第2話 アーノルド様からの婚約申し込み

そのしばらくは結構長く続いた。


その間、私は自宅で繕い物をしたり、本を読むくらいしかやることがなかった。

唯一、人の役に立ったのは父の手伝いで手紙を整理したり、帳簿を付けたり、計算のやり直しをしたことくらいだろう。


「うーん。この変な手紙、何回目かしら」


それはいつも義母宛に送られてくる汚い手紙だった。下手な字で書いてあって、封筒も安物だった。最近、回数が増えた。


今日の手紙には『伯爵に見せろ』って表書きに書いてあった。


「本当に変」


ちょっと悩んだけど、私は封を切らずに父の文書箱にその手紙を入れて、そのあと忘れてしまった。



季節は春でだんだん夏に移り変わっていく頃だった。


空は明るいのに、私は何もできなかった。ずっと家に閉じこもっているしかなかった。


侍女のメアリに言わせると、グロリアは、私の社交界デビューのパーティの後始末のために頑張ってくれているそうだ。


「アマリアを招いてくれる招待状もあるにはあるけど、事情を話すとグロリアに差し替えを快諾してくださる方も多いの」


書斎の前を通りすがりに、義母が機嫌良さそうに父に説明しているのを聞いた時、私はもうだめだなと思った。


「せっかくのデビューをあんな格好でダメにしてしまって。まあ、アマリアに近づきたいと言う男性は誰もいなかったのだから、どうしようもなかったけれど」


義母は、地方の男爵家の出身で再婚、妹のグロリアは義母の連れ子だった。


グロリアは明るく陽気で派手だ。きっと男性には人気なのだろう。


書斎の扉が少し開いていたので、両親の話はよく聞こえる。



貴族の娘の至上命題は結婚。

貴族でなくても、若い娘なら結婚は一度は考えてみるべき将来の進路だと思う。


でも、結婚できない、誰にも選ばれない娘もいる。


その場合、家に残って、家事や家政の手伝いをすることになる。私は文句を言わない方なので、義母と義妹はその方が都合がいいと思っているのだと思う。少なくとも、お給金を払わなくていいわけだし、役には立つと言っていたから。


義姉なんてうっとうしいので、どんなところでもいいから嫁に出したいのかと思っていたがそうではなかったらしい。


だが、その時、父の声が響いた。


「リンカン伯爵家のアーノルドから、アマリアには申し込みがある」


私はびっくり仰天した。


椅子が動くガタンとか言う音がしたから、義母もびっくりしたらしい。


「え? あのリンカン伯爵のご子息からですか? どうしてですか?」


父が、ちょっと黙り込んだ。


「どうしても、こうしても、頃合いのご縁ではないか。向こうの希望で申し込みがあったのだ。何も不思議はあるまい」


「リンカン家のアーノルド様と言えば……長子でしたわね?」


「そうだな」


「この家を継ぐのなら、次男か三男の方の方がよいのでは?」


「それはそうだが、今の話だと、アマリアの相手をしてくれそうな方がおられないそうじゃないか」


「……ええと、グロリアの間違いではございませんこと? よく招かれたりしていますわ。夜会でご一緒することも多いとグロリアは言っていました」


「昔からよく知った家同士の仲だ。姉妹の名前を間違えるなどと言うことはない」


義母は少し考えているようだった。


「あなた、この話はアマリアには少し黙っておきましょうよ」


「どうしてだ? 今の話だと、アマリアには、ほかに選択はないようだが」


「ええと、でも、万一勘違いだっただなんてことになったらきっとアマリアは傷つきますわ。グロリアに確認させてみたいですわ」


「下手にグロリアをアーノルド殿に近づけない方がいいぞ? 破談になったら、困るのはアマリアだ。それに、アマリアは全然モテないみたいじゃないか。この話を逃したら次はないんじゃないか。承諾しておくから」


「でも、あなた……」


二人が書斎から出てくる気配がしたので、私はあわててその場を去った。

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