♯? 夢見るままに待ちいたり
「ねえ、
「
「もうっ、兄様ったら。今日は創立記念日だから学校はお休みだよ。昨日教えたじゃない」
「ああ、そうだったっけ。ごめんごめん。それで? 何か御用?」
「うん。――その前に兄様、テルルちゃんとレアちゃんは? 姿が見えないけれど」
「あの二人なら、『家出してやるー!』って朝一番に窓から飛び出していったよ」
「家出⁉ どうして⁉」
「実は、夜中に目を覚ましたら、隣の布団で寝ていたはずのあの二人がボクの布団に潜り込んでてさ。起こさないようにこっそり元の布団に戻しておいたんだケド……それがお気に召さなかったみたいで。起きると同時にへそを曲げて、家出しちゃったんだよ」
「………………」
「ここだけの話、あの二人、チビっ子の姿をしているときは結構寝相が悪いんだよネ……。それで、まあ、こっちはいろいろと痛い目を見ることも少なくなくてさ。
「………………」
「だからボクとしては、あの二人がチビッ子の姿をしているときは別の布団で寝たいワケで。……いや、まあ、中高生くらいの姿のときも、別の理由で
「……あの二人って、この地球の
「そうだよ。そのわりに幼いっていうか……甘えん坊だケドね」
「甘えん坊……。そっか、兄様の中ではそういう認識なんだ……」
「ま、お昼ご飯までには戻ってくるだろ。朝食もまだだし」
「……まあ、いいや。あの二人がいたらいたで話がややこしくなりそうだから、丁度いいと言えば丁度いいし」
「え?」
「なんでもない。――あのね、兄様。今日は相談があって来たの」
「相談?」
「うん。でも、まず、ひとつ確認しておきたいのだけれど」
「う、うん?」
「兄様が元々住んでいたのも、こことよく似た星だったんだよね?」
「そうだよ。ボクが住んでいたのも地球と呼ばれる星で、ここにそっくりなトコだったんだ。もちろん、違うところも多いケドね。地形とか。住んでる生き物とか。……食材とか」
「じゃあさ、兄様が住んでいた地球にもバレンタインデーってあった?」
「……バレンタインデー?」
「うん」
「なんでまた……って、そうか。今日は二月十二日だから、明後日がバレンタインデーか」
「あ。やっぱり兄様が住んでた地球にもバレンタインデーはあったんだ。あと、二月十四日なのも一緒なんだね。吃驚」
「ここにもバレンタインデーが存在することに、むしろこっちが吃驚なんだケド。この地球にも聖ウァレンティヌスがいたの? ってツッコミたいんだケド。宮沢賢治はそっくりさんしかいないのに」
「よくわかんないけれど、そんなことはどうでもいいよ。大事なのはイベントの性質だよ。好きなヒトに告白する絶好のチャンスってことだよ。この機会を逃したら悔やんでも悔やみきれないよ」
「お、おう……(こっちの小学生の女の子って、みんながみんな、こんなに肉食系なの……?)。で、バレンタインデーがどうかしたワケ?」
「実はね、今、バレンタインデーにチョコをあげる相手のことで悩んでるの」
「………………ほう」
「うわ。見える……。兄様の背後に立ち昇る
「あれ? おかしいな? ボクの肉体を構成している『
「……よくわかんないけど。そうかもね」
「それはさておき、安心していいよ、希実。希実がチョコを渡したい相手が希実に相応しい男かどうか、お兄ちゃんがちゃーんと見定めてあげるから。それを相談したかったんでしょ?」
「全然違うよ」
「……違うの? なら、何を悩んでるの? あ、渡したい相手が担任の先生とか、そういう叶わぬ恋の相談? よーし、わかった。ちょっと待っててね。職責を忘れてボクの『妹』を
「やめて。冤罪だよ。そうじゃなくて。バレンタインって、普通は男女ともに一番好きな異性と一番親しい同性の両方にチョコを渡すのがルールでしょ? 片方にしかあげないのは無しってのが暗黙の了解でしょ?」
「知らんルールだ……。え、何、こっちのバレンタインってそういうシステムなの? てゆーか、男もチョコをあげるものなの? しかも同性にも?」
「兄様が住んでいた地球のバレンタインは違うの?」
「ボクが住んでいた地球……っていうか国だと、基本は女性が好きな男性にチョコをあげる日だったよ。まあ、義理チョコとか友チョコとか、いろいろ例外はあったケドも」
「そうなんだ。兄様のことだから、きっと女の子からいっぱいチョコを貰ってたんだろうね」
「……マアネー」
「目が泳いでるよ、兄様。……もしかして違うの?」
「希実……今まで黙ってたケド、お兄ちゃん、元いた地球では『陰キャ』と呼ばれるグループに属していたんだ。バレンタインデーは女子からチョコを貰えることを期待して、放課後、意味無く教室に残っては、結局一個も貰えずにトボトボと帰宅の途につくのが常だったんだ」
「そんな哀しい事実、知りたくなかったよ」
「――で? そのルールがどうかしたの?」
「うん、チョコを渡す相手についてなんだけれど」
「うん」
「まず、異性のほうは兄様で確定でしょ?」
「………………確定なんだ」
「? 他に誰がいるの?」
「ほら、学校のお友達とか」
「わたし、男子とはお話すらあんまりしないもん」
「……そうなの?」
「だってウチのクラスの男子、お子ちゃましかいないし。お掃除しないで遊んでたり、学級会の時間も大声で騒いでたり、すぐに女子を
「……小学生男子と比べられること自体ボクとしては不本意なんだケド……。あのね、希実くらいの年頃の男の子なんて、基本みんなそんなモンだよ? 好きな女子への接しかたがわからずつい意地悪しちゃうなんて、よくある話さ」
「でも、男子のほうもわたしにはあんまり話し掛けてこないし。そのくせ遠巻きにチラチラわたしを見て、ニヤニヤしたり男子同士で内緒話をしたりするんだよ。で、わたしと目が合うと慌てて視線を逸らすの。アレ、きっとわたしの悪口を言ってるんだよ」
「いや……たぶんだケド、逆なんじゃないかなぁ、それ」
「逆?」
「やれやれ……希実もまだまだお子ちゃまだなぁ」
「むー。子供扱いしないでよっ。……わたしだってちゃんとわかってるよ。男子がわたしをチラチラ見ながら話してるのは、悪口じゃなくて下ネタだってことくらい。わたしの胸、クラスの女子の中で一番大きいから」
「ちょっと待っててね、希実。お兄ちゃん、ちょっくらキミのクラスメートの男子を片っ端から『転校』させてくるから」
「だからやめてってば」
「えー……」
「えー、じゃないよ。なんで『妹』のことになると急に大人げなくなるの……。その『転校』ってなんの暗喩? そんなだからテルルちゃんとレアちゃんに陰でシスコンって言われちゃうんだよ」
「ボク、あの二人に陰でシスコンって言われてるの⁉ なんで⁉」
「なんでて」
「むう……。本当は『昨夜はちょっと突き放しすぎたかな?』って反省してたトコだから、今夜くらいはあの二人と同じ布団で寝てあげようかと思ってたんだケド。やっぱやーめた」
「……なんだかんだ兄様が最も溺愛してるのはあの二人なんだよね……」
「どうしたの、むくれて」
「むくれてない。――とにかく、学校の男子にはあげないよ」
「じゃあ、お父さんは?」
「……父様も嫌い。兄様にはなるべく近付くなって、いっつも怒るから。まあ、それは母様もだけれど」
「……それは怒ってるんじゃなく、希実のことを心配してくれているんだよ。
「ウチュウジンだろうが、シスコンだろうが、兄様は兄様なんだから、警戒する必要なんてないもん」
「希実………………シスコンは余計」
「兄様は誰よりも優しくて、誰よりも強い、わたしたちのヒーローだもん」
「ヒーローって……ボクはそこまで大したもんじゃ」
「その証拠に、兄様は子供――特にちっちゃい子にはすーぐ懐かれるし」
「何か関係ある、それ? ていうか、ボクがこの島で知り合ったチビっ子なんて、キミたちくらいなんだケド」
「でも、街へ買い物に出掛けると、三回に一回は迷子を発見して保護してるし」
「なんなんだろうね、あの驚異の遭遇率……。てゆーかこの島、迷子が多すぎない?」
「とにかく! そんな兄様を警戒するなんて、父様も母様も心配しすぎだよ」
「今の話のどこに安心する材料があったのさ」
「わたしは兄様のこと、大好きだよ。……大人になっても、きっとそれは変わらないもの」
「………………」
「そんなワケで、異性にあげるほうのチョコは兄様に渡すの! これは決定事項なの!」
「……とりえあえず、ありがとうと言っておくよ」
「それでね、問題は、同性にあげるチョコのほうなの」
「? どういうこと?」
「
「ああ……」
「どっちも同じくらい大事な友達だし。どっちかなんて選べないよ」
「もういっそのこと両方に渡しちゃったら?」
「そんなのダメだよ。二股になっちゃう」
「異性と同性の両方に渡している時点で二股なのでは……」
「異性は異性。同性は同性。そこは別カウントだよ」
「そういうもん……?」
「二股はダメだよ。兄様だって、わたしが兄様だけでなく他の男の子にもチョコをあげたら、やっぱり複雑な気分になるでしょ? 『ボクとそいつのどっちが本命なんだ!』ってなるでしょ?」
「相手がこっちも気になっている女友達とかならともかく。わざわざ義理チョコを用意してくれた『妹』にまでそんな狭量なことを言うつもりはないぞ」
「………………」
「痛い痛い痛い! こらっ! 無言でお兄ちゃんの脛を蹴るな! なんで蹴るの⁉」
「兄様、そんなだから女の子からチョコ貰えなかったんだよ」
「……うわ、『妹』のボクを見る目が、かつて無いほど冷たい」
「で、真面目な話どうしたらいいと思う陰キャ。じゃなかった、兄様」
「そんな間違えかたある?」
「なんか、瑞穂ちゃんと風花ちゃんも同じことで悩んでるみたいなんだよね。ねえ、兄様はどうしたらいいと思う? 陰キャとしての意見を頂戴」
「陰キャとしての意見が参考になるとでも思ってるのか」
「じゃあ陰キャじゃなくて甲斐性なしとしての意見でもいいから」
「誰が甲斐性なしだ⁉ ったく……。でもそっか。瑞穂と風花もなのか。うーん……ならいっそのこと、あの二人と最初から示し合わせたらどう?」
「? どういうこと?」
「例えばさ、希実は瑞穂にチョコをあげるとするだろ?」
「うん」
「で、瑞穂は自分のチョコを風花にあげるんだ」
「! もしかして、」
「そ。風花は自分のチョコを希実にあげる。あとは三人でそれを分け合って食べればいい」
「そっか。それなら角が立たないね」
「パッと思いつくのはそれくらいかな」
「ありがとう、兄様。その手でいくよ」
「甲斐性なしでもお役に立てたようで良かったよ……」
「(拗ねてる……)早速あの二人と一緒にチョコの材料を買ってくるね!」
「えっ、材料? もしかして手作りするつもり?」
「うん! お料理は初めてだけれど、頑張るから! 当日を楽しみにしててね、兄様!」
「む、無理しないでいいからね……?(どうしよう、胃薬を用意しておくべき……?)」
「言いたいことがあるのならハッキリ言ってくれていいんだよ兄様」
「心配だからついでに胃薬を買ってきてくれる?」
「……本当にハッキリ言ってくれたね」
「お願いだから既製品のチョコにしよ?」
「もう少しオブラートに
「ハッキリ言っていいって言ったじゃん」
「そうだけれど……あ」
「どうしたの?」
「そういえば兄様はチョコ、誰にあげるの? わたし? 瑞穂ちゃん? 風花ちゃん? それともテルルちゃんかレアちゃん?」
「いや~、希実も知ってのとおり、お兄ちゃん、チョコをあげられるような間柄の同性がいないんだよね~。そうなると異性にもあげられないよね~。それがこっちのバレンタインのルールだもんね~。誰にあげるか悩む資格すら無いんだよな~。残念だな~」
「そっかー、残念だねぇ(……そーゆートコが甲斐性なしだって言ってるんだよ……)」
「言いたいことがあるのならハッキリ言いなさい」
「この鈍チン」
「ボクだってもう少しオブラートに包んでたと思うぞ⁉」
「ハッキリ言えって言ったのは兄様だよ?」
「そうだケドも」
「さて……それじゃあ行ってくるね兄様」
「行ってらっしゃい。知らないヒトに声を掛けられても付いていっちゃダメだよ」
「もうっ。また子供扱いしてっ」
「いや、真面目に。希実たちは可愛いんだから。気を付けなくちゃダメだよ。もしキミたちが危険な目に遭うようなことがあったら、お兄ちゃん、怒りに任せて犯人を氷漬けにしちゃいかねないし」
「っ。……兄様、ズルい」
「? 何が?」
「それは……、だから……、えっと……、そう! とりあえず『可愛い』って言っておけばいいと思ってるところ! そんなおためごかしじゃ誤魔化されないんだからね! ていうか、『可愛い』なんて言われてもちっとも嬉しくないんだから! 子供扱いしないでよ! そこは普通『美人』でしょ!」
「えー……」
「だいたい、地球創造のチカラをそんなことに使っちゃっていいの? ……あんな使いかたをしたわたしが言うのもなんだけれど」
「テルルとレアは今、家出中だから。
「そういう問題かなぁ。まあ、いいや。それじゃあ今度こそ行ってきます」
「今度こそ行ってらっしゃーい。……って、さっきから顔が赤いケド大丈夫? 実は風邪気味だったりしない? 買い物はやめてお家で寝ていたら?」
「だ、大丈夫だよ、これは風邪とかじゃないから」
「本当?」
「……心配なら兄様も一緒に来る?」
「女の子の買い物は長いから、ごめんこうむりたい……じゃなくて、お兄ちゃんはチョコを作る予定が無いから、遠慮しておくよ」
「あっそう……」
「いや~、ホント残念だな~。お兄ちゃんにもチョコをあげられるような親しい同性がいればな~。そうすれば異性を誰にするか悩む楽しみもあったのにな~。現実は悩む資格すら無いんだもんな~。ちょっとは悩んでみたかったな~。イベントに混ざれなくて残念だな~」
「あ」
「? どうしたの?」
「言い忘れてたけれど……っていうか、言うまでもないカナと思って、さっきはあえて言わなかったんだけれどね、」
「うん?」
「瑞穂ちゃんと風花ちゃんも、兄様にチョコを渡すつもりだって言ってたよ?」
「え。」
「誰のチョコを受け取るか、ちゃんと決めておいてね! わかってると思うけれど、全員から受け取るのはナシだよ! 二股どころか三股になっちゃうからね!」
「えぇぇぇぇぇっ⁉」
「良かったね、悩みが出来て! べー!」
「ちょ、ちょっと待って希実ぃぃぃぃぃっ! お兄ちゃんの相談に乗ってぇぇぇぇぇっ!」
……それは、もう戻れない遠い日々の記憶。
冷たい氷山の中で、まだ52㎐の鯨だったころに見た夢。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます