第2回放送分 「ぱちん」

眞昼さんと夜毎さんの怪談系WEBラジオ「彼誰異談」を文字起こししたnoteです。

時系列順に読む必要はありません。

※実際の人物、団体とは関係ありません


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「こんばんは! 今日もラジオ"彼誰異談"をはじめていきます。第1回放送を聞いてくださった方、ありがとうございました! 再生数見て俺びっくりしちゃった、誰も聞いてくれないかと思ってたのに、30だって。しかもコメントまでくれてさあ…」

「眞昼、誰にも聴いてもらえない想定のラジオに僕のこと呼んだの?」

「うん。夜毎は何誘っても乗ってくれるから気にしないと思って」

「信頼されてると思うことにするよ。それでは本題に参りましょう。本日の話はSNSの募集から、スイッチさんに送ってもらいました。お便りを送ってくださりありがとうございます」

「真実かなんて考えちゃだめですよ、この世ならざるものは語られた時点でそこに"いる"んですから」


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 仕事終わり、くたくたに疲れ果てて家に帰ってきたら真っ暗なはずの家が明るかった。居間の灯りを消し忘れて出かけてしまったらしい。

 玄関の灯りを付けたら、扉越しの柔い光のことなど気にならなくなった。先日もエアコンをつけたままにしてしまったし、疲れが溜まっているのかもしれない。そういえば最近は靴の着脱もおざなりで、靴たちは揃わずそっぽを向いて置かれていた。お気に入りの白いブーツ。休日用のスニーカー。今の今まで履いていた黒いパンプス。きれいに並べ直してから、灯りを消すため玄関のスイッチに手を伸ばした。

 外套を脱ぎながら居間に向かう。灯りがついていると、一人暮らしなのになんだが誰かに「ただいま」と言ってもらえるような気がする。

 ぱちん。

 どこかで音がした。安いアパートだから他の住民の生活音が聞こえてしまう。我が家の音も聞こえているのだろう。

 コートハンガーに手を伸ばしたとき、玄関が明るいことに気がついた。灯りのスイッチは切ったと思ったのだけれど、触れただけで切れていなかったのかもしれない。よほど疲れているんだなあ。今日はよく温まって寝られるようにお風呂に入浴剤も入れよう。

 帰ってきたら最初にお風呂に入ることにしている。ご飯を食べた後にお風呂に入ると、なんだかぐずぐずと後回しにしてしまいいつまでも入らず夜更かししてしまうから。

 お風呂が沸くのを待ちながら入浴剤を選ぶ。数種類が入ったアソートから、疲れに効きそうだと思いラベンダーの香りのものを取り出した。支度をしているうちに、湯沸かし器が明るい音楽を鳴らしお風呂が沸いたことを伝えてきた。

 風呂場の床はひんやりと冷たい。早く湯船に浸かって温まりたい。化粧を落とし、冷たいシャンプーを泡立てはじめた。

 ぱちん。

 暗闇が視界を覆う。風呂場の電気が落ちた。

 停電か。いや、停電なら給湯器も切れるはず。出しっぱなしにされたシャワーが暖かいはずがない。何より先ほどの音は、まるでスイッチを切るときの音だ。

 誰かが家の中にいる?

 強盗。殺人犯。ストーカーかもしれない。こんな狭い家でどこに隠れていた? 帰ってきてからキッチンも居間も行った。押し入れも開けた。気が付かないはずがない。他に人間がいられるような場所はないのだから。外から入ってきた?この短時間で? なんの音も立てずに?

 無駄かもしれないと思いつつ、外から開けられないように背で浴室の扉を押す。扉に近づくことで犯人に近づくかもしれないが、流しきれていないシャンプーのせいでまともに目あけられないのだ、容易に扉が開くことの方が恐ろしい。後ろ手で手探りに鍵を探すが、うまく閉められずもどかしい。

 見上げてしまったら、磨りガラス越しに自分を見下ろす誰かと目が合う気がした。相手が人間なら、見ないでいることの方が危険で恐ろしいはずなのに、どうしても視線を上げることができなかった。

 心臓の音が響いてうるさい。身体中が冷え切ったせいで熱いシャワーは痛いくらいだ。

 やっと鍵を閉められた。どうすることもできず、ただシャワーの水温を聞き続けている。

 

 どれだけ経ったろう。

 ふと、もう大丈夫だと思い立ち上がる。なぜか確信があった。台風が来た時、あんなに恐れていたのに過ぎたらなんともなかったように眩しい太陽が差していた日みたいに。

 風呂から出て、人の気配がないか確認したが玄関の鍵も閉まっていたし窓も割られてはいなかった。人間のいた形跡なんてどこにもない。ただ、勘違いだったことにして終わらせるにはあまりにもあの「ぱちん」という音が耳に残っている。

 以来、ちゃんとしないとなにかに「付け入る隙」を与えてしまうのだと思い、自堕落気味の生活を改善するよう心がけている。

 靴を揃えて。脱いだ服をしまって。ここには自分以外の誰がいるわけでもないと一目でわかるようにする。

 次は、暗闇にいる"それ"と目が合うかもしれないから。

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