第5話 パーティ参加のチャンス
「あなたに最後のチャンスを与えなさいと、お父さまがおっしゃるのよ。無駄だと一生懸命、止めたのに」
数日後、義母が妙に鬼気迫るドレスメーカーを引き連れてやってきて、宣言した。
とても、嫌そうだった。
「伯爵がご自分で依頼されたのよ。ドレスを作ってやれって。男性がこういうことに口出しすると、ろくなことにならないのに」
私は父に感謝した。
「あなたみたいな男ばかり追いかける、下品な娘じゃどこでも通用しないと何回も言ったのよ。しかも、お話が下手だしね。話題の選び方がなってないわ。社交界の噂も知らないし、いつもみすぼらしいなりばかり。自分ではいいと思っているのかもしれないけど」
服を買ってもらったことがないので、みすぼらしい恰好になってしまうのは仕方ない。
「ドーソン夫人、この娘は何を着ても似合わないのよ。下品で。だから適当でいいわ。値段はできるだけ抑えてちょうだい。その分は、今度作るグロリアの分に回して」
ドレスメーカーのドーソン夫人は、かしこまりましたとだけ答えた。
「なんだったら、誰かのお古でいいのよ。どうせ伯爵にはわからないと思うの。その分はグロリアの支度に回るから、決して損はさせないわ」
自分の部屋に戻ればいいのに、義母はずっと付きまとって、その生地は高すぎるとか、リボンは要らないとか、古着はないのかとしつこく聞いていた。
その都度、うまいこと返事するドーソン夫人に私は感心した。
「古着でもよろしいのでしょうが、探すのに時間がかかりますのよ。やはりドレスはお高いですから、ご親戚の間でお直しして着回す方も結構おられまして、よほどくたびれないと、古着にならないんでございます。夜会に間に合わないと存じます。少なくともサイズは合っていないと、伯爵さまがさすがにお気づきになると思いますの」
「おリボンは、安くて結構と存じますわ。お花のコサージュなどで飾ると高くつきます」
似合わない色を選んで勧めてくるのには閉口したが、ほんとかウソか知らないが、ドーソン夫人が「今の最新流行の色でございますね」と答えたので、あっという間に撤回していた。
「まったくもったいないわ。何回、パーティに出ても同じだと言うのに。しかも、バーガンディ伯爵家主催のパーティに出すだなんて。婚約どころか絶縁だなんてことにならなければいいですけどね」
バーガンディ家は、当家と縁戚に当たる。だが、同じ伯爵家でも、格式はうちより高い。歴史の長さが違う。夫人は侯爵家の出身だ。
何とかそのパーティで挽回したい。
でも、もしダメだったら、どうしたらいいかしら。
最近では、悪い方にばかり頭が回ってしまう。
アーノルド様に会えなかったお茶会以来、家の中の雰囲気は相当変わってしまった。
それまでずっとおとなしく、はいはいと言うことを聞いていた私が反論したからだ。
あの時私のドレスの裾を踏んづけて破った侍女は、私の顔を見るとおびえたような表情をするようになった。
私が自分自身でドレスを踏んでいたと言う証言をした手前、私は嘘つきと言うことになっている。だから、被害者ぶるのだ。
本当に悲しかった。悔しいのもあるけど、この家に私の居場所はない。
真実を知っている者もきっといるのだろうけど、義母や義妹が怖いので、絶対名乗りでない。
義母は、私の反抗が嫌になったらしく、いずれどこかに奉公に出そうと方向転換を考えているらしかった。
ただ、まだ十七才の今、勤め人として家から出したら、伯爵家が非難される。
十分、嫁に出せる年頃なのに、伯爵家は何をしているのかと。
そこで、社交界で、結婚できないくらい変わった令嬢だと言う噂を撒いて、婚期を逃すまで家で飼い殺しにして、その後、家から追い出す。
貴族令嬢と言うことなら、噂を知らないどこかの商家の令嬢の家庭教師くらいなら務まるだろう。
侍女長と義母がそんな話をしているところに通り合わせてしまった。
「あんなに大きな態度の、曲がった性格だなんて、思っておりませんでしたわ」
メガネをかけた馬面の侍女長が、義母の機嫌を取っていた。
「だから、下手に嫁がせると実家の悪口を言いそうで怖いのよ」
義母が説明した。
「このまま、家に置いてやってもいいと思っていたのに。本当に、困った身の程知らずだこと。父親に向かって、自分のドレスを要求するだなんて」
「大きなパーティに出られるのですよね?」
馬面の侍女長が聞いた。
「そうなの。参加者も多いわ。その分、徹底的な粗相があれば、逆に、皆さまにわかっていただけると思うのよね」
義母がニヤリと笑っているのが見えるような気がした。
社交界、怖い。
特に私は会話術がゼロ。いろんな粗相をやらかしそう。
それに場慣れしていない。まったく男性にモテないのは、前回のパーティでよく分かった。
男の方って、もっと刺激的な体つきと華やかな顔立ちがお好きなのですね。
私のような顔立ちでは、顔を見せることもはばかられる。
でも、そうもいっていられないの。
このままだと、本当に飼い殺しになって、女中のようにこき使われ、花の盛りが過ぎるのを待ってから、どこかに売られるようなもの。義母の手が回った商家で働かされるとしたら、お給料ももらえないかもしれなかった。
「がんばらなくちゃいけない……」
頑張りようがないけど……
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