第7話 人造生命と今後


「ふぅ……わかったか。二度と人の癖と言うか、なんというか…そういう情報を勝手に使うのはやめろよ?」


『あ、あぁ~今後は気を付ける事にするとしよう』


 数分間に渡ってちょっと『あ・は・な・し』をした結果、ティスも俺の気持ちを理解したようで大人しくなった。俺だって怒ったりするのは退屈だからしたくはないのだけど、誰だって最低限のボーダーラインて言う物はあるんだよ。

 という事で、本題を置き去りにした寄り道はこのくらいにしよう。


 対話を終えて俺とティスは待たせていた人造生命の彼女の元へと向かう。


「待たせてしまった悪かったな」


「いえ、お気になさらないでください」


「そう言ってもらえるとありがたいよ」


 先ほどの態勢から微動だにしていなかった彼女は話してみると、本当に普通の人間と何が違うのか事情を知らなければ分からないだろう。

 これは人造生命が古代に研究や家事のサポートを目的として頻繁に作られた理由の一つだろうな。どんなに機会に慣れた社会でもロボットに世話をされる事に抵抗感を持つ人は多い、同じく他人にパーソナルスペースを侵されたくないと考える人も多い。

 けれど人造生命は注文次第では人間と変わらない見た目でロボットのように命令した事しかしないようにも、反対に人間には見えないロボットや現代で言う獣人のような見た目で機械以上に重度の高い指示にも従うようになど自由度が高かった。


『やぁ~酷い目にあった…あぁ、彼女は名前がまだ未登録だから君が付けて上げてくれ』


 少し遅れて部屋にきたティスは疲れたような様子だったが、すぐに入り口付近で待機している彼女を見つけると名前がまだないと言った。もう何かしら適当に名前つけてるのかと思っていただけに、急に名前を付けろと言われて驚いたわ。


「俺に丸投げかよ…そうだな。だったら『日村ひむら 奈々なな』っていうのはどうかな?見た目的にも日本人で問題なさそうだしな」


『おぉ~!いい名前じゃないか』


「わりとありふれた名字と名前を組み合わせただけだよ。そんな簡単にオリジナルの名前なんて思い浮かぶわけないだろ」


 実際にどっかの漫画やテレビで聞き覚えのあったものを組み替えただけだしな。

 そんなことまで説明するつもりはないけど、瞬時に思いつく名前としては及第点だろう。


「私は…日村…奈々?」


「あぁ、それが君の名前だ」


「わかった」


 まだ作り出されてから大して時間が経っていないからか、どこかぎこちない喋り方で話す人造生命。ではなく奈々に少し子供を見ているような気分になる。

 まぁ見た目は子供とは圧倒的にかけ離れているんだけどね。


『う~ん、まだしっかり話すのには時間が必要そうだね~』


「あぁ本当に生まれたばかりなんだな」


『そうだよ!でも、明日までには設定どおりのスペックを発揮できるはずだよ』


「なんかいい方は微妙だけど、それなら安心だな」


 ちょっと見た目が普通の人間すぎて機材なんかのような言い方をされると複雑な気分だ。でも、こんな感情を向ける事ができるというのは俺が、まだしっかりとした倫理観を保てている証拠でもある。

 つまり記憶を継承したからと言って性格や考え方までティスの影響下にあるわけではないという証明になる。


 そこには少し安心感を覚えた。


 でも、今はそれよりも進めなくちゃいけない話が無数にある。


「それで奈々を変わり身にして会社を興すってことでいいのか?」


『そうだね~現実的にこの方法が一番いいだろうね。なにせ私は肉体を持っていないし、君は子供だしね~』


「うるさい。年齢はどうしようもないだろう」


 どこか少し馬鹿にしたように話すティスに腹が立つが感情的にはならない。すでに一回怒りを爆発させた後だし、今すぐに同じことをしていたら時間の無駄だ。


「なら、最初の問題である奈々の戸籍を何とかしよう。その系統はまだ書類で保存しているようなところもあるだろうし、適当にハッキングして捏造した後の一工夫が必要だろう」


『確かにそうだね~ついでに会社を設立しても不自然じゃないお金の流れも作っておこう』


「それも必要か。後は適当に協力者もいたほうがいいけど、それは追々でいいか」


『必要以上に私たちの技術を伝えるわけにもいかないからねぇ』


 と言う感じで、今後本格的に動くための下準備が非常にめんどくさいレベルで話し合いが必要なのだ。正直に言ってしまえば中学生でしかない俺にはついて行けないような話なのだが、なんとか引き継いだ知識のおかげで話を理解して会話が成立していた。

 そんなときに視界の端にいまだに直立不動の奈々を見てもっと根本的な問題点にも気が付いた。


「彼女の現住所をどうするかも考えないとだな」


『あぁ~現代では住所などの正確な情報が必要なんだったね!』


「そうだ。ティスの時代だと全て電子のやり取りで済んでいる場所は大して関係なかったようだけど、今の地球の文明はそこには後数百年は追いつかないだろうからな」


 引き継いだ知識の中にあったティスの時代の世界は本当に発展していた。

 現代で言うSFの世界よりも更に発展して一部では夢で見たような科学者などの技術者の集まりもあったが、大半の会議も会食も電子世界ですべてが済んでしまうので現住所は大して重要視されていなかった。

 でも、現代は何かと現住所が必要になることが多い。


「俺の家はさすがに無理だし、と言うか奈々は食事とかは必要なのか?」


「なくても、問題はないです」


『一応、人間の肉体と機能面では同じだけどエネルギー効率だけは人工生命の方がいいかならね!たいていは1~2ヵ月くらいは飲食しなくても生きていけるようになっているよ』


「そうだとしても普通の人間に交じって会社を設立してもらったりするなら、一定のリズムで食事をとらないと不信に思われるだろ」


『確かに今の時代だと人造生命はなじみがないから不味いか~』


「普通にアウトだな」


 現代のネットを好きに行き来して知識を蓄えていてもティスの感覚はどこかズレている。普通に考えて現代では存在のしない人造生命は現代社会では浮いてしまうのを理解できるだろうけど、そこも理解できないんだよな。

 そこは今更か、ズレている部分は俺が修正する事にしよう。


「まずは普通の人間がする動作を習慣付ける必要があるな」


『それだと少し会社の設立が遅れるかもしれないね』


「仕方ないだろう。なにより俺も高校受験が終わるまでは満足に手伝えないし、ちょっと遅れるくらいで問題ない」


『…君ほどの知能で受験勉強なんて必要なのかい?』


「別に勉強は程々で問題はないけど、下手に記憶力がいいのが周りにばれるとめんどうなんだよ。人間は自分達と違う存在を忌避する傾向があるから、そこを注意してんだよ」


『なるほど、人間は変化に弱いのは今も昔も変わらないのだね~』


 どこか疲れたようにしみじみとティスはそう言った。

 記憶を見た限りでもティスは周りとうまくいっていなかったからな。もちろん大半は性格に難があるのが原因だけど、常軌を逸した天才性に周囲が勝手に避けて気味悪がっていた事も原因の一つではある。


「生物としての本能だろうから仕方ない部分ではあるけどな。そんなことよりも、だからこそ奈々もできる限り違和感を持たれないようにする必要があるんだよ。理解できたか?」


『理解したよ。では、奈々に常識を教えるとして…どうやって?』


「……一般人の生活風景を見せて真似させればいいんじゃないか」


 いざ教えると言っても何をどう教えればいいのかは俺にも分からない。一般常識なんて誰かに教えてもらうっていより、生きてきた中で自然と身に就くことの方が多いからな。

 もしズレていたとしても周囲との違いに気が付いて修正して大人になっていく。

 それを教育するってなるとどうすればいいんだろう。


『そんな適当な…でも、今できるのはそれが限界かもね』


「教えるって言っても、俺も女性の常識とか分からない部分あるからな」


『私も女性と縁がなかったしね~』


「お前は単純に興味がなかっただけだろ」


 引き継いだ知識を見る限りではティスは別に持てなかったわけではないし、行為を向けてくれる女性は一定数いた。でもティスは気が付いた上で無視した。

 特に人との付き合いという物に価値を見出していないからだ。


 その証拠と言うわけではないが、こんな話をしていてもティスは楽しそうに笑っていた。


『はははっ!研究の方が楽しいんだから仕方がない‼君だって趣味優先のくせに~』


「そこは否定しないけどな。単純に人と関わるのは面倒だし」


『同感だね~』


「だよな~」


 人間関係に関しては俺とティスの価値観は一致していた。

 あんま良い一致ではないのはわかっているけど、こればっかりは仕方がないよな。人間関係を円満にするために努力するのが無駄に感じてしまうんだから。

 でも、自分がズレているのをわかっているからこそ奈々にはある程度の社交性を持たせるべきだとも思っている。


「ひとまずは必要そうな情報には無制限に触れる事が出来るようにしておくか」


『そうした方がよさそうだね。後は会社を経営するのに必要そうな最低限の知識も加えて、1カ月ほどを目安ってところかな?』


「いや、念のために学習装置も使ったうえで最低2カ月半。経過を見て不足なら最大で5カ月は教育に費やそう」


 これは話しながら考えていた奈々の教育に使える最大限の時間だ。

 でも、ティスはすぐにでも動き出すと想定していたようだから不思議そうにしていた。


『いいのかい?だいぶ時間を使ってしまう事になってしまうけど』


「さっきも言ったけど、すぐに動くことは現実的に無理だ。なら万全を期して準備をしようって話だよ。ついでに何もしないわけでもない」


『ほぉ~何をするつもりなんだい?』


「別に大したことじゃない。戸籍などは会社の設立とは関係なく作り、その名義で株なんかをやって資金をまずは増やす。停学なら俺が出せるからな」


『君そんなお金持ってるの?』


 もの凄く意外そうにティスは見てくるが、俺だって別に趣味に所持金全部をつぎ込むような性格はしていない。と言うか中学生だと自由に行動できる範囲なんかも限られるし、親にねだれば料金を肩代わりしてくれることもあるから大して大金は使わないで済んでいるだけだ。


「今の貯金は20万程度だけど、1円もないよりはましだろ」


『そうだね。現代の現金は私は持ち合わせていないし、違法に手に入れる方法もあるけどリスクが高いからね~バレない自信はあるけど、それこそ不信だ』


「だから資産の管理して少しずつ増やして会社を設立するのが来年の始め。変に疑われないために本格的に動き出すのは2年後からだな」


『う~ん、少し悠長すぎるとは思うけど仕方ないね。私には現代の人間は不用心にしか感じないけど、君が言うならそれが最善なんだろう』


 少し複雑そうではあったけど説明を聞いてティスは納得した様子を見せた。

 今の説明の考えて出した結論と言うのは本当だ。でも、正直に言ってしまえば期間を短くすることはいくらでもできる。

 だけどそうすると俺が楽しめないから遅くしたのだ。


「最善かは知らないけど現実的に俺が参加しやすくなるのが、そのくらいって話なんだよ」


『あぁ~なるほど』


 そう言うとティスはすごく楽しそうに笑みを浮かべた。

 同じタイプなだけに俺の内心をわかっているのだろう。こんな楽しい事を自分抜きで先に進められるなんて我慢ができないんだよ。


「という事で、もう少し細かく予定を詰めよう。俺がこっちに居られるのもあと数日だからな」


『君の記憶にもあったね期限が決まっている休日だったかな?』


「まぁ…その認識で間違ってはいない。だから帰るまでにできる限り決めておきたいんだよ。向こうで頻繁に話すのはできなくはないけど、一々確認し合うのも手間だしな」


『それはそうだね。私も逐一報告なんて性に合わないし!』


「なら始めよう」


 俺とティスの2人は傍から見れば凶悪にも思える笑みを浮かべて、詳細な今後の展開を話し合って決めていった。

 別に誰かと戦うわけでも、人間を滅ぼしたいわけでもないが邪魔だけはされたくない。誰であろうと自分達の世界に新たな刺激を生み出す邪魔をするなら排除する。

 そんな共通認識の下でちょっと物騒な楽しい話し合いは日が暮れるまで続くのだった。

 

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