日常編 ただひとつだけ
「あっ、もうこんな時間! ほら、キミたち! もう寝るよ! 夜更かししているとちゃんと大きくなれないぞ!」
久しぶりにこの
なんてこった。もう
小学生の女子たちが起きているには辛い時間のはずだ。
というか社会通念上、起きていていい時間ではない。
現に、見た目小学校低学年のチビっ子である地球の化身、分霊である双子は、ボクが使うつもりだったベッドで、
「むにゃむにゃむにゃ……。いいのですよ、おにーさん……。今なら
「Zzzzz……。ダメだヨぅ、おにーちゃん……。いくらおにーちゃんが巫女さんフェチでも、<ガイア>の正装でいたすのは不謹慎だってばぁ……」
このとおり、すっかり夢の中の住人だ。
………………どんな夢を見ているんだろう、このコたち。
どんな夢を見ようとこのコたちの自由だけれど、ボクの風評被害に繋がりそうな寝言を口にするのはヤメてほしいのだけれど。
「「はーい!」」
ボクの言葉に、双子が寝ているのとは別のベッドでネグリジェ姿の
……本気で泊っていくつもりなんだな、この子たち。もう諦めたけど。
「待て! まだまだ遊び足りないぞ! もう少しわたしに付き合え、勇魚!」
唯一もう就寝することを拒否したのは、艶のある黒髪を市松人形みたいなボブにした、勝気そうな瞳を吊り上がらせたリーダー格の少女――
「いや、もうお互いの身の上話もしたし。枕投げやトランプや
恋話は喋らされたの、ほぼボクだけだったけどさ。……というか、あれはもはや尋問だった。「初恋のヒトは誰だ」だの「あっちの地球に気になるヒトはいたのか」だの「好みの女性のタイプはどんなのだ」だの……。
テルルとレアがボクの返答に青ざめたり、胸を撫で下ろしたり、フムフムとメモを取ったりしている姿が印象的だった。
……握られたらヤバい情報を握られてしまった気がしないでもない。
「あんなのじゃ足りん! もっとわたしを構えー!」
床に突っ伏すボクの背に馬乗りになっていた結芽が、ボクの首根っこを両手で掴んでぐいぐいと引っ張ってせがむ。
苦しいからヤメれ。
ちなみに、なんでボクがさっきから床に突っ伏し、その背に結芽が乗っているのかというと、さっきの恋話で「付き合うなら年上と年下の女性、どっちがいい?」という結芽からの詰問に対して(質問ではない、詰問だ)ボクが「断然年上!」と答えた結果、何故か彼女が不機嫌になり飛びかかってきたためだ。
子供の行動原理はサッパリ理解できないや……。
「せっかく他のみんなが全員、先に寝てくれたんだ! わたしだけを構え!」
唇を尖らせてこちらの首根っこに
やはり無理をして起きていたのだろう。
それにこのコたち、今日は誘拐されそうになったり、トンボの化け物に襲われたりで、いろいろあったしな……
「
「オバケみたいな存在で、どうしたってもう大きくなれないヤツには言われたくない!」
「それを言ったらお終いだろ⁉ いいんだよその気になればチカラを使ってどんな姿にだってなれるんだから!」
「なんだって⁉ じゃあ、その気になれば女にもなれるのか⁉ よし、一回女になってみせろ!」
「えー……。まあ、それで寝てくれるなら……」
「………………。やっぱり、いい。女のおまえは見たくない。なんとなく」
ひどい。
ボクだって女の子になることには抵抗があるけれど、そんなふうに言われるとそれはそれで複雑だぞ。
ていうかボク、元々母譲りの童顔っぽいし、たぶん女になってもそんなに違和感ないと思うぞ。……自分で言ってて悲しいけど。
「とーにーかーくー、かーまーえー!」
「ああっもうっ、この気まま娘め……」
父親に甘える
かつて『妹』たちの面倒を見たときの経験を踏まえて考えると、こういうとき取るべき手は……。
「じゃあ、こうしよう。大人しくもう寝てくれるなら、ひとつだけ、なんでもいいからキミの『してほしいこと』をしてあげる」
「………………え?」
ボクの提案に、結芽がピタリと動きを止める。
「ただし、あくまで今この場でボクに出来ること。常識の範囲内でだ」
「………………」
「ほら、何をしてほしい?」
「なんでも……なんでも……?」
結芽は口をモゴモゴさせながらしばらく黙考すると、心持ち俯き、何故か頬を赤らめ――
「……てほしい」
「え?」
聞こえなかった。声が小さすぎて。
「だから! 今夜はおまえがおやすみのチュウをしてくれ! ほったぺたでもオデコでも唇でも、どこでもいいから!」
………………。
え。
いや、流石にそれは……。
「おやすみの挨拶とはいえ、人様の娘さんに勝手にチュウするワケには……」
「勝手じゃない! わたしがいいと言っている!」
「そうだけど、そういう問題じゃ」
「いいからチュウしろ! わたしは誰かにおやすみのチュウをしてもらわないと落ち着いて寝れんのだ! そういうことにする!」
『そういうことにする』て。
「うーん……」
ホント我儘な子だなぁ……。
普段どんだけ娘を甘やかしてるんだよ希実……。
いや、でも今日の希実と結芽のやりとりを見るに、そこまで希実が結芽を甘やかしているようには思えないから、甘いのはお父さんのほうなのかな?
父親は娘に甘くなりがちらしいし。
どんなヒトなんだろう、この子のお父さん。
今は本土で暮らしているのかな? もしかして単身赴任中とか?
結芽はお父さんについては全く語ろうとしないけれど。
でも、希実が選んだ男だし、結芽のこの天真爛漫さを見るに、きっと申し分の無い男なのだろう。
……それはそれとして。
「じゃあ穂垂か銀花のどっちかにしてもらいなよ。唇……は勝手に奪うのは流石にヤバいから、寝ているあの二人の唇に自分のほっぺたかオデコを押し当ててさ」
「寝ている友達の唇に自分の頬や額を勝手に押し当てて無理矢理チュウさせるって、それはそれでヤバい奴ではないか!」
それはまあ……うん。
自分が同性かつ同い年の友達に寝ている間に勝手にそんなことをされていて、かつ途中で目を覚ましてしまったりしたら、軽いトラウマになるかもしれない。
そんなことになったら、二人とその両親に申し訳が立たないか……。
「じゃあ、テルルとレアを使っていいよ」
「何気にひどいヤツだなおまえ⁉」
「むにゃむにゃむにゃ……。なんでやねん……」
「Zzzzz……。鬼か……」
寝言でツッコミを入れてくるテルルとレア。……本当に寝ているんだよね?
「仕方ないなぁ。わかったよ。ボクがしてあげる。その代わりオデコにだ。だからちゃんともう寝るんだよ」
ボクは覚悟を決め、結芽をお姫様抱っこすると、穂垂と銀花が寝ているベッドまで結芽を運ぶ。
そして二人の間にちょうどいい感じのスペースがあったのでそこに結芽を横たわらせると、ほんのり朱色に染まったその額にチュッと軽く触れる程度の
「はい。これで満足した? じゃあ、おやすみ、結芽。――良い夢を見るんだよ」
「……シャレか?」
結芽と夢。狙ったワケじゃないけれど、確かにシャレみたいになってしまった……。
「ち・が・い・ま・す! いいから! もう寝なさい」
やはり身内でもない男におやすみのチュウをされるのは気恥ずかしかったのか、照れくさそうにはにかむ結芽にデコピンをして、ボクはレアとテルルが爆睡しているベッドの隅に潜り込む。
目を閉じる。
レア。テルル。結芽。穂垂。銀花。……希実。それに
「おやすみ、みんな」
どうかキミたちは、良い夢を。
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