【4-28】 ブレギア領侵攻の総大将は

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

====================



「総大将は我が娘・コナリイとし、総勢は20万とする。出兵準備をただちに整えよ」


 ネムグラン=オーラムの太く圧力ある声に続いて、どよめきが大広間を支配した。


「コナリイ様だと」

「総大将は、アルイル様ではないのか」

 広間に集った重臣たちは、帝国宰相の真意を汲み取ることに難儀していた。


 ヴァナヘイム戦役では、東都においてアルイル=オーラム上級大将が総大将を務め、現場においてズフタフ=アトロン大将が指揮を執った。



 新たな作戦発動は、帝国にとって永年だった国――ブレギア――を滅ぼすことを意味する。


 それは、ヴァナヘイム国殲滅戦に並び、大規模かつ意義あるものになることは、容易に想像がついた。


 ところが、その遠征軍の総大将には、ヴァ戦役に続いてオーラム家嫡男・アルイルが任命されなかった。



 一人娘・コナリイが指名されたのである。




 コナリイなど、齢ようやく12の女児であり、実戦経験などないに等しい。


 ところが、その女児には、親の余りある七光り――年齢と実績にあまりにも不釣り合いな准将の階級が与えられていた。


 将官とは、士官学校を卒業して一生を軍に捧げても、だどりつけぬ者すらいるほどの階級である。滑稽なことにそれほどの地位を、幼年学校の児童が拝命しているわけだ。


 一方で、帝国軍制では、国1つを平らげんとするほどの大遠征軍の場合、現場の司令官ですら大将クラスが当てがわれる。


 今回、ブレギア領侵攻作戦の軍集団を束ねる――20万の兵馬の統率権となると、准将ではオーバースペックであろう。


 そもそも、金髪の少女の姿はこの大広間にない。准将では、帝国軍合同戦略会議にすら参加できないのだ。



 その点、アルイルの齢は三十路を超え、地位も上級大将と、年齢・階級ともに不足はない。


 だが、彼は軍事の才を絶望的なまでに待ち合わせていなかった。


 実戦の場数こそ、それなりに踏んできたものの、前線では失策ばかりを重ねてきた。それでありながら、30そこそこで将官最上位にいるというのも、妹と同じく七光の恩恵としか言いようがない。


 アルイルは、初陣――第八皇子・フォラ=カーヴァルの反乱鎮圧――からして、大失態を演じている。


第1部【9-10】麒麟児 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427963166592



 短慮により、せっかく捕らえたカーヴァル家嫡男・クルロフの首を落としてしまったのだ。反乱勢力首魁の長男である。利用価値はいくらでもあっただろうに。


 傅役もりやく・ターン=ブリクリウが気が付いた時には遅かった。少年の頭部は胴を離れて転がり、青年アルイルはそれへ向けて悪罵あくばを放っていたのだった。


 それを知った父・ネムグランの激怒ぶりはすさまじかった。ブリクリウ等の執り成しがなかったら、危うくアルイル自身も首を失うところであったろう。



 確かに、彼は軍才を持ち合わせておらず、かといって政才においても暗かったが、広大な所領からの税収や動員可能兵力は群を抜いている。


 無能な総大将など、東都・ダンダアクにでも押し込めておき、優秀な配下に兵馬の采配を任せてしまえばよい。これまでのように、アトロン老将あたりに現場の総司令部を任せるのが最適解であろう。



 配下の人材という点においても、兄妹で大いに開きがある。


 兄陣営には、ブリクリウ大将やアトロン大将など、多士済済たしせいせいの将官が揃っている。


 妹陣営には、若者ばかりで名の知れた人材などろくに居ない。これと言えるのは、せいぜいサミュエル=ライリーくらいだろうが、彼の階級は佐官止まりではなかったか。



 兄妹本人の身の上とその配下たちの領土所在地から考えても、兄陣営の方がブレギア侵攻に都合がよいはずだ。


 兄・アルイルと配下たちは、帝国東海岸領に広大な所領を有する。しかし、妹・コナリイと配下たちのそれは、帝国本土にあった。


 つまり、ブレギア侵攻に際して、アルイル派閥であれば陸続きに移動できるが、コナリイ派閥の場合、まずは大海を渡らねばならない。


 20万の将兵軍馬を引き連れての3,000海里(5,600km)の大航海――それは、さぞや壮大なものとなろう。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編 第4章追記

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818093075431061948



 総大将の年齢や地位、配下の人材、おまけに地理――あらゆる面において、臣下たちは疑問符がつくばかりであったが、帝国宰相は決断した。


 愛娘コナリイたんに草原の蛮族を平定させる、と。




 大広間には、アルイル=オーラムだけが残っていた。


 ブレギア攻略を任されなかった帝国宰相嫡男は、一方の肩を落とし呆然と立ち尽くしている。頭髪は大いに乱れたままであった。


 先の軍議にて父宰相から東部方面軍の被害状況を問われ、頭が真っ白になったままのようだ。


 乱暴にページを繰った資料は皺だらけとなり、さらに大粒の汗を吸った紙は変色していた。


 巨大な柱時計が正午を告げる。鐘の音は、いつまでも室内に鳴り響いていた。


【4-27】 ここらで、ブレギアの小僧の鼻をへし折るか

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662346441539



 帝国暦386年3月17日、帝国陸軍では宰相令嬢が1週間のうちに2階級を昇進する内示が発令された。


 「2階級特進は戦死者を彷彿とさせる」とかで、父宰相が難色を示した。馬鹿馬鹿しいことに、小娘には少将に昇進して3日後、中将の地位が与えられるわけである。


 遠征に先立ち、ネムグランは愛娘の権限を少しでも拡張させようと、帝国軍政部に圧力をかけていた。異例の人事に、何事にも前例至上主義の軍政部は、帝国軍史を紐解く。


 戦死した者のほかにも、帝室に籍を置く者や、権勢の極みにあった貴族の子弟が短期間で階級を上げている例はないこともない。


 また、女性であったとしても、士官として一軍を率いた事例もある。


 先のヴァナヘイム戦役に佐官として臨み、指揮官の采配から個人の武芸までその能力を大いに発揮したエリウ=アトロンは、読者の皆様も記憶に新しいだろう。


第1部【6-1】レディ・アトロン 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427639625247



 南部海岸に上陸したムルング軍を将官として迎え撃ち、退けたエドナ=スカータは、退役して30年が経過する。だが、いまだに「女傑将軍」の名声は衰えていない。


第1部【10-9】 大陸一の英傑 下

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139555568603289



 しかしながら、過剰昇進と女性指揮官その双方を兼ね備えたのは、今回のコナリイ=オーラムが初であった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブレギア領遠征の総司令官に、少女コナリイが選ばれたことに驚かれた方、

この人事によって兄妹陣営の対立が一層深まるのでは、と心配な方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


コナリイたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「アリアクでの蠢動しゅんどう」お楽しみに。


部屋に入ると、黒髪の副官はティーカップを渡しながら尋ねる。

「ご首尾はいかがでしたか」


「欲の皮の突っ張ったヤツを動かすことなど、さほど難しくないさ……」

紅毛の青年将校は琥珀色の液体を口に含む。そして、不遜な笑みとともに唇を歪めた。

「……心の底にある欲望の火種に、そっと風を送ってやればいい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る