなんとなくわかったが何か言っても聞いてくれるタイプではなさそうだし、適当に落ち着くまで待つことにした。


『あぁ~君、本当に面白いね~!来訪者が君のようなもので私は本当に嬉しいよ‼』


「それはよかったですね。で、いい加減この状況の説明をしてもらえるか?」


『おっと、そういえば何も話していないのだったね。では、そうだね~何から話したらいいか…まずはこの施設については、どうせこの後わかるようになるだろうし…』


 なんか上機嫌に説明し始めるのかと思ったら悩むように唸り始めた。

 別に難しい事を聞いたつもりはなかったけど、こんな施設を作れるような相手にははやっぱり相応の理由があったんだろうな。とか俺が考えていると、ホログラムの男は何か閃いた!と言った感じに笑みを浮かべていた。


『いいこと思い出したぞ少年!』


「それは俺の質問に答えるよりも重要ですか?」


『むしろ答えその物と言っても過言ではないね。なにせ私の持つ知識を全て継承してもらうのだから』


「…は?」


 何を言われても驚かないつもりだったけど本当に意味の分からない事を言われて頭が一瞬フリーズした。

 今の状況も確かにSFのようには感じてはいたけれど、今回は言われた内容が想像の斜め上で何より『実現不可能』だと無意識に強く思ったとき、急に俺の意思とは関係なく体が動かなくなっていた。


「な、なにかしたな?」


『その通りだ!正直に言ってしまうと私は言葉下手でね。話すよりも行動した方が早いと思ってしまうのだよ‼という事で、少々強引だが…実行させてもらうよ…ごめんね』


 とてもにこやかに反省などしていない態度で謝罪するホログラムの男に怒りがわくが、何かを言う前に俺の視界は塞がれ意識は遠のいていった。



 現実では数秒、しかし体感で数日にも数年のようにも感じる情報を頭に強制的に叩き込まれた俺はゆっくりと意識を取り戻した。

 意識が戻ると場所は変わってなかったが柔らかいソファーに横たえられていた。


『や~!記憶の継承は無事にできたかな?』


「あぁ…理解はしたよ。あんたは異星人でも未来人でもなく、大昔の人間だったって事もな。自分の脳を電子化して何億年も存在し続けた化物だったこともな」


 無理やり継承させられた目の前の化物の知識から現状は理解できた。

 理解はできたが、正直に言って現代の常識では考えられないような内容ばかりで混乱しっぱなしだ。それでも一つだけしっかりと感じている不快感を前面に出して答えたわけだが、目の前のホログラムの男は楽しそうに変わらず笑みを浮かべていた。


『ハハハッ!【化物】とはずいぶん懐かしい呼ばれ方だね。そして君の言っていた事は正しい、私はもう名前も忘れてしまったが自分で電子化して生きる事を選んだ狂人だ!』


「自分で狂人とかいうのか」


『もちろん‼君も覚えておいた方がいい、本当に狂った人間は自分が他人とは違うと理解したうえで、その生き方を堂々と選択できる者こそ一番狂った人間なんだよ?』


「…自分で言うか?」


 あっけらかんと自信満々に胸を張って言う目の前の男に飽きれながら言うと、なぜか意地の悪いにやけ顔を浮かべていた。


『君にだけは言われたくないなぁ~?記憶の継承と同時に少し君の記憶も読ませてもらったが、なかなかに屈折しためんどくさい思考をしているじゃないか。こういうのを君たちの時代では中・二・病というのではないのかい?』


「ぐっ⁉」


 完全に予想外の現代ならではの反撃に少しは自覚もあっただけにダメージを食らった。主に精神的にだけどな。

 まさか俺の記憶も読んでいたとは思わなかった。


「ま、まぁ…確かに俺も人とズレている自覚はある」


『そして直そうとも思っていないだろう?』


「……そうだな。正直に言ってしまえば、この状況にも恐怖より歓喜していたのは否定しない。ようやく退屈な日常が終わるって思えたからな」


 もはや嘘も何も意味はない。

 俺のここに来るまでの思考もすでに読まれている事は本当だろうと分かったから。無理やりに渡された知識だけれど、その中に俺の受けた知識のインストールの方法に関するものもあった。

 その中に逆に脳を読み取る方法もあった。


 そんな知識を持っていては嫌でも否定することの無意味さを理解させられるってもんだ。


『では、私が君に知識を渡した意味も理解しているかな?』


「あぁ…もちろん」


「『現代への手直し』」


 不本意ながら俺と白衣の男はハモリながら言った。

 すると白衣の男は本当に楽しそうに、少し不快になるほど大きな声で笑い出す。


『はっはっはっ!よく理解している。記憶の継承も本当に無事成功したようだ!』


「こっちは無事とは言いたくないけどな。不快な記憶もよこしやがって…」


『不快?それは私がうっかり?』


「それ以外にあるわけないだろ」


 どこか楽し気に笑顔を浮かべて話す男に少し苛立ちを覚えて話し方が乱れる。

 それでも送られてきた記憶には不快な物が幾つかあったが、中でも今話している内容は酷かった。


『まぁ不快にも思う事をあった自覚はあるがね。でも、君も私の記憶を見たのだから経緯は知っているだろう?』


「知っているし、言いたいことも理解はできる。ただな~やり方ってもんがあるだろっていう話なんだよ」


『…ふむ、確かにそうかもしれない。でも、やっぱりな~あんなこと言われたら我慢できるわけがない!は私の言葉に対して【現状においてそんなことは起こりえない、もし起こるとしたら新たな宇宙が同時に複数、近距離で発生して直後にブラックホールに飲み込まれるほどの確立だろう】などとぬかしやがったのだからね⁉』


「いや、その複雑で意味の分からない例えで怒るのは、今も昔もあんた1人だけだよ。証拠に賛同者誰も居なかったじゃないか…」


『そうなのだよ。あの者達は誰も私の話を理解できない愚か者たちばかりでね…少しは話の通じる君のような存在に会えてうれしい限りだ‼』


「はぁ……」


 俺の言葉にもむしろ楽しそうに笑う白衣の男にもはや呆れて溜息しか出ない。

 なにより、否定できない自分に対しても呆れている。


 正直に言ってしまえば強制的にインストールさせられた記憶に少し思考が引っ張られている、という事もないので白衣の男の言う通り元々の俺の性格の問題だろうな。

 ただ唯一、似ていないと断言できるのは『自分の主義のために、数億人規模の犠牲を許容して実行する』そんな決断を取れるほど俺は世間とのかかわりを諦めていないところだろうな。


「とりあえず、今後について話したいんだけど…明日でもいいか?」


『ん?何か用事でもあったのかい』


「いや、こんなんでも中学生だからね。下手に遅くなると捜索されたりすると最悪、警察だのって大事になって面倒だからな」


『あぁ~…そういう事だったのか。確かに見つかりはしないだろうけど、君がろくに動けなくなるのは困るな。仕方ない話の続きは明日からにしよう』


「なら、一度帰らせてもらうぞ。明日の今の世界の時間で午前10時には来るから」


『理解したよ。では、その時までに話す内容をわかりやすくまとめておくとするよ』


「そうしてくれ…」


 まだ話がまとまってなかったのか…とか言いたいことはあったけど。これ以上は色々あって疲れていたのもあって簡潔に挨拶して帰宅を優先した。


 ちなみに帰る時に使用するのは転送装置だ。

 地上と地下を行き来するための物で、最初に強制的に乗ったエレベーターはさすがに何度も山が揺れたら目立つので止めた。

 そうして地上に戻った俺は空が少し暗くなり出しているのを見て急いで荷物を背負って帰宅する。本当に夜の山に居るのは心配を掛けて明日、山へ行くことを禁止されてしまうかもしれないからね。


 結果だけ言えば何とか暗くなる直前に祖父母の家に帰ることはできて、少し注意されたが『地震のためしばらく動かずに様子を見ていた』と説明すると理解を示してくれた。

 ただ『次からは、連絡くらい入れなさい』と軽く注意されてしまったけどな。


 その日は色々あって疲れていたのか布団に入ると一瞬で眠ることができた。

 しかし継承させられた記憶のせいもあってか、寝ている間に見た夢は今までにないほどに生々しく…そして空しいものだった。

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