【10-11】 庇護欲

【第10章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429411600845

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「アルヴァの妻・フレイヤと申します。軍の皆様におかれましては、夫が大変お世話になっております」


 白色軍服姿の5人とも、思考という名のが乱れたままである。の目途がつかない彼等を斟酌しんしゃくすることなく、少女もとい奥方から質問という名の砲弾が飛来し始める。


「今日は、次官様はいらしていないのですか?」


 ――次官様……軍務省次官のことだろうか。

「も、申し訳ございません。クヴァシルは、本日業務が立て込んでいるため……」


 ミーミルの言葉に、奥方の大きな瞳は、落胆の色に支配される。


「次官様は、今日もでしょうか……」


 ――もじゃもじゃ?

 確かに、クヴァシル次官の髪は、伸び放題――あちこち雑然と飛び跳ねている。


 だが、回答を求めているようではなさそうなので、ミーミルはもうしばらく奥方の様子をうかがうことにする(脳内陣形いまだ整わず、無暗に動けない)。


「うちの夫も理容師に命じて、もじゃもじゃにイメチェンさせようかしら……」

などとの御発言に、そもそも回答などできようはずもない。


 副司令官・参謀長は口元をゆがめてうつむいている。こみ上げてくる笑いを難しい表情で抑え込もうとしているのだ。階段将校たちは、抑え込みに失敗したのだろう。鼻息漏れる顔をやむなく直下のテーブルへ向けていた。


 いずれも、した中将を想像でもしているのだろう。


 ミーミルだけは沈着冷静さを失わず、オーズ邸訪問の本来の目的――首飾りの返却を忘れていなかった。


 だが、「待機・状況確認」の方針を、総司令官はすぐに後悔することになる。



 奥方のが始まった。



「次官様の上着は、相変わらずひじに穴が開いていらっしゃるのでしょうか。同僚の方がお見えになることを前もって言ってくだされば、新しい上着を仕立てて差し上げていたのに。そういえば、ズボンのお膝も抜けていらしたような。そうね、軍服を上下揃えて差し上げた方が良さそうね。うちの夫よりも仕立てはうんと細身になるかしら。随分と痩せてらっしゃるから。お1人の身の上とのこと、ちゃんとお食事を取られていらっしゃるのでしょうか。せめてお夕食だけでもうちに寄っていただければいいのに。そうだ、今度お弁当を作って差し上げようかしら。次官様はお肉とお魚どちらがお好みでしょうか。お野菜はうちの畑で採れたものがいいわね。そうそう、次官様の小さい頃はね、お野菜が食べられなくて泣いていらしたのよ。もじゃもじゃの髪はいまと同じで……ほら、ね、可愛いでしょう。この頃から、同年の子に比べて背は高くて。足も大きかったわ。ああそうだ、軍服だけでなく、軍靴も新調しなきゃダメね。お靴のサイズはいくつだったかしら、総司令官閣下はご存知でしょうか――」



 フレイヤの一人語りは、せきを切ったように、とどまるところを知らず――いつの間にか、写真帳アルバムまで出し始めていた。


 ミーミルはうなずき過ぎて、馬車酔いしたような気分になってくる。まるで言葉の機関砲であり、これでは首飾りを出すタイミングがつかめない。


 それにしても、オーズ夫人について、クヴァシル次官殿が「どちらかといえば苦手」と、そっぽを向いていた理由が分かった気がする。彼の身なりや境遇は、彼女の庇護ひご欲をかき立てるらしい。



 アルバムのなかのクヴァシルは、全体的に小さくかつ清潔になっただけで、髪型やひねくれた笑みなど、その風貌ふうぼうは、いまとほとんど変わりはない。奥方にとっては、いつまでも手のかかる弟分なのだ。


 傍らの階段将校たちは、リアクションに窮しているのだろう。教官の幼き頃の写真を、神妙な面持ちで見入っている。


 しかし、軍服5人組を最も当惑させたのは、幼少期の軍務省次官クヴァシルの姿ではなく、幼少期のオーズ夫人フレイヤにほかならない。


 アルバムをめくっていくと、途中からフレイヤの容貌ようぼう・背格好は、まったく変わらなくなっているのだ。一緒に映っている次官の様子からして、30年以上昔の写真であるはずなのに――目の前に鎮座なさっているお姿そのままなのである。


 帝国軍を手玉に取った名将・ミーミルの頭脳をもってしても、そのカラクリは分からなかった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


もじゃもじゃヘアになった猛将を見てみたい、と思われた方、

フレイヤのおしゃべりシャワーに参った方、

少年クヴァシルの写真が気になった方、


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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ネイル」お楽しみに。


「まったく、あの人ったら……」

宝物庫を開けたら必ず錠を閉めるよう、妻は口を酸っぱくして言ってきたが、夫はいつも施錠を忘れていたという。


そして今回、首飾りを盗まれた。


フレイヤは、思い出している間に怒りがぶり返したらしい。大きな瞳は黒く濁っていき、栗色の巻き毛は逆立ちはじめている。

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