第四十五話 冥府の官吏・小野氷月
――まさか、あの方の
当時はまだ十二天将を使役する前で、
現在も過去も、人が集えば噂が生まれ、それに尾ひれがつく。晴明の場合は
そんな晴明が、
そもそも〝祟られている〟と言っているのだ。心当たりがないのであれば祟られているとは言わないだろう。
「その幽鬼に、お心当たりは?」
晴明の問いに、男は明らかに動揺した。
「あ、あるわけがないだろう!」
「――ですが、向こうは理由がなく祟るとは思いません。
「陰陽師の
よほど
なんとその幽鬼が、晴明の邸に現れたのだ。
陰陽師の邸に現れるなど
女の幽鬼曰く、その貴族の男は妻にすると約束したと言う。しかし男は財も地位もある他家の姫に心を移してしまったと言う。彼女は病となり彼岸に渡ったが、男が忘れられぬと言う。まだ覚えてくれているかも知れないという期待を抱いたが、当の男は彼女を見ても最初は誰だがわからかったらしい。
こちらは死しても忘れていなかったのに、男のほうは新たな恋で女の存在を心から消し去っていた。
やはり、彼女には祟る理由があったのだ。と言って、このまま彼女を見逃すことはできない。たとえ男に非があろうと、人に害をなすものとなるなら祓わねばならぬ。
その男と出会ったのは、その直後である。
女の幽鬼が突然姿を消して、入れ替わりにその男が晴明の邸に侵入してきたのである。
こうも立てて続けに〝あの世〟のモノに侵入されると、陰陽師としての
男の名は
結果――女の幽鬼は鬼とならずに冥府へ向かったが、この世に未練を残したものほど幽鬼となって彷徨う。
小野篁は言った。
死しても
「彼の中には陰謀によって命を落としたモノもいる。なのに非は陰謀を企み、追い詰めた側にあるのに、追い詰められて死したものは報われることなく怨霊としてて祓われる。鬼となれば、かの魂魄は地獄に堕されるだろう。まったく、理不尽だよ」
そんな魂魄を、晴明も見てきた。
「篁どの、私は陰陽師です。人を害するものは祓わねばなりません。ただ――、その嘆きを聞くこともできます。ただ冥府へ送るだけではなく、抱えた恨みや憎しみの
篁は
「そなた――、変わっておる」
そう言って、篁は冥府へ帰っていった。
その後、あの貴族の男はどうなったかと言えば、過去の不正が仲間の裏切りで
晴明はそんな昊を見上げつつ、
冬真が
普通貴族の姫は、夜中に一人歩きはしない。しかも、
そんな姫は晴明の記憶では、冬真の
小野家は、かの
試しに小野家に式神を放つと案の定、小野氷月は篁の
しかもだ。彼女もまた冥府の官吏であり、追っている魂魄が晴明の邸に「彼を殺さないで」と訴えに現れた幽鬼らしい。
幸い、今回の幽鬼に憎しみの念は見られなかったが。
かくして晴明は、小野家を訪問するに至ったのである。
◆◆◆
「……またなの?」
「お、お邸の中に、お、鬼がいるなんて――」
確かに鬼は
「今に始まったことじゃないでしょ。いい加減、慣れなさい。
氷月の言葉に、女房・卯木は必死にぶんぶんと首を横に振る。慣れませんという、意思表示らしい。
氷月も卯木も鬼が視える
「あ、あれに、どうなれろと? 氷月さま」
卯木は震えながら、氷月の
そこには頭が牛や馬で、からだは人の形をした地獄の
牛の頭をもつのが
小野家は他家に比べれば格式は低いが、祖の小野妹子は遣隋使の一員として大陸に派遣され、曾祖父・篁は
牛頭馬頭は、その頃から小野家に出入りしていたらしい。
氷月が生まれたときには
「牛頭馬頭、閻魔王にはもう暫くお待ちをと伝えて」
氷月の指示に、二匹はすっと
「氷月さま?」
「なぁに? 卯木」
「なにゆえ、小野家の姫であられる氷月さまが――」
「冥府の官吏をしているかって……? そうね、私も鬼や幽鬼は物心ついた時には視えていたわ。でも、不思議と怖くはなかった。ま、
曾祖父・篁という人は、はっきりとものを言う性格だったらしい。
三度目の
篁は二年後朝廷に復帰するが、はっきりとものを言う性格なら氷月も負けてはいない。
鬼を
閻魔王は、
「さてと……」
氷月が片付け始めたのを見て、卯木が首をかしげる。
「氷月さま?」
「
「お出かけから、私がお供しますわ」
「――鬼と遭遇するかも知れなくてよ。訪ねるのは、陰陽師・安倍晴明さまのお邸ですもの」
氷月の言葉に、卯木は再び青ざめて、同行するのを諦めたのだった。
半妖の陰陽師~鬼哭の声を聞け 斑鳩陽菜 @ikaruga2019
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