第7話 パーティ会場でアーノルド様と
「じゃあ任せたよ」
父は私を置き去りにして、どこかへ行ってしまったのである。
ここにはアーノルド様以外にも、たくさんの男性がいらっしゃると言うのに!
「あ、あの、こんなところで、父が失礼を申し上げまして……皆様がご歓談中のところに……」
私は真っ赤になって謝った。
アーノルド様は真面目な様子で、静かに見つめていたが、他の方々はにこやかに笑っていらっしゃった。
「失礼いたしました。私は、アマリア・ダラムと申します。あの、リンカン様の婚約者です……の。一応……」
「一応?」
その場にいた陽気そうな青年が突っ込みを入れてきた。
「本当は違うの?」
「ええ? あの、いいえ。そうではなくて……」
ああ、私は本当に話が下手。
「父が決めたお話ですので、もしかしたら、アーノルド様の意にそわないお話かもしれないなあと、心配だったものですから……」
どんどん声が小さくなる。
本当に私は自分に自信がない。
アーノルド様のお友達は、なんだか愉快そうで、自分から自己紹介してくださった。
「アンドリュー・ギルフォード。アーノルドの悪友だ」
「僕はマイク・ホートン。あなたの従兄弟のフレディから話を聞いているよ。とてもかわいらしいお嬢さんだって」
「か、かわいらしい?」
私はふてぶてしいと思っているのだけれど?
あの家で暮らしていくには、相当ふてぶてしくないとやっていけないと思っている。だって回り中敵だらけだ。
その場にいた数人の青年は、口々に笑い出した。
「とても可憐でかわいらしい。そう思っているよ」
なぜかムスッとしていたアーノルド様が、悪友?達に宣言した。
「婚約者に話しかけないでほしいな」
途端に周りは声を立てて笑い出した。
「おやあ。アーノルド、君はそんなに独占欲の強い男だったのか」
「婚約者ならいつだって会えるだろうに」
アーノルド様は一番私のそばにいた。思わず顔を赤らめてしまう程に。
「会えないから困っているんだ。今日はチャンスなんだよ」
彼は、すぐそばの私にしか聞こえないくらいの小声でそうつぶやいた。
「アマリア、ちょっとだけ」
彼は手招きして、そばにあったソファに私を座らせた。
悪友どもは、「特別を持って許す!」とか「十分間の時間制限あり!」などと勝手なことを口々に言いながら少しだけ距離を置いてくれた。
久しぶりに会うアーノルド様は、子どもの頃と、全然、何かが違っていた。
ずっと背が伸び、大人っぽくなって、しかも今夜は夜会服でピタリと似合っている。本当に、とてもすてきな男性になった。
大人にはなったけど、よく見れば同じアーノルド様。気楽で安心な知り合いのはずなのに、なんだか居心地が悪かった。
子どもの頃は、おもちゃだとか本だとかを一緒に見ていたのに、今は、私に視線が吸い寄せられている。
「ねえ。本当に会いたくなくて、あのお茶会はすっぽかしたの?」
私は一生懸命首を振った。
会いたくない訳じゃなかった。
義母と義妹に閉じ込められて、会えなかったのよ。
でも、こんな話、家の恥じゃないかしら?
「本当に体調が悪かったのです。熱があって……」
私は嘘を言った。
「アーノルド様にうつしてはいけないと義母から言われましたの」
これくらいの嘘なら許されるだろう。
アーノルド様の目が細められた。
「僕は、グロリア嬢から、秘密だけど本当のことだって、あなたが僕に会いたくなくて仮病を使ったんだって聞いたんだけど」
「えっ?」
私は真剣に驚いた。
だって、グロリアは、私に向かって、『お姉さまは変人で、アーノルド様を嫌いで、会いたくないと仮病を使ったのって、お知らせしてあげたわ!』と言ってたけど、まさか本当に、アーノルド様に、そのまま伝えていたとは思っていなかったのだ。
あれは、グロリアの私に対する嫌がらせに過ぎないと。
だって、あまりにもリンカン家に対して失礼な言い分ではないか。
今後、私だけではない、当家のダラム家まで、これでは何を言われるかわからない。
「違うのか?」
「あ、当たり前ではありませんか。当日、寝込んでしまっただけでも、大変な失礼ですわ。会いたくないなどと、そんな……」
アーノルド様がやわらかく微笑んだ。
「よかった……」
私はどんどん体温が上昇する気がしてきた。
よく知ってる馴染みのアーノルド様なのに、なぜ、こんなにドキドキするのかよくわからない。
ちょっと怖くなって、周りに目を逸らすと、そこここで談笑している人たちが目に入ってきた。
冷静になると、知っている方々が大勢いた。
義母と義妹が来る前は、もっと小規模なパーティーに招かれたり、母が元気だった頃は家でも親しい人たちを招いて、よくパーティをした。
あ、あれはギブソン伯父様だ。伯母様もご一緒だ。
目が合うと、伯父と伯母はニコリと笑って目礼してくれた。
私も思わず、礼を返す。
嬉しい。可愛がっていただいていた。
「ギブソン卿だね」
「伯父ですの」
「知ってるよ」
あれは、マーガレットだわ。誰かと熱心に話し込んでいる。
ここ五年ほど会えていなかった。
「マーガレット・ハリソン嬢は知り合いなの? 話しているのは婚約者のウィリアム。ローウィン伯爵の跡取りだ。来春、結婚する」
私は思わず声を弾ませた。
「マーガレットは母の友達の娘で、夏の別荘が近かったので、よく遊びましたわ。でも、結婚間近だなんて知らなかったわ! お祝いを言わなくちゃ」
「マーガレット嬢は、あなたから絶交するという手紙をもらったと言っていた」
私は鋭くアーノルド様を見返した。アーノルド様は繰り返して言った。
「お茶会に誘ったら、今後このような気遣いは無用ですという返事をもらったそうだ」
私は唇が震えた。
義母だ。義母の仕業だ。
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