終章 六月二十四日 幕引
穏やかな朝日の下、陸上自衛隊・北御殿場駐屯地は、その無残な姿をさらしていた。それは、もはや一人の人間によって引き起こされたとは思えないほどの惨状だった。
陸上自衛隊及び静岡県警、さらに東名高速で巻き込まれた一般車両。すべてを合わせた死者一名、重軽傷者七五八名。それが、黒井出雲という怪物によって引き起こされた被害のすべてだった。
復讐代行人特別捜査本部のヘリが北御殿場駐屯地に到着し、特別捜査本部から駆け付けた佐野がようやく現場を見る事ができたのは、六月二十四日の正午頃の事だった。到着後、佐野はたった一人の死者である第60連隊第2普通科中隊第3小銃小隊第3小銃分隊所属の三竹高菜の遺体の元へ向かったが、その遺体の傍には出雲による犯行の証拠である出雲阿国の描かれた一枚のカードが残されていたという。
「出雲……」
佐野は唇を噛み締めながら呻くように呟いていた。と、そこへ御殿場署の刑事に連れられて一人の自衛官が歩み寄ってきた。それは、倉庫前で保護された玉造だった。この状況にもかかわらず、特に大きな怪我をしている様子はない。
「あなたは?」
「彼女の……三竹自衛官の上官の玉造です。あなたが、佐野警部ですか?」
「そうですが……なぜ私の名前を?」
「……出雲からあなたに渡すよう言われたものがあります」
その言葉に、佐野は緊張した表情を浮かべた。
「出雲と会ったんですか?」
「というより、彼女から今回の事件の真相を聞かされました。そして、今回は特例として、事件の真相をこの場であなた方に伝えるように言われました。これを」
そうして、玉造は出雲から渡されたICチップを佐野に手渡した。
「今回ばかりは、この場で真相を明らかにしないと政府や警察上層部が動けず、それは出雲自身も困ると言っていました。どういう意味なのかは自分にもよくわかりませんが……そのために出雲は自分を伝達役として生かす事にしたようです。自分なら、この情報を確実に上に伝えられるだろうという事で」
「確かに……この状況ではそうなるな。少なくとも、この状況で依頼人を逮捕する事はできない」
何しろ明らかに今までの出雲の引き起こした事件と比べて、その被害が桁外れすぎる。本来なら即座に依頼人……斧木陽太の逮捕に向かい、出雲が依頼人である斧木に送付しているはずの事件の真相を記した報告書を確保しなければならないのだが、いくらなんでもこれだけの事態を起こした犯人として斧木を逮捕するわけにもいかない。一個人に過ぎない斧木に自衛隊の駐屯地を壊滅させる事などできるはずがないからだ。
「このままでは依頼人の逮捕リスクという依頼の際のもう一つの条件がうまく機能しなくなってしまう。それゆえに特例として依頼人に報告書が届くよりも先に我々に真相を明かし、依頼人の逮捕リスクを維持させたのか……。どこまでも食えない奴だ」
佐野はそう言いながら苦々しげに手元のチップを見やった。一方、玉造は悔しそうに唇を噛み締めていた。
「自分は……あの女に対して何もできなかった。雰囲気に圧倒されて……銃を向ける事どころか抵抗する事さえできなかった。抵抗しなければならなかったのに……。何が小隊長だっ……! 自分は……自衛官を名乗る資格がない……」
そのまま玉造はうなだれてしまう。佐野としても、かける言葉がない。
「……とにかくこれを聞いた上で今後の事は考えよう。出雲の言ったように、ここまでの事態になるともう我々だけの判断ではとても動けない。防衛省と警察庁……それに政府そのものの判断如何にかかっている。ひとまず刑事局長……いや、長官に報告する必要はあるな。それによって、依頼人……斧木を逮捕できるかが変わってくるぞ」
佐野はそう言って、厳しい表情でチップを睨んだのだった。
それから三時間後、警察庁の会議室で、三人の男が睨み合っていた。一人は警察庁の主・警察庁長官の棚橋惣吉郎。一人は防衛省の主・防衛大臣の菊池文則。最後の一人は、自衛隊の制服組トップである陸自出身の伊達小十郎統合幕僚長。日本の治安・防衛政策のトップ三者が一堂に会していた。
すでに事件の真相は玉造及び出雲の残したチップからある程度判明しており、この情報はここにいる出席者全員に共有されている。その上で、今後防衛省と警察庁がどう動くのか、そしてこの事件をどうやって幕引きさせるのかを決めるために、この会議が招集されていた。
「隠蔽する他ないだろう。いくらなんでも、たった一人の殺し屋に一個連隊が壊滅させられたなどと公表するわけにはいかない。国際的なバランスを保つためにもだ」
菊地防衛大臣は苦々しい表情でそう宣告した。確かに、防衛省の立場としてはそう言わざるを得ないだろう。こんな事を公表すれば、自衛隊の面目丸つぶれなどという事態で済むわけがない。下手をすれば周辺諸国との軍事バランスが崩壊する事態にもなりかねないのだ。
だが、棚橋警察庁長官はこの提案に難色を示した。
「しかし、だからと言ってすべてを隠すわけにもいきません。出雲に殺された三竹自衛官は山梨県警が捜査している心臓強盗事件の真犯人でもありますし、直接遺体工作を行った扇原自衛官を放っておくわけにもいきません。今回の北御殿場駐屯地での事件を隠蔽するという事は、心臓強盗事件をも隠蔽する事になる。はっきり申し上げますがそれでは国民は納得しませんし、その上警察の威信の低下にもつながります。遺体工作をした扇原自衛官も逮捕できない。我々としてはその提案を受けるわけにはいかんのですよ」
「しかし……」
何かを言おうとする菊地を遮って、棚橋は渋い表情でこう続けた。
「それに、事は世論や警察だけの問題だけではない。特別捜査本部の見解によれば、今までの傾向から見る限り出雲は自身がかかわった事件が闇に葬られる事をよしとしません。それでは復讐にならないからです。ゆえに下手に隠蔽すれば、今度は隠蔽に加担した我々が奴の標的になる可能性もあります。お言葉をそっくりそのまま返しますが、たった一人で自衛隊の一個連隊を壊滅させる殺し屋に狙われたら、我々になす術などありませんよ」
その言葉に、菊地は顔色を変えた。
「だが、だからと言って……」
と、そこで隣にいた伊達統合幕僚長が助言に入った。
「大臣、現実的な問題として、北御殿場駐屯地で何かあったのはすでに隠し切れないところまで来ています。駐屯地から響く銃声や爆音、それに煙……これらはすべて大多数の人間に目撃されてしまっているからです。こうなっては、完全に隠蔽するよりもある程度の情報を公開する覚悟はしなくてはならないと思います」
「……具体的には?」
「出雲が絡んでいる以上、心臓強盗事件関連で隠し事をするのは得策ではありません。奴はやるとなったら容赦しないでしょう。それは棚橋長官が言う通りだと思いますし、私も同意見です。ですので、三竹自衛官が心臓強盗事件の犯人であり、その発端が東富士演習場での一般人に対する誤射であるという点。そして、扇原自衛官が遺体工作に関与していたという点に関しては、全面的に認めるべきかと思われます」
「しかし、現役自衛官が殺人などと……」
「北御殿場駐屯地の真実を公表するよりダメージは少ないと思われます。自衛官の殺人を公表して国民から批判をされる事と、真実を公開して日本の国防そのものの存続を危うくする事。どちらがマシかは明白です。厳しい判断ですが、この際やむを得ないかと」
「だがね……」
まだ迷っている菊地に対し、ただし、と伊達は言い添えた。
「北御殿場駐屯地の事件と三竹自衛官の一件、この二つを切り離す事は可能です」
「どういう事だね?」
「棚橋長官、警察の調べでは、出雲は襲撃に際して駐屯地近くの住宅街に事前工作を仕掛けていたとの事ですね?」
「……その通りです。事件当夜に駐屯地で夜間訓練が行われる旨の通知文書が配布されていました。住民が深夜の音に不審を抱かなかったのはこれが原因でしょう」
「業腹ではありますが、この際それを利用するというのはどうでしょうか?」
「利用、と言いますと?」
棚橋の問いに伊達はあるストーリーを示す。
「実際にはその夜間訓練は出雲によるでっちあげだったわけですが、いっその事この夜間訓練が実際に行われていたとしてしまうのです。そして北御殿場駐屯地の事件は、この夜間訓練中に保管されていた武器弾薬が整備ミスから自然爆発を起こしたものであって、すなわち事故である。三竹自衛官はこの事故で負傷し、基地近くの病院に緊急搬送されたが、そこで依頼人……斧木陽太によって殺害された。その後の警察の検証の結果、三竹自衛官こそが心臓強盗事件の犯人である事が判明し、扇原自衛官がそれに関与している事も発覚した。……このストーリーなら、出雲を刺激する事なく最低限の被害ですべてを納める事が可能です。出雲がよしとしないのはあくまで心臓強盗事件の隠蔽であって、北御殿場駐屯地の事件ではありませんから。何より、これなら警察も斧木陽太や扇原自衛官を逮捕する事が可能なはずです」
棚橋と菊地は思案する。確かに、これ以上の策はないと思われた。
「もっとも、この場合自衛隊は三つの批判にさらされるでしょう。すなわち、東富士演習場で一般市民を誤射してしまった事。それを別の幹部自衛官が隠蔽した事。そして、北御殿場駐屯地の爆発物の管理体制の不備です。ですが、出雲が絡んでいる以上、これはもはや避けられない批判かと」
「……北御殿場駐屯地の幹部陣営を切るしかないな。あるいは、60連隊そのものの解散か」
菊地は疲れた様子でそう言った。
「誤射をした三竹自衛官はもちろんだが、扇原二等陸尉も馬鹿な事をしてくれた。隠さずに正直に言っていれば、心臓強盗事件も起こらず、ここまでの大事にはならなかったはずだろうに」
「……今さら言っても仕方がない事でしょう。我々警察庁としてはその案に乗ります。模倣犯の秋口勝則がすでに逮捕されている今、こちらとしては斧木陽太と扇原自衛官の身柄の拘束、それに三竹自衛官の書類送検ができれば文句はありません。防衛省はどうされますか?」
「……やむを得ない。首相には私から説明しておく」
菊地は吐き捨てるようにそう言う。
「ところで、東名高速の事件については警察庁としてはどうなさるつもりですか?」
伊達はそう問いかけたが、これについて棚橋は首を振った。
「それこそこれは出雲が逃走するために起こした事件で、『心臓強盗事件』とは何ら関係がありません。ですので、これについては『心臓強盗事件』や駐屯地の事件とは切り離して公表するつもりです」
「と言いますと?」
「東名の暴走事件は静岡県下で発生した別件の事件の犯人によるもので、パトカーやバスを奪って逃走を続けるも、日本坂トンネル内でハンドル操作を誤り壁に衝突。バスは炎上し、犯人は死亡した。……このストーリーで押し切ります」
「駐屯地の事件と東名の事件が同日に同じ場所で起こっている点に関しては?」
「あくまで偶然であると主張します。疑う記者はいるかもしれませんが所詮は疑惑。公式見解はあくまで『偶然起こった別件の事件』です。どのような状況であれ、この場で出雲の存在を一般に明らかにするわけにはいきません。そんな事をしたら、出雲に復讐を依頼する人間が一気に増える事になってしまいます」
「……難しいところですね」
「それが出雲という奴の恐ろしいところです。奴の手のひらで踊るのは癪ですが……致し方ないでしょう。くれぐれもこの事は他言無用でお願いします」
こうして、すべての方針が決まった。
翌日の六月二十五日、防衛省は北御殿場駐屯地での事件が、夜間訓練中における駐屯地内の武器弾薬倉庫での管理ミスによる爆発事故であると公表。同日、警察庁は同事故の後に搬送された三竹高菜自衛官が殺害され、その犯人を捜査中と報告した。
これを受け、佐野率いる特別捜査本部はようやく依頼人……すなわち、森川景子の恋人である斧木陽太の逮捕に動く事ができた。最初の事件からほぼ一ヶ月後に当たるこの日、警察庁は斧木陽太を三竹高菜殺害容疑で逮捕。すでに彼の自宅には出雲の報告書が別途送付されており、押収されたこの報告書に書かれていた事件の概要も、玉造の証言や先に押収されていたチップの内容と一致していた。
同日、警察庁は北御殿場駐屯地での騒動は伏せた上で、斧木の供述から三竹高菜が心臓強盗事件第一の事件である森川景子殺害の犯人だった事が判明したと発表。その犯行が東富士演習場に侵入していた森川景子を訓練中の高菜が誤射した事によるものだという事実、及び幹部自衛官の扇原が遺体の隠蔽工作を行って心臓強盗をでっち上げたという事実も併せて公表した。これにより、マスコミの非難の矛先は一斉に自衛隊へと向いたが、その先頭に立っていたのが矢頼千佳の所属する日本中央テレビだったというのが何とも意味深ではあった。
また、同時に警察庁は東名高速の事案に関して、偶然同時期に市内に潜伏していた過激派のメンバーが発見され、その男が逃走を図ったものによるものと公表。その犯人は日本坂トンネル内で事故を起こして死亡したと公表し、事件の幕引きを図った。なお、死んだとされた過激派の男については、数十年前に過激派に潜入し、その後も表向き過激派メンバーとして名前だけが捜査資料に残っていた潜入捜査官の名前(もちろん架空)が使用され、潜入捜査終了後に公安部が持てあましていた架空の過激派メンバーの名前を都合よく消す事ができるというおまけまでつく事となった。
六月二十六日、防衛省は北御殿場駐屯地の幹部陣の処分を発表。遺体隠蔽に直接かかわった扇原は重傷だったため怪我の回復を待って逮捕される見通しとなり、それに先立っての懲戒免職が決定。輪廻の予告通り事件後に基地近くの森林において憔悴状態で発見された司令の鶴木をはじめとする佐官陣営や生き残った玉造航太郎二尉は減俸の後に左遷され、直属の上司に当たる第2普通科中隊隊長の烏屋三等陸佐は依頼退職という形で自衛隊を去る事になった。玉造も退職を希望したのだが、出雲と直接会話して生き残った貴重な人材という事で、自衛隊における今後の出雲対策としてとどめ置かれる事になったのだという。とはいえ、これは事実上の飼い殺しである。
こうして、人々を恐怖のどん底へ突き落した「心臓強盗事件」は今度こそその幕を下ろした。なお、六月二十三日に起こった一連の騒動は後にマスコミによって「北御殿場基地事件」と呼ばれるようになり、自衛隊史上有数の汚点としてその名を残す事になったという……。
斧木陽太は憔悴しきっていた。そこには復讐を成し遂げた事による達成感など微塵も存在していなかった。彼はすっかり青ざめた表情のまま、警視庁の取り調べ室で何度も同じ事を呟いていた。
「俺は……俺はこんな事になるなんて……」
逮捕のために捜査員が自宅に押し掛けたときも、斧木はただ仏壇の前で茫然自失状態だったのである。もっとも無理もないだろう。自分の依頼のせいでまさか自衛隊の基地が壊滅し、数百名を超える負傷者を出す大惨事になるなどと思っていもいなかったはずだからだ。ニュースでは爆発事故だのなんだの言っているが、出雲から報告書を受け取っている斧木にはそれが出雲の所業である事は嫌でもわかる。もちろん依頼をしたからには彼もある程度の覚悟はしていたはずだが、さすがにここまで大事になると人間の心理は追いつかなくなってしまうらしい。
そんな斧木の前で、佐野は静かな口調で厳しい言葉を容赦なく告げていた。そうする事が、自分に課された役割だと知っているからだ。
「これでわかったでしょう。標的がわからない相手の殺害を引き受ける出雲に依頼する事のリスクがどれほど大きなものかという事を」
項垂れる斧木に対し、佐野は苦々しい口調で続ける。
「奴は一度受けた依頼を放棄する事はありません。相手がどんな人間であれ、必ず標的を殺害します。しかし、それは依頼人にとっても予想もしなかった相手が殺害されてしまうという事に直結するんです。これが普通の殺し屋と出雲の最大の違いでね。依頼人も標的が誰かを想定する事ができない。結果、依頼人にとって大切な人間が殺害されてしまう事だってあるし、今回のように関係のない人間が多数犠牲になる事だってある。斧木さん、これが復讐というものです。あいつは依頼人の味方じゃないし、まして正義の味方でもない。あいつは機械的に復讐の代行をするだけで、その結果依頼人が救われるかどうかなんて一切考慮しない。その辺のリスクも含めた物が『復讐』だと理解していて、そのリスクも依頼人が負うべきだと判断しているからです。皮肉な事ですが、あいつはそうする事で、復讐という行為がいかに愚かであるかという事を依頼人に徹底的に叩き込むんですよ」
「だが、俺は……ああするしか……」
佐野は首を振った。
「斧木さん、例えばあなたがあいつの手を借りずに復讐を決意したとして、その相手が三竹や扇原だと判明した時点で復讐を実行しましたか? 多分しないでしょう。一般人なら相手が自衛隊の人間だとわかった時点で復讐を諦めるはずです。しかし、出雲は止まらない。奴に依頼するという事は、復讐を諦めるチャンスを自分で潰し、本来あなたでは到底できなかったであろうの復讐を……言い換えれば本来起こりえなかったであろう最悪の結末を実現してしまう事なんです。そんな事をしたあなたを、森川景子さんが笑って出迎えてくれると思っているんですか?」
「あ、あ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
斧木は絶叫して頭を抱え込んだ。佐野はその様子を、辛そうな表情で見つめていたのだった。
山梨県警の捜査本部は、犯人こそわかったものの後味の悪い形で解散した。最終的には直接的な犯人である三竹高菜は本人死亡により書類送検。模倣犯の秋口勝則は逮捕こそされたものの未だ意識が戻らず、起訴されるかどうかは微妙というのが現在の検察の判断である。さらに遺体の移動及び損壊を行った扇原は殺人ではなく遺体損壊容疑で逮捕される事となったが、本人は複数の銃創を受けて現在御殿場市内の病院で集中治療を受けている段階である。医者からは完治までかなりかかるとされており、逮捕まで半年以上はかかるものと想定された。
出雲の事を知る藤らにとってみても納得のいかない結末である。ましてこの事を知らない一般の捜査員からすれば何が何だかわからない話であり、一部からは怒りの声も聞こえたが、どうする事もできなかった。
「結局……出雲に振り回されて終わったようなものだ」
藤は河口署の屋上から景色を眺めながら悔しそうに呟いた。後ろには蓮と西沢もいる。
「記録上は、これでこの事件は解決です。犠牲はあまりにも大きすぎましたが」
西沢が辛そうに告げる。蓮は怒りを押し殺すように拳を握りしめていた。
「西沢君、君はこんな怪物を相手にしているのか? 自衛隊の一個連隊を叩き潰し、それでいて名探偵並の推理力を併せ持つ、文字通りの『怪物』の」
「そうなりますね。もっとも、単身で自衛隊基地を落とすなんて、今までの出雲からすれば考えられない行動です。正直、我々も奴の実力を過小評価し過ぎていました」
「……私にはとても務まらんな。というより、二度とかかわりたくもない」
藤はそう吐き捨てた。
「もう帰るのか?」
「えぇ。奴がいつ、動き出すかわかりませんから」
「そうか……。願わくば、二度と奴に依頼する人間が出なければいいんだが」
そう言いながらも、藤の表情は暗かった。そんな事があり得ない事はよくわかっているからだ。今の日本の社会では、復讐を望む人間はいくらでもいるだろう。そしてそんな人間が消えない限り、出雲の脅威はいつまでも続くのだ。
「では、失礼します。尼子君、行くぞ」
西沢の言葉に、蓮は小さく一礼すると、誰にも聞こえないように呟きながら後に続いた。
「次こそは、絶対に逃がさない」
暗闇に包まれたどこかの街の薄汚れた裏路地。そこを黒いキャリーバッグを引いた、漆黒のセーラー服の少女が歩いている。
カラカラカラ……キャリーバッグを引く乾いた音が路地に響き渡る。探偵史上まれに見るこの怪物は、今も闇の底で現代社会を見つめている。再び自身に依頼をする哀れな生贄が現れるのを待ち続けているのだ。
そして、暗闇の向こうへ消える直前、彼女はチラリとこちらを振り返って悪魔の言葉を囁くのである。
「さて、次に復讐をお望みのお方は、どちら様でございましょうか?」
……「最凶の探偵」の悪夢はまだ、始まったばかりである。
復讐代行人 心臓強盗事件 奥田光治 @3322233
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