第76話 堕落の果てに

 ラクアは悩んでいた。


「どうしよう……どうすればいいんだ……」


 ラクアはこの半年間怠惰に過ごしている。来る日も来る日も自らを追い込んで怠惰とはなんなのか? 怠けることとはなんなのかをまるで高僧のように日々自問自答する生活を送っていた。


 その理由はアルデア王国で見た夢である。


 夢の中でラクアはグレド大陸で虐殺を行った。グレド大陸を火の海にして罪なき者たちを次々と殺していった。


 ローグ曰くその夢は正夢なのだという。いや、厳密に言えばこのままの生活を続けていたら正夢になってしまうのだという。


 そんな悲劇を避けるための唯一の方法。それはラクアが怠惰に暮らすことらしい。


 勤勉に生きるのではなくただただ怠惰に暮らす。ローグが送ってくれているというお金をもとに自堕落な生活を過ごすことがラクアに課せられた試練なのだとラクアは聞いた。


 だからラクアは怠惰に暮らしていた。


 ラクアだって悲劇的な未来を迎えたくはない。自分のせいで多くの罪なき魔族たちが死ぬことは悲しいことである。


 が、ラクアには最近怠惰とはなんなのかがわからなくなっていた。


 もちろんラクアだって怠惰であるための努力は続けている。山に入って魔術の鍛錬を行うときだって意図的に力を抜いたり、あともうひと踏ん張りしようと思ったときにあえて鍛錬を中止して家に帰ることもあった。


 今日は鍛錬辛いな……って思った日には家でゴロゴロしていたし、魔術書だって斜め読みしている。


 それなのに……それなのにラクアには明らかに強くなっている自覚があった。


――なんで? こんなに適当にやっているのにどうしてボクは強くなるのっ!?


 最近では正直なところ近くの山に出没する魔物や獣レベルであれば簡単に倒すことができるし、山賊の集団に誘拐されそうになったときもあっさり撃退することができるようになってしまった。


 努力は人を裏切らない。なんて言葉を父から昔聞かされたことがあるけれど、ラクアは努力もしていないのにまったく裏切られる様子がない。


 なんなら同年代の子どもと比べても圧倒的に少ない努力で圧倒的な力を手に入れている自覚がラクアにはあった。


――どうしよう……毎日の鍛錬を6時間から3時間ぐらいに減らした方がいいのかな……。


 なんて考えながらラクアは魔法の杖を地面に置くと切り株に腰を下ろした。


 そしてラクアは思い出す。アルデア王国で『ウルネアに行ってきました饅頭』工場で手に入れた虚無の心を。


 ラクアはあの日工場で単純作業を延々とくり返した。


 初めのうちは作業に慣れず必死にやっていた作業も時間が過ぎるにつれて、徐々に手が勝手に動くようになり頭の中が無になった。


 その時ラクアは初めてゾーンという概念を理解したのだ。


 ただひたすらに何も考えないことを続ける。それこそが怠惰なのではないか。ラクアは最近そう思うのである。


――ローグお兄ちゃん。お兄ちゃんはボクに難しい課題をプレゼントしてくれたね。だけど、ボクはお兄ちゃんに負けないよ。究極の怠惰を身につけてみせるよ。


 そう心に誓って瞳を閉じると頭の中に無を思い浮かべる。


 邪念を捨ててただひたすらに『無』を考える。いや『無』すら考えることを放棄する。


 瞳を閉じて精神を集中させるラクア。それから1時間ほどが経っただろうか。唐突にラクアの脳内に雪崩のように情報の波が押し寄せてくる。


――こ、この感覚はなにっ!?


 ラクアは脳内に次々と魔術書で学んだこと、鍛錬の中で身につけた技術、さらにはローグから教わった無の心がパズルのようにはまっていく感覚に襲われた。


 そして、ラクアは悟ってしまった……。魔力、精神力、魔術に関する知識、それらの点と点が線で繋がる感覚を理解してしまった。、


――ま、マズい……ボク、本当に強くなっちゃう……。


――――

今日はちょっと短めです。


新連載始めました

『崩壊寸前の帝国の指揮官を押しつけられた俺、完全に諦めモードだったけど勝利すれば美少女王女と結婚できると聞きつけ覚醒する』


よろしくお願いいたします。


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