エピローグ

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 その日。


 世界にうっすらと漂っていた紫がかった雲が晴れていくのに気付いた人がいた。


「見てみろよ! 空が、空が……!」


 その声に、人々はおびえるように閉じこもっていた家屋から出て、空を見上げた。


 最初は数人、次第に数十人。最後には、村落都市、国家に住まう人、大陸じゅう……

 多くの人々が家屋から出て、みな一様に空を見上げる。


 すると消え失せた瘴気の向こうに青空がその姿を現し、久方ぶりに人々へと日差しを降らせる。


 じっと空を見ていた誰かが、目を細め、腕でひさしを作りながら、こう言った。


「……まぶしいな、空って」


 その日、人々は昼の明るさと、青空のまばゆさを思い出した。

 そしてどこかで勇者が魔王を倒したのだということに気付き……


 じんわりと、感じ入って。

 それから、弾けたように、湧いた。


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『勇者と聖女の物語』


 人々はその物語が『更新された神話』であることを知っている。


 まず、千年前に『初代勇者』と『マリア教開祖』『ホズミ教開祖』の冒険があった。

 世界はその時に初めて『瘴気をまき散らす存在』を知り、それを倒すために異世界から英雄を呼び出す方法を知った。


 英雄は命懸けで冒険をし、ついに『瘴気をまき散らす存在』を倒した。

 その存在は勇者によって『魔王』と名付けられ、また復活する時に備えて、勇者召喚の術式と、その勇者を補佐すべき聖女というものが受け継がれることになる。


 そして、『更新後の物語』。


 再び勇者は聖女とともに、魔王を倒した。


 聖女たちの命をもってしか倒せなかった魔王を、勇者は一人の犠牲もなく倒してみせた。

 その勇者と聖女は、初代勇者や開祖たちを思わせるほど仲むつまじく、常に寄り添うようにしていたという目撃情報が各地に残されている。


 そんな彼らの、魔王討伐後は、実際、どうだったかというと──


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 魔王城、痙攣しながら開脚状態で逝ってる魔王のすぐそば……


「いやなんかほんとすいません。まさか異世界召喚されたとは思わず……っていうかそういう可能性もちょっとね、ちょっとは頭をよぎったんですけど、『さすがにないでしょ』って現実逃避してて……うわーどうしよ!? 失礼なこといろいろしましたよね!?」


 勇者の慌てっぷりに聖女二人はコメントに困るしかなかった。


 失礼というかなんというか……表現に困る冒険だったのは事実なのだ。


 だが……


「失礼だなんて気にしないでよ勇者様」


 赤毛の少女は勇者の右側に身を寄せた。

 女性にしては背が高い。そして体の起伏も激しい。

 気が強そうでスタイルのいい、赤い瞳に赤い髪の美少女は、勇者の二の腕を胸で挟むようにピッタリと身を寄せて、彼の耳元にささやきかける。


「刺激的な体験だったわ。……なんか、あたしがこだわってたことなんか、本当に小さなことで……この世には『勝ち』とか『負け』とかじゃ表現できない、『本当にすごいもの』があるんだって、思い知らされるみたいで……」


「そこの赤毛の言う通りなのです」


 黒髪の少女は無表情のまま、ささやくような声で言う。

 だが、その動作には『自分もあの赤毛と同じようにくっついたりするべきかな、どうしようかな』という戸惑いがあって、しばらくまごまごと両手を動かしたあと、赤毛の女が勝ち誇ったように笑うので、イラッとして勢いでくっついてみたりしていた。


 長い黒髪をさらさらと伸ばした美少女ではあるが、なにぶん体つきが幼いので、傍目にはいいところ『兄に甘える妹』ぐらいにしか見えない。

 見えないが勇者と彼女とのあいだに血縁関係はなく、勇者は美少女からの肉体的接触に慣れていないので、名状しがたい甲高い悲鳴をあげて硬直した。


「……これで勇者の役割は終わったのです。けれど……勇者にすべてを捧げるのが聖女の役割であることは変わらないのです。だから……その……どういう感じかというと……しばらくはいっしょにいてやるのですよ」


 何がなんだかわからなくて偉そうな物言いになってしまったのだが、とにかく『世界を救ってくれてありがとう』ということが言いたかった。

 しかしうまく言えなかった……その葛藤、悩み、迷い、『自分はどうしてこんな言い方をしてしまったんだ……』という後悔。

 勇者はそういう感情の機微に気付かなかったようだが、赤毛の女はばっちり気付いてニヤリと笑ったので、ホズミはイラッとして、赤毛の女をにらみつけた。


 赤毛の女は意に介した様子もなく、言葉を発する。


「『しばらくはいっしょにいてやるのです』っていうか、いっしょにいることになると思うけどね。だって……」


 その視線が下へと移動する。

 ……彼女たちの腹部には、いまだに勇者の腕が突き刺さっているのだ。


 魔王を倒しても、とれなかった。


「アッ、すみません、今、装備解除を……うえぇ……できない……」

「勇者様からしても異常事態なの?」

「いえっ、重複バグで装備化したNPCを外せないのは仕様っていうか、仕様という名のバグっていうか……新しい武器と入れ替えようとしても……」

「しても?」

「入れ替えのために装備した武器がどんどんNPCにくっついていって、ある程度以上くっつくと世界が滅びます」

「世界にはまだまだ滅びの危機がありそうね……」


 この世界は脆すぎる。


「……外れるまでは付き合っていくことになりそうですね」


 ホズミがつぶやく。

 無感情で静かな声なので、責められていると思った勇者が「すみません」と早口で謝る。


 だが、ホズミが逆に慌てた。


「い、いえ、怒っているというわけではなく……世界を救っても私たちはまだ離れるには早いというかあなたが悪いわけではなくって」


 赤毛の女がニヤニヤしながらホズミを見ている。

 ホズミはムッとしてマリアをにらむのだが、マリアの代わりに勇者が「ごめんなさい」と早口で謝って、ホズミがまた慌てて、マリアがまたニヤニヤする。


 ……聖女としては、ホズミの方が余裕があって、落ち着いていたのだが……

 こうして魔王討伐が終わってみると、『女』としての戦力差を感じさせられる。


 今まで『勝てない』と思ったことなどなかったホズミにとって、『これは、勝てない』と思わされ、勝てる未来が見えない現状というのは、どうしようもなく悔しく、いらだって、そして……


 ……ちょっとだけ、楽しい。


 年齢相応になれたような、そういう気がして、楽しくも、あった。


 ……まあ、『楽しいです』とは、悔しいから言わないのだけれど。


「とりあえず召喚陣のあるところまで戻ってみない? あそこでこうなったんだし、なんらかの手がかりは見つかるかもしれないわよ」


 この中で一番落ち着いているマリアが提案すると、勇者は「そ、そうですね。そうしましょう!」とヘラヘラした顔で追従し、ホズミも反対意見はなかったので「まあそれでもいいです」とぶっきらぼうに賛同した。


 こうして三人は、来た道を戻ることになる。


 魔王城から壁を抜けて出れば、時刻は昼間らしく、青空から明るい日差しが降り注いでいた。


 聖女二人がまばゆさに目を細め、世界が本当に平和になったのだと実感する。


 勇者も両腕の先にくっついている二人が止まってしまったので止まるしかなく、やることもないので空を見上げて……


(これから生活どうなるんだろう)


 なぜか左右の美少女二人は受け入れている感じだが、勇者本人は両手が埋まっていて使えない状況だ。

 これから先、食事だの、ちょっとした作業だの、全部左右の二人にやってもらわなきゃいけないし、それに、お風呂もトイレも……


(……)


 その生活を思い描くとなんらかのなんらかがオーバーフローして、勇者の思考能力がシャットダウンする。


 あまり先のことを思い描きすぎると精神衛生上よろしくないと理解した勇者は、ほとんど無意識に、こうつぶやいた。


「……では、『重複バグ解除RTA』を始めていきたいと思いまーす」


 小さなつぶやきに、左右の聖女たちがびっくりした顔をしてから、笑う。


 勇者は左右の少女たちが動く気配を両腕に感じ、目を細めながら……


(とりあえず手が自由になったら、ひさしを作って空を見よう)


 ただ見上げるにはまばゆすぎる、どこまでも広がる異世界の青空をながめ続けた。


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キャラクター紹介

☆勇者 中田将大(ナカタ マサヒロ)

黒髪黒目、血色が悪く目がぎらついている痩せた青年。

この世界のことをゲームだと思っていたのだが、RTAを完遂していよいよ『この世界、ゲームだけどゲームじゃない!?』と受け入れなければならなくなった。

でも両腕を腹に埋めた女たちがみょうに落ち着いてるので『どうして……』となっている。

現実世界への未練だとか、帰る方法だとかはそのうち考え始めるが、今はまだそれどころじゃないし、そのころにはほだされて『この世界で生きていくのもええか……』となる。


☆マリア教聖女 マリア

赤髪赤目、スタイル良好の表情がよく変わる少女。

人への対抗心、自分を馬鹿にする連中への敵愾心で踏ん張ってきたが、魔王討伐を経て人間として一つ成長する。色々ありすぎて悩むのが馬鹿馬鹿しくなってしまっただけとも言う。

わりと苦労の多い生活をしていたせいか三人の中では一番精神的に成熟しているので、行動方針の決定などの役割を担うことになる。

勇者への気持ちはさんざん振り回されて(物理)脳がシェイクされたゆえの気の迷いかなと気付いたが、このあとの冒険の中で『魔王を倒した勇者がわりと情けない』というギャップにやられて『自分が支えてあげなきゃ』という気持ちに目覚めていく。


☆ホズミ教聖女 ホズミ

黒髪黒目、お子様体型の無表情少女。

天才だの才媛だの言われて育ち、それを当然と思って過ごしていたが、それは『聖女として』の話であり、人間的にはまだまだ未成熟だということを思い知らされることになる。

マリアや勇者と旅をしていくうちに二人から妹扱いされて『うまくいかないな』とへこんだりすることもあったが、素直に接することができずツンデレみたいな言葉選びになってしまう自分にも優しく接してもらい、だんだん勇者のことが気になるようになっていく。

本人はスタイル抜群の巨乳に育ちたいとマリアへの対抗心から思っているのだが、その未来がおとずれるかどうかは……

神のみぞ知る。


☆この世界

いつかまた魔王が出るっぽいので『マリア教』『ホズミ教』は存続するし、聖女制度も続く。

魔王を倒すほどの勇者に機嫌をそこねられたくないし、今代のマリアとホズミが勇者と物理的にくっついているので、そのままにしている。

勇者もさほど欲深くないので生活の世話をしても問題がない模様。


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本作はここで終了です。

Skeb依頼間違え品供養でした。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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