第4話 終わらない夏

〈エダやん こと枝川聡えだがわ さとるの場合〉




 あっきー、普通に振る舞っていたけど、ありゃぁ、落ち込んでんなぁ……。


 バイト帰り。

 俺はあっきーの後ろ姿を見送ってから、あっきーとは反対方面へ自転車を走らせた。



 昼間に、あっきーが、みんなで花火大会へ行こうと言って、その返事がユーキとヨッちゃんから来てて。さっき見たら、みんな忙しそうで行けないことが決定した。


「うん。まぁ、仕方ないかぁ。二人とも受験生だもんな」


 って……。なぁに呑気に言ってんだよぉ。

 俺達だって、受験生だかんな? 入試テストが無いってだけで!


 余りにも他人事の様に言うので、思わず心の叫びをそのままに突っ込んでしまった。


 俺とあっきーは、同じ専門学校へ行く事になっている。学科は違うけど、たまたまお互いのやりたい事が、その専門学校にあったからだ。試験はないけど、書類選考はある。作文も書かなきゃいけない。絶対に合格するとは、限らないのだ。


「花火大会かぁ……」


 まだ日が沈まない明るい空を見上げる。

 

 確かに。高校三年の夏は、いま、この時だけで。今まで、ずっと四人で居たから、これが当たり前になってるけど。この当たり前も、残りわずかなんだなと、ふと思った。


 来年の春には、このは、無くなるんだ。そう思うと、全員が揃う最後の夏休みに、夏らしい思い出もなく、このままバイトと家の往復も、なんだか味気ない。きっと、あっきーも同じ気持ちだったんだろうな。

 だからと言って、俺も予定があるし……。


 さっき別れたばかりの、あっきーの後ろ姿を思い出す。


 しっぽ、さがってたな……。


 実際には、しっぽなんて無いけど。俺には見えた。いつもは、くるん! と丸まってるしっぽが、確かに下がってた。


「はぁ……。んーーー……。あーーー……。あ゛ーーーっ! もうっ!」

 

 ガシガシと頭を掻き、鞄からスマホを取り出す。

 他の花火大会の日程はどうだろうと思って、自転車を端っこに寄せて止め、花火大会の日程を調べた。

 俺達の住む町の近くだと、あっきーが調べたものだけで、後は少し遠いか、めっちゃ遠い。ユーキやヨッちゃんは塾があるから、やっぱり難しい様に感じた。


 どうにか頑張って、俺だけでも一緒に行くかな……。


 俺はどうにも、あっきーに甘い。あっきーを見てると、弟の小さい頃を見てる感じがして、ついかまってしまう。と言っても……。俺の弟はもう高校一年なんだけどね。


 ばあちゃん家へは朝行くし、昼まで居たら大丈夫だろう。泊まるのは弟が泊まれば、ばあちゃんは満足だろうし。

 そんな事をツラツラと考え、俺は「よしっ!」と一言あげた。


 とりあえず、親に相談して、OKが出ればヨッちゃんに相談してみよう。そう思ったら、少しだけ楽しみになって来た。あっきーも喜ぶかな。喜ぶと良いけど。


 そうと決まれば、俺の気持ちは少し軽くなって、自転車を走らせる足も軽くなって。そのまま明るい空の下、家路に着いた。



 花火大会当日。


 朝から、親父の運転でばあちゃん家へ向かった。車で二時間弱。遠くもなく、近くもない距離。だけど、ばあちゃん家へ近づくにつれて、車窓の風景は田舎そのものになっていく。畑が増え、民家が少なくなっていき、空が広く見え始める。

 田舎の風景には、蝉の声がよく似合う。雲一つない空は、突き抜ける様な青さを持って、雨も降りそうにない。これなら、花火大会も無事開催されるだろう。


 ばあちゃん家に到着し、まず親戚達に挨拶。そして、みんなで墓参りへ行く。墓参りから帰ると、少し遅めの昼食の時間だ。時計の針は間も無く午後一時を指そうとしている。

 俺は電車の時間を調べ始めた。車で二時間だけど、電車だとその倍の四時間かかる。電車の乗り換えの為の待ち時間が殆どだ。乗り換えがスムーズに行けば、もう少し早く着くだろうけど。田舎はそうも行かない。田舎だからこそ、電車が一時間に一本しかない。しかも土日は、一時間に一本すらない時間もある。案の定、今日の電車は二時間に一本だった。特急どころか、快速も止まらない駅だから、仕方がない。


 俺は時計を見遣り、頭の中で計算する。多分、ヨッちゃん達との待ち合わせには、間に合うか。

 俺は、ばあちゃんに三時台の電車で帰る事を伝えると、ばあちゃんは大袈裟なくらいにガッカリした。母さんが「これでも一応、受験生なのよ、義理母おかあさん」と、ばあちゃんに言ってくれたお陰で、帰れる事になった。


 中学くらいからか、俺はあまり田舎に行かなくなって、泊まる事も少なくなった。最近は、年に二度しか来ないから。余計に寂しがる。仕方ないけど。ごめん、ばあちゃん。俺は、俺の時間を選びたいんだ。今年しかない、この時間を。いつかの俺が、後悔しない様に。

 ばあちゃんはまだ元気そうだし、また近いうちに今日の埋め合わせとして顔を出そう。少し寂しそうなばあちゃんの顔を見て、そう思った。


 俺が帰り支度をしていると、一つ下の従姉妹が駅まで送ると言って着いてきた。


「サトルくん、専門学校へ行くんでしょ?」


 従姉妹のマリが腕を絡めて聞いてきた。ほんのりと腕に当たる柔らかく膨よかなモノに、俺はドキリとする。


「あちぃから、離れろ」と、その腕を優しく解くが、マリはめげずに身体を寄せ、手を繋いでくる。さっきより、膨よかなモノが当たってるんですが……。


 これ、ワザとだよな……。絶対、ワザとだよな!?


 マリは子供の頃から、何故か俺に付き纏って来ていた。子供の頃は年齢が近い事もあり何とも思わず遊んでいたが、年々マリの俺を見る目が「えもの」として見ている事に、何となく気が付いてはいた。だけど、それは気のせいだと。なんせ、ここ最近は年二回しか会ってないから。

 だが、ここまであからさまに絡まれると……。


 俺だって、困るんだってっ!


 手を振り解くのは諦め、身体を少し離しながら、そのままに駅へ向かう。隣を歩くマリはご機嫌そうに、鼻歌なんか歌い出した。暫くして、マリが俺を見上げ、ふふんと笑う。


「あたしも、サトルくんと同じ学校、行きたいなぁって思ってるんだぁ」

「そうなん? やりいこと、あるんだ?」

「うん。ある。やりたい事。サトルくんの、彼女になること」


 そう言いながら、満面な笑みを浮かべて俺を見る。可愛いんだけどなぁ……。でも、ダメです。ダメ。


「あのなぁ、俺らは従姉妹同士だぞ?」

「従姉妹同士でも、恋愛も結婚も出来るよ?」


 け、結婚って! 何言ってんの、この子はっ!


 俺は呆れて息を吐く。


「なにを言い出してんだか……」

「だって、私はサトルくんのこと、ずっと好きなんだもん。何年経っても、ずっと好き。今日会って、やっぱり好きって思った。この気持ちは、この先も全く揺るがない。そう確信してる」


 熱く語る告白に、俺は内心かなり焦ったが、そう見えないように装ってマリを見下ろす。


「……あのな、俺らは殆ど会ってないから、たまに会った時の良い面しか知らない。だから、好きって勘違いしてるだけだろ」

「それって、俺をもっと知ってって言ってる?」

「何処までもポジティブだなぁ!?」

「えへへ〜」

「えへへ、じゃないっ」


 そんなやり取りをしていたら、いつの間にか駅に到着した。


「送ってくれて、ありがとうな。気を付けて帰れよ」

「サトルくん」

「なに?」

「ちょっと」


 クイクイと手を上下に動かして、手招きをする。


「何だよ」と、近づくと、マリは俺のシャツの襟を掴んでグイッと顔を近づけた。

 俺は一瞬の判断で顔を横に逸らす。少しぶつかる様にして、頬っぺたに柔らかな感触が当たった。


 マリが俺の襟から手を離し「なんで避けるのぉ?」と不服そうに文句を言ったが「避けるに決まってるだろう!」と言い返す。


 全く……。油断も隙もない……。


 ちょうど電車がホームに入ってきて、俺は逃げる様にして電車に乗り込んだ。

 マリは不満そうに頬を膨らませていたが、俺が手を振ると、嬉しそうに手を振り返した。


 俺は、小さく息を吐いてガラガラの車内を見渡す。適当に選んだ席に着き、窓の外を見た。


 高校最後の夏の思い出が、まさかの従姉妹からの告白とほっぺチュウになるのは、出来れば避けたい。


 そんな事を思いながら、地元へ帰った。




 結果を言えば、あっきー達と花火大会を見ることが出来たことにより、俺の高校最後の夏の思い出は、従姉妹との事より、あっきー達と見た花火大会の方が心の奥に色濃く残り、無事、俺の思い出は上書きされた。


 だってさ、あっきー、泣くほど喜んでくれたし。何より、3箇所の花火を同時に見る事なんて、そうそうあるもんじゃない。

 それに、ユーキがあっきーのお姉さんと付き合ってるって、突然のカミングアウトもあってさ。まぁ、まだあっきーには内緒だけど。

 これ、知ったらどんな顔すんだろ? そう思うだけでも、楽しみがひとつ増えた。

 

 酒が飲める歳になったら、またみんなでここに来よう。


 そして、今日見た花火の事、中学から高校までの出来事を、延々と話をしようよ。


 俺達の夏の思い出は、まだまだ終わらない。

 これからだって、続いていくんだ。



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僕らの青春夏色日記 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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