【10-10】 フレイヤ

【第10章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429411600845

====================



 ヴァナヘイム軍総司令官以下5名を乗せた馬車は、オーズ邸の前庭を抜け、玄関前の車止めに停車した。


 照り付ける陽光にもかかわらず、ロータリーの円形庭園には、色とりどりの花が咲き乱れている。


 焦げ茶色の三角屋根3つを冠し、壁全体に赤褐色や黄褐色のタイルが配された建物は、その大きさの割に圧迫感よりも、メルヘンチックな印象を訪問者に与える。


 ヴァナヘイム国一の猛将の雄々しい屋敷というよりは、絵本作家のほんわかとした隠れ家といった風情なのである。



 馬車において5人で確認した――首飾り返還後、即座に離脱――は、たちまち破綻した。


【10-9】 大陸一の英傑 下

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139555568603289



 紺色ワンピースにフリル付きの白エプロンをまとった者たちによって、彼等は応接間に通され、紅茶と焼菓子まで提供されてしまっている。


 何度も辞退しようと申し入れたが、「それでは私たちが奥様に叱られます」と、使用人たちに押し切られてしまったのだ。5人の耳には「私たちが奥様に」と聞こえたような気もする……。


「……」

 ミーミルは白手袋を外し、無言のまま焼き菓子をつまんでいる。


 帝国軍を翻弄したヴァナヘイム軍の名将も、どうもこの戦場……屋敷では、勝手が悪いのだ。



 通された応接室は、大きな館の1階であることに加え、風通しが良く、また複数の扇風機のおかげで、暑気を忘れるほど涼やかだ。


 ミーミルたちが、やむなく紅茶を口に含みつつ、退室のタイミングを見計らっていた時である。


 部屋の外にパタパタとした足音が聞こえたかと思うと、ノックのあとそっと扉が開く。そして、その合間から小柄な少女が1人姿を現した。




 桃色のボレロには、腕から胸にかけてフリルがおどり、胸元には大きなリボンが付いていた。


 両の眼はパッチリと開かれている。光沢のある栗色の巻毛を側頭部に結え、肩から前へ流している様は、実に可憐であった。


 ――オーズ中将の御息女だろうか(奥方……お祖母様似なのだろう)。

 ――中将の面影なく、何と愛らしいことか。

 ――あの猛将に似なくて、実によかった。

 ――親父さんに似ず、めちゃくちゃ可愛いやん。

 ――隔世遺伝万歳。


 ミーミル(総司令官)

 ローズル(副司令官)

 フルングニル(参謀長)

 シームル(階段将校)

 セーグ(階段将校)

が、ヴァナヘイム国一の猛将・アルヴァ=オーズ中将(夫妻?)に対して、思い思いに失礼なことを頭に浮かべている。



 すると、栗毛の少女は「ごきげんよう」とドレスの裾を広げ、右足を左足の後ろにクロスし、腰をわずかにかがめた。


 お辞儀――カーテシー――に合わせ、裾を飾る二対のリボンと大きなフリルが上下する。微笑ほほえむと、ますます愛らしい。


 きちんと挨拶ができたリトル・レディに答礼しようと、ミーミルたちは立ち上がり、左胸に手を当て、頭を下げる。彼等は自然と笑みがこぼれる。


「軍務省次官・ケント=クヴァシル中将の名代で参りました。アルベルト=ミーミルでございます」

 以下、副司令官・ローズル、参謀長・フルングニルが続く。そして最後に両少佐。



「まぁ、総司令官閣下ご一行でいらっしゃいましたか」

 少女の声は明るく、響きも柔らかい。


 今度は、そんなうるわしい少女が、自己紹介する番である。


 童話のなかから出てきたようなこの屋敷は、こののために建てられたのだろうか――軍服姿のオジサン5名は、ほのぼのとした雰囲気のなか、少女の言葉を待つ。









「アルヴァの妻・フレイヤと申します。軍の皆様におかれましては、夫が大変お世話になっております」




 ――うんうん、御父上に似なくて良かった……な、なに?……つ、つま?


 ミーミルが顔を上げたのは、部下たちが混乱を超越し、救いを求めるような視線を彼に集めたのと同時であった。



 そのまま、5人は顔を見合わせた。そこには、全員が驚愕の色を隠せないでいる。



 この……じゃなくて、この婦人が、将軍の奥方であられたか、と。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


見た目は子ども、中身は……オーズ夫人は、コ〇ン君みたいだな、と思われた方、

ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「庇護ひご欲」お楽しみに。


「も、申し訳ございません。クヴァシルは本日業務が立て込んでいるため……」


ミーミルの言葉に、奥方の大きな瞳は落胆の色に支配される。


「次官様は、今日もでしょうか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る