♯21 Extra episode 愛し子らの守人




 星々の代わりに0と1を模った緑の光が明滅する宇宙空間と、見慣れぬカタチの大地と大洋をようする地球を背景に、黒と白の二種類の延命菊デイジーが競うように咲き誇る花園――ボクの精神世界にて。


「どえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」


 ボク、『くぐい 勇魚いさな』は今、情けない悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。


 というのも、ボクの身に宿る造物主――オーバーロードたちが、突然ボク(の意識)をこちらへ呼び寄せ、『今後の戦いに備えて、おまえを鍛えてやる!』とかなんとか言い出したからだ。


「ね、ねえ! この特訓って本当に必要なワケ⁉ ていうか、精神世界で戦闘訓練って何か意味あるの⁉ 肉体を鍛えるのなら現実世界じゃないと意味が無いよね⁉」


「逃げてばかりいないでかかってこい!」と咆えながら飛び掛かってくるオーバーロードの一柱ひとり――赤毛をおさげにした〈種を播くものシードマスター〉クーの拳を避けながら、ボクが訊ねると。


「確かに肉体は鍛えられないけれど、」


 と、純白のシャープカを被った銀の髪プラチナブロンドのオーバーロード――〈神の財産目録保存者ホワイトデイジー・ベル〉リッカが答えてくる。


「でも、戦闘経験を積むことは出来るわ。場数を踏んでおくって大切よ? いざというとき、ちゃんと身体を動かせるようにね。特にあなたの場合、初代<ガイアセンチネル>のように格闘術を習得しているワケでもないのだし」

「初代って格闘術を習得してたの⁉」


 初耳なんだけど⁉


「ええ」


 アッサリ肯いたのは〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスマナ。常に狐のお面で顔を隠している着物姿のオーバーロードだ。


「ナンチャラのナンチャラという拳法だか仙術だかを使用していたという記録が宇宙間集合無意識アカシックレコードに残っています。彼が混沌の眷属から第一平行宇宙を護れたのは、その格闘術のお陰と言っても過言ではないでしょう」


 マジか……。

 あの『ナニカ』みたいな恐ろしい存在と渡り合える格闘術って、どんだけスゴい格闘術なんだ……。


「――っとぉ⁉」


 考えごとをしていたら、空振ったクーの拳が砕いた大地、噴き上がった土砂に、ふっ飛ばされてしまった。

 黒と白の延命菊デイジーの絨毯の上をしばしの間ゴロゴロと転がり、ようやく止まったボクは、「あ痛たたた……」と顔をしかめつつ立ち上がる。


 まったく、なんて威力のパンチだよ……。

 見た目は可愛らしい女の子なのに。


「ただ避けるだけなら猿でも出来る! ちゃんとカウンターをぶちかましてこい! ワザと隙を作ってやってんだぞ、こっちは!」


 拳を振り上げて怒るクー。


「無茶言うな」


 精神世界での出来事である以上、たとえ相手の攻撃が当たっても現実世界の肉体のほうにダメージは無いと理解わかっていても、やっぱ怖いものは怖いんだよ……。


「おにーさん、頑張れー! なのです」

「おにーちゃん、ふぁいとー! なんだヨ」

「……応援してくれるのは嬉しいけれど、なんでキミたちまでここにいるの、テルル、レア」


 リッカが生み出した氷山の前にしゃがみ、ボクとクーの模擬戦闘を見物していた地球の化身、<ガイア>の双子を、ボクはジト……ッとした目で見遣みやる。


「あたしたちだって受肉を解除して魂魄タマシイだけの状態になれば、おにーさんの身に宿ることは可能なのですよ☆」

『魂魄一体』オーバーローディングしたときはいつもクーたちと一緒にここいるんだよ、わたしたち☆」

「……ボクがツッコミたかったのは『キミたちもここに来ることが可能だったんかーい!』ってことじゃなく、『わざわざこんなトコまで野次馬しに来たの⁉』ってことなのだけれど」

「ひどいのです! せっかくクーたちにしごかれてもめげずに頑張るおにーさんを応援しにきてあげたのに! ……モグモグ」

「まったくだヨ! おにーちゃんがリッカたちに半殺しにされないよう見張ってあげてるのに! ……パクパク」

「……口いっぱいにおやつを頬張りながら言われても説得力が無いんだけど」


 絶対楽しんでるよね、キミたち……。てか、どうやって持ち込んだの、そのジュースとポップコーン……。


「もーイヤだ……」


 早く現実世界に戻りたい……。

 現実世界に戻って、エルが作ってくれたご飯を食べて、ふて寝したい……。


「しゃーねーなー。今日はここまでにしておくか」

「まあ、初日からこんを詰め過ぎて潰れられてもあれだし」

「……要らない双子オマケまでついてきちゃいましたしね」


 助かった……。


「やれやれ……。ボク、元はごく普通の一般人だったのになぁ……。なんの因果で別の宇宙、別の地球で造物主カミサマたちに扱かれることになってるんだろ……」


 くらいしか、特徴の無い人間だったのに……。


「まあまあ。そのお陰でこんなに可愛いあたしたちと出逢えたんじゃないですか」

「そうだヨ! わたしたちをお嫁さんに出来るんだからむしろラッキーでしょ?」


 自分で言うか……。

 あと、ボクがキミたちをお嫁さんにするのは確定事項なの?


「まあ、いいや。――それじゃあボク、そろそろ戻るからね。マナ、クー、リッカ」

「はい」

「おー」

「また明日」


 …………やっぱ明日もやるんだ、この特訓…………。






                 ☆






「やれやれ……。弱音ばっか吐きやがって。大丈夫なのかねぇ、我らが守人もりびとサマは」

「まあ、でも、彼の境遇からすれば愚痴のひとつも零したくはなるでしょうけどね」

「そうですよ。それに彼がやるときはやる男なのは、お二人もご存じでしょう」

「まあな。……どのみちアタイらはアイツを頼るしかねーんだしな……」

「…………それにしても、」

「どうしました、リッカ」

「なーに難しい顔してんだよ」

「さっきの彼のセリフ……『自分は元はごく普通の一般人だったのに、なんの因果でこの宇宙、この地球に』って疑問……。言われてみれば、なんでなのかしらって」

「………………」

「アイツが元いた宇宙、オリジナルの地球で、なんらかの理由でワームホールに呑みこまれちまったからだろ? その結果、平行宇宙のひとつであるこの宇宙に吐き出されて、」

「そうなのだけれど、なんで流れ着いた先がこの宇宙だったのかしら? 他にも平行宇宙は沢山あるのに。……あくまで偶々たまたまなのかしら……」

「……偶々なんかじゃありませんよ」

「「え?」」

「確かに、ワームホールに呑みこまれることになった理由まではわかりません。もしかしたらただの偶然だったのかもしれません。……けど、流れ着いた先がここだったのは必然です。は辿り着くべくしてここへ辿り着いたのです――の、奇蹟を手繰たぐり寄せるチカラによって。ずっと妹の根底にあった願い――『生き別れの兄に逢いたい』という想いに応えて。……もっとも、チカラを揮ったのはあくまで<太母>グレートマザーそそのかされた希実ニンゲンですから、すべては結果論でしかないのですが……」

「……マナ? なんの話を、」

「兄……、妹? マナ……まさかあなたは……あなたのその人格の元となった<オリジナルの地球>の人間は……」


「わたくしは全力であのかたを鍛え、支えます。〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスマナとして。そして……『鵠 真魚まな』として」






                  ☆






「あ、勇魚さん。ちょうどいいところに。夕ご飯の準備が出来てますよ」


 テルルとレアを伴い食堂へ行くと、テーブルに料理を並べていたエルがこちらに気付き、柔らかい微笑みを浮かべた。

 叶恵かなえたち他のメンバー……は、既に全員揃い、着席している。みんなボクたちが来るのを待ってくれていたようで、「遅ーい!」と頬を膨らませていた。


「やりました! アノマロカリスのしんじょう焼きなのです!」

「美味しそうなんだヨ!」


 双子がテーブルの上の料理を見て顔を輝かせ、一足先に着席する。

 遅れてボクも着席すると、みんなで「いただきまーす!」と言って、楽しい夕餉ゆうげが始まった。


「おにーさんおにーさん! これ、とっても美味しいのですよ! あたしたちが食べさせてあげるのです☆」

「ほら、おにーちゃん! あーん、なんだヨ☆」

「もう。テルルちゃんとレアちゃんはお昼ご飯のときもしてあげていたじゃないですか。わたしだって勇魚さんに『あーん』して差し上げたいです」

「「「そーだそーだ!」」」


 和気藹々わきあいあいと食事する仲間たちを順繰りに見遣みやり、ボクは呟く。


「……そうだな。このコたちを――このコたちが生きるこの世界を護るためだ。マナたちの特訓くらい、頑張って乗り越えないとな」


 確かにボクは、元はごく普通の一般人だけれど。

 でも現在いまのボクは、この模造地球デイジーワールドの――ここで日々を懸命に生きているいとたちの守人なのだから。



現在いまのボクには、このコたちという『家族』がいるんだ」



 母から娘へ。そして孫へ。

 きずなは受け継がれる。このコたちがそれを教えてくれた。


 ボクが冷たい氷山の中で独り淋しい夢を見ることは、もう無いだろう。




                                了


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ガイアセンチネル ー愛し子らの守人ー 和泉 健星 @izumikensei

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