【10-9】 大陸一の英傑 下

【第10章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429411600845

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 ミーミル一行が乗った馬車は、群衆をやり過ごすと、次第に速力を落としていった。


 目的地のオーズ邸までは、まだ距離がある。速度を上げたままでは馬たちが参ってしまうのだ。


 自然と車内での話題は、これから訪問する屋敷の夫婦のことになった。


 とりわけ、階段将校たち――ヒューキ=シームル・ビル=セーグ両少佐――は、情報通であった(その多くは、軍務省次官・ケント=クヴァシル中将の受け売りであったが)。



 奥方は、中将よりも2つ年上で、完全なる姉さん女房なんだとか。


 奥方は、旦那様以上の武辺者ぶへんものだとか。


 中将の右目から頬にかけての古傷は、夫婦喧嘩の折、奥方がつけたものだとか。


 その際、中将は危うく首級しゅきゅうを挙げられそうになったのだとか。



「中将以上の武辺……」


「古傷……」


「首……」


 階段将校たちの情報に、三役は絶句した。彼等が第2種軍装――夏場の白軍服――の内側にじっとりとした汗を知覚したのは、暑気のせいだけではないだろう。


 ミーミルは過日、国王陛下から下賜された宝剣を突き付け、オーズ中将と対峙たいじしたことを思い出していた。


 この上なく不愉快そうに歪む口元――その直上、右目から頬にかけての古傷は、猛将の凄味に磨きをかけていた。


 あの時の恐ろしさは、いまもなお色褪いろあせておらず、宝剣を取り落とさなかった自分を褒めてやりたくなる。


【4-19】裸踊り ⑤

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 それにしても、あのヴァナヘイム軍一の猛将に、手傷を負わせたうえに首まで――奥方様は、イーストコノート大陸一の英傑ということではないのか。


 女王・マホリヤ=ムスト――敵兵をみ砕かんばかりの憤怒の表情で、着剣したライフルを振り回す、「イフリキアの黒豹くろひょう」。


 女傑将軍・エドナ=エスカータ――ムルング兵のむくろを盾に、自ら陣頭に立つや、本土南部海岸に上陸した同国軍を撃退した「帝国陸軍の悪魔」。


 猛々しい者たちを思い浮かべ、5人は思わず首をすくめる。それら伝説級の人物に比肩ひけんするであろうと、彼らはこれから面会するのだ。



「……まだ間に合います」

 参謀長・フルングニルは、自分たちの乗る馬車を反転させることについて、本気で検討しているようだ。


 しかし、総司令官ミーミルはかぶりを振った。

「帝国とのいくさはまだまだ続く。本件で我が国一の猛将を失うわけにはいかない」


 この度の騒動――首飾りの窃盗被害――については、宝物庫におけるオーズ中将自身の施錠せじょう不始末が原因だという。


 この首飾りの紛失を契機として、かつて中将が手傷を負った以上の夫婦喧嘩が、再び勃発する恐れがある。そのような家庭内紛争を未然に防ぐことこそ、肝要ではなかろうか。



 ここで、お言葉ですがと、副司令官・ローズルが発言を求める。

「本日、我ら5名が戦死した場合、ケルムト渓谷に籠る我が軍の士気にかかわりましょう」


 副司令官の懸念の声をきっかけに、総司令官・参謀長、そして階段将校たちは、イーストコノート大陸一の女傑――これからお会いするオーズ夫人――の想像図が、脳裏をかすめる。


 猛将をひとつかみしそうな巨躯きょくに、両手の爪は獅子のごとく鋭く、口からは犬歯がきばのようにはみ出している。長大な斧をしごく両のかいな(※二枚斧はオーズ家の家紋)は、筋骨隆々りゅうりゅうたり――。


「方針変更……首飾りをお届け次第、すぐに退却する」

「「「「御意!」」」」

 総司令官のつぶやくような命令に、4人の部下たちは即座に同意の意思を示した。



 ――そういえば、次官殿が妙なことをおっしゃっていたような。


 昨夜、バー・スヴァンプにて、ママの料理をあらかた平らげ、幸せな気分でアルコールをチビチビとやっていた頃合いのことである。軍務省次官がオーズ夫人について何か言及されていたような気がする。


 シームルとセーグが酔いつぶれるほど酒が行きわたった時分のはずだ。おぼろげな記憶を頼りに、ミーミルが次官の言葉を思い出そうとしていた時だった。


「オーズ将軍の屋敷が見えて参りましたぞ」

 副司令官の声に、総司令官は思考を中断し、車窓の先へ視線を向ける。



 牧歌的なとんがり屋根が3つ、木々の先に見えていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レディ・アトロンもそうでしたが、「航跡」って、猛々たけだけしい女性がたくさん出てくるなぁと思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「フレイヤ」お楽しみに。


ヴァナヘイム軍総司令官以下5名を乗せた馬車は、オーズ邸の前庭を抜け、玄関前の車止めに停車した。


ロータリーの円形庭園には、照り付ける陽光にかかわらず、色とりどりの花が咲き乱れている。


焦げ茶色の三角屋根を3つ冠し、壁全体に赤褐色や黄褐色のタイルが配された建物は、その大きさの割に圧迫感よりも、メルヘンチックな印象を訪問者に与える。

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