第3話 終わっていく夏

〈ヨッちゃん こと三代義武みしろ よしたけの場合〉




 俺達は、毎日、高校生活の終わりへ向けて、走り続けている。



 子供の頃から、俺は何故か「真面目」のレッテルを貼られていた。

 小学生の頃から「眼鏡をかけている」というだけで、なぜか優等生扱いで、なぜか学級委員長に選ばれた。それは中学に上がっても同じで。

 まぁ、そのおかげで、俺はいつも、みんなの期待に応えるべく勉強に励み、優秀な成績を残し続けてきたけど。周りは俺を単なる「真面目くん」としてしか見てくれていなかった。


 だけど。

 中学に入学してすぐ、誕生日が並んでいると知って仲良くなった三人だけは、違った。「俺」をちゃんと理解して、本来の俺自身を受け入れてくれた。

 俺にとって、かけがえのない大切な仲間が出来た瞬間でもあった。


 高校は「もっと良いところへ行けるぞ」と、先生達が言って来たけど、俺はあっきー達と同じ公立学校を選んだ。

 まぁ、一応は、先生達に言われた高校も受験して合格したけど。元々、私立より公立へ行きたいと思っていたし、あっきー達が居る方が絶対、楽しいだろうと思っていたから。

 それに公立高校だって、そこまで偏差値が低い訳でもなかったし、学校見学へ行った時に案内してくれた先生が面白い人だったから、余計に気持ちは公立高校一択になった。

 そして俺は……俺たちは無事、同じ高校に合格し、また三年間を一緒に過ごす事になった。



 高校三年生の夏。


 夏休みに入ると、進学組のために学校で行われる夏期講習があって、俺はユーキと一緒にそれを受ける事にした。午前中は学校へ、そして夕方から塾へ。そんな勉強ばかりの夏が始まった。

 高校最後の夏は、こうやって勉強だけで終わるのかな、なんてふと思ったんだけど、受験生なんだから当たり前かとも思った。

 でも、何とも言えない物寂しさみたいな感情が、胸の中に渦巻いて。俺の高校生活は、確実に終わりに向かって進んでいるのに、三年の夏の思い出が勉強だけっていうのも何だかなと思ってしまうのだ。


 中学三年の時だって、受験生で勉強していたけど。あの頃と、何が違うのかなと考えた時、あの時は四人でしょっちゅう集まって勉強していたんだと、思い出した。


 今は、二人足りない。


 隣の席で、熱心に問題を解いているユーキを見ると、奴は特にそんな事は思ってもいなさそうだ。

 俺は小さく息を吐いて、思考を勉強へと戻すし、問題を解くのに集中した。


 昼になり、学校を出ようとした時、ユーキがスマホを見ながら「あっきーから花火大会行こうって来てる」と言った。


 俺もスマホを鞄から出し、画面を開く。

 メッセンジャーアプリに通知があり、ユーキが言ったメッセージを見た。


「20時かぁ。塾を急いで出ても、電車がないもんなぁ。駅に着いたとしても、一旦家に帰ってたら20時は過ぎそうだよなぁ」


 ユーキが歩きながら言う。

 確かに、家に帰って無かったとしても、20時には間に合わない。

 俺はあっきーが言っている花火大会が、何時から開催なのかを調べてみた。


 花火が始まるのは20時半からだ。待ち合わせを何処にするかもあるが、隣町までどう行くか。それにもよるが、ギリギリ間に合う気もした。だが、下手に期待させて、いざ当日になって間に合わずガッカリさせるのは嫌だ。


「あっきーには悪いけど、今回は難しいな」とユーキの言葉に、俺は小さく頷く。


「そうだな……。ガッカリするだろうな、あっきー」


 俺は、あっきーの顔を思い出した。


 中学までユーキ以外、みんな身長が横並びだった。俺とエダやんは高校に入ってグンと身長が伸びて、ユーキと変わらない高さになった。だけど、あっきーは高三にしては身長が伸びず、何処か幼く見える。

 ……本人は身長160超えてるって言い張っているけど、たぶん、ない。あれは、ないな。でも、まぁ、無くてもあっきーだから。問題ないな。うん。

 考えている事も分かりやすい。天真爛漫という言葉がピッタリな奴だ。そんな、あっきーが落ち込む姿が容易に想像出来て、俺は苦笑いした。


「お祭り大好きだもんな」

「まぁな。とりあえず、俺から返事しておくね」

「ああ、ありがとう」


 ユーキが断りのメッセージを送り、俺達は駅へ向かった。



 その日の夜。


 エダやんから、メッセージが届いた。

 案の定、あっきーは落ち込んでいた様だ。


 そうは見せないように振る舞っていた様だが、俺達は付き合いが長い。誤魔化しても、あっきーの場合は特に分かりやすい。


『あっきーに、しっぽとケモ耳があったら、絶対、ペコンって下がってた! いや、俺は見た! 下がってんの、見たから!』


 代替案として、別日の花火大会を調べたが、どこも少し遠くて。塾帰りとなると、余計に間に合わない時間だと思った。

 そうなると、どうにか今回の花火大会へ行った方が良いような気もした。

 

 何より、俺自身が「行きたい」と思った。


 高校最後の夏の思い出を、勉強尽くしだけで終わらせたくない。

 どうせ毎日、高校生活の終わりに向かって生きているんだ。だったら、その終わりの夏の一日くらい、どうにかしたい。

 それは、俺一人で、じゃなくて。

 いつものメンバー四人で。そうじゃないと意味がないんだ。



 俺はユーキに連絡して、遅れてでも良いから、花火大会へ行かないかと連絡した。

 ユーキは、俺がそんな事を言うとは思って無かったようで、驚いた様子だった。だが、何か考えがあるのか「少し待ってて」と返事が来た。

 エダやんは、田舎に帰ると言っていたが『自分だけ夕方にこっちに帰って来て、花火大会に行こうと思う』と来た。

 後は俺とユーキだけだ。


 数分後、ユーキから返事が来た。


『親に、塾まで車で迎えに来てもらう事にしたよ。それなら、ギリギリ間に合うかも知れない』


 俺はその提案に乗った。エダやんも地元駅で合流する事になり、当日、三人であっきーを迎えに行く事にした。



 花火大会当日。


 俺達はユーキのおばさんに塾から地元駅まで車で送ってもらい、ギリギリ20時に地元の町に着いた。エダやんと駅前で落ち合い、あっきーの家へ向かおうとしたが、ふと俺は足を止めた。

 地元駅で祭りがあるからか屋台が並んでいて、俺達は焼きそばと唐揚げを買った。


 あっきーの家は駅に近く、俺達はあっきーの驚く顔を楽しみにしながら家に向かったが、おばさんが出て、あっきーは不在だと言われた。

 

「何処行ったんだ?」と俺がいうと。


「一人で隣町へ行ったのかな?」とユーキ。


「とりあえず、電話してみる?」とエダやんがスマホを出すと、ユーキがそれを止めた。


「いや、サプライズにしたいから……。もしかしたら、サツキさんなら分かるかも」

「サツキさん?」

「あっきーの2番目のお姉さん。俺、連絡先知ってるから」


 そう言うと、ユーキはサツキさんに電話をした。


『もしもし?』

「サツキさん、ごめん、急に電話して。今、大丈夫?」

『ユーキくん? 大丈夫だよ。どうしたの?』

「ちょっと、顔見たい。いい?」

『え? ああ、うん、いいよ?』


 ユーキは画面を切り替え、ビデオ通話にした。

 画面に出て来た女性は、あっきーと何処となく似ている。あっきーより柔らかな雰囲気と整った顔立ちの、とても綺麗な人だ。


 ユーキが事情を説明して、あっきーが何処に行ったか分かるか訊ねると、あっきーの家から少し行ったところにある「丘の上公園の展望台」ではないか、と言われた。


 あっきーは、そこがお気に入りなんだと。落ち込んでいるなら、なおのこと、そこに居るだろうと、サツキさんは言った。


 ビデオ通話を終わらせると同時に、ユーキがとんでもない発言をした。


「て、ことで。今の人が、俺の彼女」

「ええっ!!! 彼女!?」

「なに!? どういうことよ!?」


 ユーキに彼女が居るのは知っていたが……。まさか、あっきーのお姉さんだとは……。


「あっきー、知ってるの?」とエダやんが聞く。


「いや、まだ言ってない。もう一年経つし、そろそろ言っても良いかなとは、思うけど。まだ何となく内緒にしてる。だから、みんなも内緒な?」


 ニヤリと口角を上げて笑うユーキは、どこか大人びて見える。俺とエダやんは「ほぇー」と気の抜けた返事をする。


「さっ! 急いで丘の上公園へ行こう!」



***



 案の定、サツキさんの言う通り、あっきーは丘の上公園の展望台で、一人、炭酸ジュースでしようとしていた。


 街灯があるとはいえ、薄暗い展望台。

 俺達は、あっきーが泣いているのは分かっていた。でも、それは喜びの涙である事も、分かっている。


 花火が始まり、想像していたより大きく見える事に俺達は満足した。それに、隣町だけでなく向町のも、ついでに魔法の国の花火までも。


 こんな花火大会は、初めてだ。


 高校三年の最後の夏休み。


 俺の思い出は、勉強尽くしで終わらずに済んだ。


 いつか終わる時間の中を駆け抜ける俺達は、きっと何年か後に、今日の日を思い出して「行っておいて良かったよな」って、笑い合う日がくる。


 俺だけ行けなかったとか、あっきー一人で見ていたら、きっとこの夏がつまらない思い出で、忘れてしまうだろうけど。


 この夏の、この瞬間を。俺はきっと、何歳になっても忘れない。




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