第8話
「オブジェクトが一定数以上重なると世界が壊れるというのはすでにみなさんご存じだと思われますが、オブジェクトの重なった数によって引き起こせる現象はさまざまです。そして、重複バグの利点として、重なった位置にあるものは装備している扱いになるというものがあります。本来であれば聖女を増やして攻撃力を上げるのですが、今回はそれをしません」
「なぜなのです?」
ホズミの合いの手は半ば無意識だった。
この勇者に疑問をぶつけて、理解できる返答は来ないだろうな……という予感があったからだ。
これはいわゆる『コミュニケーション能力』のうち一つであり、『あなたの話を無視しているわけではありませんよ』という、聖女に課せられた『勇者を不機嫌にしない』という使命を果たすための技能の一つであった。
だが、今回、勇者からもたらされた返答は……
「『世界を守ってほしい。そこにいる人々も』」
「……!」
「そういうレギュレーションなので、分身バグは禁止しています」
「勇者様……!」
「でも増えるんだから逆に人を守ってることになるのかな?」
「ならないのです!!!」
『突然地面が揺れようがノーリアクションを貫くだろう』と言われるほど無反応・無感情・声が小さいことで知られたホズミの、人生で一番の大声だった。
「そういうわけで利用できるものは『人』ではなく『装備』になります」
「ねぇちょっと、質問役みたいなことやってないで手伝ってくれない!?」
こうしている今も、勇者の右側ではマリアが勇者の服を『脱がせ続けて』いる。
……『脱がせ続けて』いるのだ。
勇者の服は初期装備である『Cloth Armor』なのだが、これを脱がせると、不思議なことに、再び『Cloth Armor』を装備した状態になる。
これは『装備は入れ替え以外できない』のに『入れ替え対象がない状態でも装備を外すことができる』という仕様のせいであり、交換用の装備を所持していない状態で唯一の装備を外すと、外したはずの装備をまた装備した状態になる──簡単に言うと『装備が増殖する』のだ。
そして『Doki Doki Fantasia』の設定ガバはそれだけにとどまらない。
「この世界において──防御力は攻撃力です」
攻撃力、防御力というステータスがある。
だが、防御力は攻撃力なのだ。
最初に気付いたのはやはりこの男、おととい異世界に勇者召喚されたのに『やっぱ夢見てるのかも……ああ夢だわ』と思いこんではばからない、エナドリ中毒の不健康バグ発見者中田マサヒロであった。
どうにも、このゲーム、死にやすい。
それはまあモンスターの量が狂っているのでそうなのだろうが、それにしたって死にやすい。
具体的には『防具をよりよい物に交換しても、相手から攻撃を受けた時のHP減少幅が変わらない』という現象にたどり着いた。
その代わり確殺ラインが下がる。
すなわち、この時点で『もしかしたら防御力という名目の数値が、攻撃力に加算されていないか?』とバグ慣れした者ならば察することができるのだ。
そこからは『防御力』についての検証が進められた。
そうして二週間という『こんなゲームに使うぐらいなら同じ時間で電卓を叩いてた方がまだ有益』と言われる時間を調査に費やした結果見つかったのが、『装備増殖バグ』『座標重複バグ』を合わせた、魔王を殺すためのバグ……
『同座標上にあるアイテムの攻撃力と防御力、すべて攻撃力になるバグ』だ。
「ああ、充分です。これ以上増やすと布の服で世界が滅びます」
「世界があまりにも脆すぎるのです……」
勇者の足にめりこむように、大量の『Cloth Armor』が出現し、紅白に分かれての歌合戦のラスボスの衣装のような有様になっていた。
勇者はその位置から一歩も動かず……それどころか軽い足踏みさえせず、左右の手の聖女を同時に上へ振りかぶる。
「今さらなんだけど、どういう腕力なの?」
「本当に今さらなのですね……」
普通に持ち上げられたり振り回されたりしていた赤毛の聖女が、のんびりと首をかしげる。
しかし答えはなかった。武器を振り回せることに理由はいらない。振り回せない時にこそ理由はいるものなのだから。
「さて、座標重複バグですが、こうやって座標を重複させたままでないと攻撃力が加算されません。しかし、少しでも動くと座標重複が解除されて……四方八方に、『重複していたもの』が飛び散ります」
「「ひぇ」」
「しかしこのゲームの敵は『とにかくステータスを上げて殴ってくる』という仕様なので、決戦のバトルフィールドに入ったあとにジッとしたままのんびりオブジェクトを重複させている時間もなく、こうしてバトルフィールドの外でやるしかありません。しかし、こうすると部屋に入ることができず、武器の間合いが足りない……」
たしかにここは魔王城の魔王がいる玉座の間の外(かべのなか)だ。
ここから聖女を振るっても、普通に考えたら魔王まで刃(?)は届かない。
だが……
「両手の武器という例外をのぞいては座標重複したまま移動できませんが、聖女二刀流だけでは攻撃力が足りない。しかし部屋の外でオブジェクトを増やすと間合いが足りない。ならば──『攻撃力だけ飛ばせばいい』」
途中までがんばれば理解できそう(特別な訓練を受けた人のみ)だったのが、急によくわからないことを言い出したので、持ち上げられたままの聖女たちはそろって首をかしげた。
「……方向調整ヨシ! では、『攻撃力』を飛ばしていきます」
これまでのおしゃべりはどうにも、方向調整をしているあいだに間を持たせるためのものだったらしい(彼の中では配信しているので)。
だから説明が途中でぶった切られてよくわからないまま、聖女たちは、振るわれることとなった。
……勇者は言わなかったが、彼はこのバグに名前をつける予定でいる。
しかし、まだ試したことがなかった。
なぜならば、世界を崩壊させてはいけないレギュレーションでこのゲームのRTAを走るのは今回が初めてだからだ。
だから、うまくいくかはわからない。
わからないが──
このバグは。
両手に聖女を装備し、攻撃だけを遠くに飛ばす、他の場所では使うタイミングもないので、『魔王だけを一撃で殺すバグ』。
それゆえに、勇者はこのバグを、こう名付ける予定でいた。
──『聖剣バグ』。
なぜなら、聖剣はビームを放つものだからだ。
そしてこの場合の『ビーム』とは……
『Cloth Armor』
勇者の体からはぎとられて、重複しながら足もとに折り重なっていた、大量の、汚い生成りの服が、聖女を振った勢いに乗っかって、一つの方向へと放物線を描きながらすさまじい勢いで発射されていく。
小便のような軌道を描いて壁の外へと『ボバババババババッ!!!』と意味不明な勢いで飛んでいく『Cloth Armor』。
これがなぜ『攻撃力を飛ばしたこと』になるかというと、次の地点に着地するまでは、飛んでいる最中であろうと『同一座標にあるもの』とみなされるからだ。このゲーム、3Dのくせに地面にしか座標判定がない。
そして勇者の攻撃は装備を振った軌跡に発生するのではない。
装備を振っている時間、体中に発生しているのだ。
……同一座標にある布の服は、勇者の体の一部とみなされる。
ゆえに、この方向に、この位置から剣を振ると……
数十の『Cloth Armor』と勇者本人、そして両手にそれぞれ装備した聖女の攻撃力(防御力をふくむ)が乗った、『布の服のビーム』が、玉座で待ち受ける魔王へと一直線に飛んでいく!
布の服がすっかりなくなったあと、勇者は悠々と歩いて壁の外に出る。
するとそこはおどろおどろしい古城の内部であり、ぼろぼろの玉座には『魔王』の姿があった。
そのおぞましき姿は……
赤っぽい迷彩服を着た、突撃銃を持った兵士であった。
さらにその全身からは濃い紫色の瘴気が噴出しており、ここまでたどりついたプレイヤーからは『くさそう』『絶対くさい』とさんざんに言われている。
ましてや今はなんとなく小汚い生成りの『Cloth Armor』にまみれているもので、『放置しまくった洗濯物の雪崩に遭った人』という感じになっている。
「勇者様、魔王が……!」
「まだ、生きているのです……!」
玉座に座っていた魔王は、勇者の部屋入りをみとめると、スクッと素早い動作で立ち上がった。
玉座の上に屈伸していたそいつがストンと床に落ち、『Cloth Armor』をバラバラと蹴散らしながら勇者の方へすさまじい速度で移動してくる。
その速度、実にゴブリンの三十倍。
もちろん攻撃力もHPも三十倍なので、一撃でももらうと死ぬ。
まともにやると攻撃がまず当たらないので、『こっちに攻撃しようとして突撃銃を振りかぶった(銃撃はできない。攻撃手段は殴打だけだ)瞬間を狙ってチマチマ叩くしかない』というお手本のようなクソボスなのだが……
魔王は勇者の目前に迫ると、いきなり膝をふにゃふにゃ曲げて、大開脚のような姿勢になりながら、ビクンビクン跳ねつつ、倒れた。
そして、ガクガクガクガクと奇妙な痙攣をし続け、片足を床に埋めながら……
立ち上がらない。
……瘴気の噴出が、止まっていく。
「……え? なんか……死んだ……?」
マリアが不思議そうに言う。
本当に『なんか死んだ?』としか言えない姿なのだ。というか死んだのだろうか? 片足を床に埋めたままずっと開脚姿勢でガクガクしているし……
だが、確かに瘴気が止まり、魔王城そのものも薄れていっている。
「なんかクリアウィンドウが出ないな……バグの影響かな。でも魔王は倒れたのでここでタイマーストップです。世界は平和になった。これが俺の開発した『聖剣バグ』の威力になります。追走者兄貴は参考にしてくださいねー。………………って」
……そこで。
ようやく、勇者は、自分の左右にいる美少女たちを交互に見て。
目に困惑を浮かべて。
こんなことを、言い出した。
「もしかしてこれ、ゲームでは……ない?」
マジで今さらすぎて、聖女たちがコメントに困ったのは言うまでもなかった。
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