第3回放送分「まちがい」
「こんばんは! 今日もラジオをはじめていきます。暑くなってきたね! 夏は怪談だよな。肝試しとか撮ってもいいかも!」
「実写にするの?」
「そう、楽しそうだろ、カメラ持ってないけど……夜毎、カメラ持ってたりする?」
「持ってない」
「スマホでも撮れるかな?」
「やり方調べてみようか。さて、今日の怪談はでいさつさんから頂きました。ありがとうございます」
「真実かなんて考えちゃだめですよ、この世ならざるものは語られた時点でそこに"いる"んですから」
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母がおかしいんです。
わたしはWEB系の仕事をしていて、基本的に自宅でパソコンと向き合う生活です。わたしは他人と話すのが苦手なので、人と話さなくても良いこの仕事は天職だと思っています。
そんな中で、数少ない会話の機会は週末に我が家に来る母とのお茶会です。
他人と話すのは苦手でも、家族はその限りではありませんでした。手土産に持ってきてくれたお菓子を食べながら他愛無い話をするだけの時間を愛していました。
何でも話せるひどく仲の良い親子ということはありません。ですが、この間友人にもらって美味しかった菓子を買って来た、父がいただいたお茶のお裾分けだ…など、そういったささいな優しさに心が温まりました。
ある日曜日、インターホンが鳴りました。母が来たのでしょう。カメラのないインターホン越しに、聴き慣れた母の声がしました。
「***」
えっ、と声を上げました。
なにを喋ったのかわかりませんでした。まるで別の言語のようです。その声は、確かに母のものなのに。その言葉を文字に起こすなら「かそゆ」でしょうか。
「どちらさまですか?」
「母です」
聞き返すといつもの母でした。
「分からなかった?」
「ごめん、聞き取れなくて」
滑舌が悪かったのかもしれないし、インターホンの不調かもしれません。あとで電池を入れ替える必要があるだろうか、と考えつつ母を迎え入れました。
母の持参した水羊羹を食べながら、実家にいる父や弟の話を聞いたり、仕事の話などをしていたらその日はそのまま、インターホン越しの声のことは忘れてしまいました。
ですが、これきりでは終わらなかったのです。
次に母が来た時も、母の口からは不思議な言葉の羅列が飛び出しました。言い間違えたとか、舌がもつれたとかでは表せない、はっきりとした口ぶりで聞いたことのない言葉を発する母。
インターホン越しの姿の見えない母からのおかしな言葉は、まるで異世界の生き物かのようでどうにも気味が悪かったです。
ですが、そのことに触れると悲しませてしまうのではないかと思い、母の言葉を聞き返しては「人と話さないから聞き取るのが下手になったのかも」などと嘘をつきました。
「でぃさそね」
「ぬみるつり?」
母の不可解な言葉は、会うたびに増えていきました。
あまりに何度も聞き返せないと伝える事が心苦しく、曖昧に笑ってやり過ごす事が増えました。
なにかの病ではないかと思い実家に住む弟に連絡しましたが、家ではそんな様子はなく、わたしの心配ばかりしているとのことでした。
わたしが母に戸惑った態度を見せていたせいで、母はどうやらわたしの様子がおかしいと思ったようです。
『ねえちゃん、大丈夫?』
弟からのメッセージに「大丈夫」とだけ返事をしました。
母が私を心配するあまりとうとう弟まで私を心配しはじめました。あんな様子の母に心配されている。大丈夫じゃないのは、母の方なのに。
母が職場でもあの調子で浮いていたらどうしよう。家族の前でも妙なことを言って遠巻きにされていたらどうしよう。同居する家族はなぜ気が付かないんだろう。どうして何の原因もわからないのだろう。
そんな心配だけがずっと止まないのです。
脳になにかあるのではないか。脳腫瘍で性格が変わってしまったという話を聞いたことがあります。
あまりに心配になり、わたしが脳神経外科を予約して母に脳の検査を受けさせました。
母は嫌とは言いませんでした。
待合室で母は力のない顔をしてわたしのほうを見ていました。
「ほぉぜき?」
わたしの目を見て、母は何かを言いました。わたしにはなにも分かりませんでした。
曖昧に頷くと、母は諦めたように俯きました。
検査の結果、なにもありませんでした。
何かあって欲しかったなんてことはありません。ですが、何かが分かれば改善策があったかもしれない。それを断たれてしまい途方に暮れました。
いままでのような関係性になりたかったのに、どこでおかしくなってしまったのでしょうか。これが病ではなく霊や呪いとでもいうのなら、母が一体、何をしたというのでしょうか。
いまもまだ、母はなにやらおかしな言動を続けています。
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(以下、眞昼さんと夜毎さんの会話)
「さろわもち?」
「らもにう」
「みつぎう?」
WEBラジオの文字起こし記録 匿名 @___xx
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