終章 ラストバトル

第7話

 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ…………


「勇者様!?」

「壁に頭を叩きつけて何をしているのですか勇者様!?」


 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ…………


「勇者様!? ついにおかしくなったの!?」

「最初からだいぶおかしいのですが、ついに!?」

「でもなんか真剣に頭を叩きつける姿、いいかも……」

「エセ聖女はそろそろ目を覚ますべきなのです」


 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ──

 ヌルッ。


「勇者様!? 頭が壁にめりこんでるわよ!?」

「なんか壁に吸い込まれていくのですが!?」

「「勇者様ァ!?」」


 魔王城──


 それは四つの尖塔を持つ古いタイプの城であり、その外壁は夜の闇よりなお黒く、上空には紫がかった濃い瘴気が暗雲のようにうずまいていた。


 その城門は固く閉ざされている。


 どのような攻撃によっても開かず、また、内部から開けられることもない。


 この城……正しくは『城の形をした術式』こそ、マリア教・ホズミ教の開祖が作り上げた『魔王封印術式』。

 魔王が出現すると同時にその存在を閉じ込め、外に出られないよう釘付けにする術式であり……

 放っておけばすぐさま、いち国家の範囲で人が住めなくなるような『瘴気の噴出』を抑えるための、密閉容器でもあった。


 ……だが、魔王の身から噴き出す瘴気は、開祖たちの組み上げた術式でも完全に抑え込むことはできない。


 だからこそ『勇者』に魔王を討伐してもらう必要があり……


 討伐のためには、封印を解除しなければならない。

 ……万が一にも魔王が不用意に外へと逃げ出さないよう、封印の解除は『うっかり』でやってしまえないように、あるいは魔王を信じる破滅主義者が容易に解けないように、特殊な条件が設定されている。


 その『封印解除方法』こそが、『聖女の死』であり……


 聖女の命を……マリア教かホズミ教、それぞれが聖女と定めた少女のどちらかが死なない限りにおいて、解けない。

 そういう封印だった。


 だが、その封印が施されたまま、勇者が魔王城の壁に頭から吸い込まれていく。


 右手武器の聖女マリアも、左手武器の聖女ホズミも、抗えないなんらかの力によって、勇者とともに壁へと吸い込まれていく。


 二人の聖女は『壁に吸い込まれる』という異常事態を前に、本能的な恐怖心からついつい足を踏ん張って抵抗する。

 だが『力』は強い。勇者の体が半分吸い込まれるころにはもう、二人も抵抗しきれなくなって壁にぶつかり……


 ぬるんっ。


 そのまま、壁の中へと吸い込まれた。



 壁を抜けるとそこは、魔王城の中であった。



「どういう……ことなの……?」

「……壁を抜けたのです?」


「これは『戦力を減らしたくない』『あと城の門を開けるムービーがクソ長いし唐突で意味わからん』というのを解決する『壁抜けバグ』ですね。これを行うことによりヒロイン二人を保持したまま魔王城の中に入ることができます。これには他にも利点があります」


 そして、勇者が走り出した。

『1/4攻撃走法』で。


 急に振り回された右手武器マリア。

 城内の通路は人一人が通るのがやっとというぐらいに狭く、しかも勇者は斜め方向に移動するので、右腕にくっついたマリアは壁に叩きつけられそうになる。


「マリア!」


 ホズミが大声を出した。

『産声もやる気がなかった』などと言われるほど無表情・無感情・物静かな彼女がこのような大声を出すなど、生まれて初めてのことだった。


 しかし左手武器のホズミが叫ぼうが勇者のスイングを止めることはできない。


 赤毛の美少女はすさまじい勢いで壁に叩きつけられ……


 ぬるん。


 壁を抜けた。


 あと、勇者とホズミもダッシュで壁を抜け、壁なんか存在しないかのように真っ直ぐに進んでいく。


「これが『壁抜けバグ』の『他の利点』の一つですね。一度壁を抜けると、以降の壁もすべて無視できます。しかもこちらだけ。城内のモンスターは壁を無視でないので、*かべのなかにいる* をしている限りは城内でモンスターに襲撃されることもなく、安全に、最短距離で魔王の待つ場所まで行くことができるんですね」


「まさか大マリアはそこまで考えて、この『城型の結界』を作成していたの……?」

「作った人そこまで考えてないと思うよ」

「なんてこと言うのよ勇者様!?」


 右手武器マリアの順応性がやたら高いので、もう『壁に向けて思い切り叩きつけられる』ということに慣れており、コメントをする余裕まで出てきている。


 それは左手武器ホズミにとって戦慄とわずかな尊敬さえ感じるほどのことだった。

『この状況でああまで落ち着いていられるなんて、さすがは叩き上げの聖女……』とマリアに対する好感度が上がっている。ホズミも異常に異常が重なる中でちょっとだけ心が壊れ始めていた。


 勇者がマリアを振り回しながらやや斜め方向に壁を透過しつつダッシュとジャンプを繰り返しながら進んでいくと、右手武器が声を発する。


「この先に魔王がいたわ!」


 振られた時に壁の向こうが玉座の間だったらしい。


 勇者がピタリと立ち止まり、その場で細かい足踏みをし始める。


 これまで異常な高速行動を繰り返した彼が、いきなり奇妙な動作をする……

 通常であれば『魔王を前にしてやはり怖いのかな』と思うところだが、この勇者に『恐怖』なんていう人間らしい感情があるとはもはや聖女二人とも考えてさえいない。


 なのでこの謎の足踏みもたぶんなんらかの次なる異常を起こすための前フリなのだろうという信頼があった。


 信頼。


 そう、信頼なのだ。

 魔王という未曾有の危機を前に、いくら言い伝えで『異世界からの勇者が魔王を倒す』と言われていても、そこにはやっぱり、不安があった。


 言い伝えは本当に『異世界から勇者を呼びます。するとあとは勝手にやってくれます』というようなことしかなかったのだが、現実を生きる人々は『まさかそれだけでやってくれるとも思えない』と不安になり、さまざまな対策を講じようとした。


 魔王の封印は聖女の命がなければ解けないし、封印を解いてしまえばさっさと倒さないと世界中が瘴気で満たされるため『試しに勇者に頼らない戦力を送り込んでみる』ということはできなかったが……


『勇者にやる気を出させるため』にできることは、すべてやろうとした。


 聖女を『勇者専用娼婦』のように仕立て上げる計画さえあり、聖女は魔術の才能と同じぐらいに見目の麗しさが重要視されるなどの隠れた聖女選定基準も確かにあったのだ。


 聖女に選ばれた者は、勇者の言うことならなんでも聞くように強く言いつけられるし、それを破れば聖女資格を剥奪されるというようにも言われていた。


 だから、ほとんどの聖女は覚悟しつつも、『どうか、自分の代で魔王が復活しませんように』と願う。

 魔王復活さえなければ、覇権宗教の中で説法だけしていれば贅沢な暮らしができるのだ。


 聖女となるうえで使命に身命を懸けるだけの覚悟を問われるから、『覚悟はしています』と言いはするものの、実際に『覚悟』していた聖女が歴史上どれだけいたことか……


 だが、今代の聖女は、覚悟していた。


 体を捧げ、人生を捧げ、尊厳を捧げ、命さえ捧げる覚悟で、勇者を召喚した。

 ……少なくとも片方はそのぐらい覚悟が決まっていたし、もう片方の『なんとなく』聖女をやっている方も、命を捨てて勇者を魔王城に入れる決意を最後には固めたのだ。


 だというのに、一人の犠牲もなく、自分たちはここにいる。


 何も捧げていない。


 ……本当に捧げていないかどうかは、腹部にめりこんだ腕を見ると、ちょっと言葉に迷いを抱いてしまうが……

 魔王を目前(壁越し)にした現在、五体満足だし、体も求められていない。


 そして、魔王城の内部にいるというのに、二人とも生きている。

 生きているのだ。


 勇者が繊細な位置調整をしている中、聖女マリアは気が抜けたように笑う。


「……体中から瘴気を噴き出す化け物……魔王がすぐそこにいるっていうのに、どうしてかしら? 全然、不安じゃないのよね。『死ぬかも』って、ちっとも思わないの。せっかく助かった命が失われるかもっていう不安が、本当にないのよ」


 聖女ホズミは無表情のままでうなずく。


「人に全部任せて、全部うまくいく……そんなふうに思ったのは、生まれて初めてなのです」

「たぶんそれ……『愛』よね」

「お前はちょっと冷静になった方がいいと思うのですが」


 冷静になった方がいい、と言いつつ、ホズミは内心で『でも、もしかしたらそうなのかも』という疑いもちょっと抱いていた。


 ホズミはまだ恋愛とか、男女関係とかをよく知らない少女であった。

 今より幼いころから挫折もなく、ずっと聖女扱いされていたため、同世代どころか歳上世代からもずっと『憧れ』『尊敬』という感情を向けられ続けてきたし、そういった人たち相手に『同等以上の相手に抱く感情』を抱くこともなかった。

 なので自分の今の感情がよくわかっていないのだ。


 だからこのドキドキが、愛なのか、それとも恐怖なのか、ホズミには結論を出せない。

 ちなみにこの世界には『吊り橋効果』という言葉はない。


「位置調整ヨシ!」


 勇者が唐突に大きな声を出したので、右手武器も左手武器もビクッとしてそちらを見た。

 濁った目の奥に狂気的な輝きを宿した青年は、目を見開いたまま口だけでニコッと笑う。


「では魔王を倒したいと思います」


「ついにやるのね」

「……私たちは、何をすればいいですか?」


 二人の聖女に不安はない。恐怖もない。

 だが、それでも緊張はする。


 マリア教、ホズミ教がそれぞれ開祖からたくされた使命……『魔王退治』がついに成るのだ。

 その決戦を前に、まったく緊張をしないでいられるほど、二人は心が枯れてはいなかった。


 勇者は答える。


「二人にやってもらいたいこと……それは」

「「それは?」」


「俺の服を脱がせてください」


「「は?」」


 最初はいがみ合っていた聖女たちの心はどんどん一つになっていたが……

 今、この時が最高に〝一つ〟だった。

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