第12話 私にできること

私は話題の選び方が下手で、社交性に乏しい。空気が読めない。


ドレスの選び方もわからない。


社交界に出ない方が、いいのかもしれない。


だけど、やらなきゃいけないと心の中で何かが言っている。


「それならそれで、準備がいる。そして、出来るだけ早く社交界に復帰しなくては」


私は独り言を言った。



義母と義妹は、お父様の手によって官憲につき出されている。


あとは、私に冷たい態度をとる家の中の使用人だけだ。


社交界に乗り出すのに、侍女は必需品でどうしても誰か欲しかった。グロリアの侍女なんか使って、毒でも混ぜられたらたまらないわ。



だが、二人が官憲に連れられて家を出たら、使用人たちの様子は一変していた。


全員が私に媚びてきたのだ。


執事は、これまで廊下で通りかかっても、私が道を譲っていた。

まるで下女に対するかのように、いつもふんぞり返って、目もくれずに忙しいんだぞと言わんばかりだった。


それが、廊下で会うと、にっこり笑って慇懃いんぎんに何かご用がございませんか?と聞いてきた。


「何の用事ですか?」


こっちが不安になる。


女中頭と侍女たちからは、細々とした嫌がらせを受けてきた。


使うはずのものが、直前でなくなったり、一番困ったのが、私の服や細かな宝飾品、ヘアピンやリボンなどが捨てられたり、隠されたりした。

女中頭は、私のことを陰で穀潰ごくつぶしと言っていたし、女中たちも、少しは、家事を手伝うとか、働けばいいのにと噂していた。


私のことをこの家の娘だという感覚がなかったのだと思う。


用事を頼んでも、嫌な顔をしたし、嫌な顔をされたらこちらも萎縮してしまって、だんだん用事を頼まないようになってきていた。


今、彼女たちは何もすることがないので、ぶらぶらしている。



私は思い切って、リンカン夫人に侍女をお願いすることにした。


翌日にはアーノルド様がやってきてくれた。


「水臭い」


彼は言った。


「婚約者の間柄だ。もっと色々頼んでくれ。ダラム伯爵のことは気の毒に思っているよ。僕の父、リンカン伯爵も動いてくれている。彼も元の部下たちも、震え上がっていてね」


この前のパーティで会った方達かしら? 何を震え上がっているのかしら?


「そう。その人たちだよ。同じ戦場で戦っていたからね。彼らだって、標的になっていた可能性があるんだ。もしかしたら自分だったかもしれないと思うと、他人ごとではないんだろう。ある種のハニトラだよね。しかもよくできた証拠書類だった。なかなか見抜けないって聞いたよ」


リンカン夫人が急いで使用人を探してくれているらしい。


「取り急ぎ、うちのハンナを連れてきた」


ハンナは中年の痩せて厳しい顔つきの女性だったが、私を見た途端、頬が緩んだ。


「まあ! アマリア様! 大きくなって!」


思い出した。リンカン家でお世話になっていた時、世話になったあのハンナだ。


私は思わず泣きそうになった。

何も心配がなかった頃の思い出に連なる人だ。


「大丈夫です。エリザベスも連れてきました」


ハンナの後ろからヒョコっと顔を出したのは、私と同い年くらいの少女だった。


「おとなしいのですが、これでも十八になります。髪結やドレスの着付けはうまいのです。侍女にちょうどいいと思って」




ハンナが来てくれたので、女中頭にはやめてもらった。

二人もいたらおかしいから。


「何様のつもり? 解雇するのは伯爵様ですよ? このドラ娘」


メガネをかけた馬面の女中頭兼侍女長は、取り乱して食ってかかってきたので、父の帰りを待った。


「ハンナでございます。ダラム伯爵様。お久しぶりでございます」


父は疲れているようだったが、ハンナには見覚えがあったらしく、すぐに気づいてリンカン夫人は息災かと聞いた。


「大変ごきげん麗しく。今度、アーノルドぼっちゃまの婚約が決まりまして、これほど嬉しいことはございません」


「まだ、確定ではない。アーノルド殿の意向もあるだろうし」


ハンナはクスッと笑った。


「ぼっちゃまに、異存はございませんでしょう」


元の女中頭の顔色はどんどん悪くなっていた。父とハンナが顔見知りだなんて思っていなかったのだろう。


「それで、お父様、ハンナがいれば、スミス夫人の必要はありませんわ」


私は言った。例の馬面の女中頭はスミス夫人という名前だった。


「そうだな。暇をとらせなさい」


「あの、旦那様」


スミス夫人は弁解に必死になったが、私は割り込んだ。


「義母や義妹と一緒に私の物を盗ったり、捨てたり、用事を断ったり、掃除を言いつけたりする女中頭は困りますわ」


父はギロリと目を剥いた。


「本当か」


「全部、ジョアンナ様やグロリア様のお言い付けですわ。主人に忠実に従っただけです」


ジョアンナ様やグロリア様なんか、もういません。最初からいなかったのですわ。いたのは詐欺師とそれに付け込んで我が家の名誉を貶めた愚かな娘だけ。


でも、こんなことを言うと、父が悲しむ。私は簡単に言った。


「私に解雇権はないので、伯爵の命令でないとダメだそうです」


「今すぐ、やめてもらえ」


父は簡単に言った。


「それから、今後とも、執事以外の雇入れや解雇はアマリアの命令に従うこと。わかったね? ハンナ」


「かしこまりました」


ハンナは嬉しそうだった。スミス夫人は衝撃で動けなかった。


「スミス夫人」


父が言った。


「聞こえなかったのか。今すぐ出ていけ」




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